白き姫を取り戻せ5

「お前なんかにラストは渡さない!」


「リュード……!」


 2人の男が1人の女性を取り合う。

 なんとなく耳にしたことがあるちょっと憧れるシチュエーション。


 一方が魔物であるのでどちらを選ぶのかは明白であるけれどリュードが自分のために怒ってくれているということが嬉しい。

 今度はリュードの方から仕掛ける。


 スノーケイブキングもリュードの剣を食らうと体が痺れることはわかっている。

 多少大げさでも掠ることすら嫌がって大きく避ける。


 けれども大きく避けるとスノーケイブキングは次の行動に繋げられない。

 反撃に出られないのである。


「ん?」


 一瞬スノーケイブキングの動きが鈍った。

 すぐに立て直してリュードの剣をギリギリかわしたけれど何かの異常が起きている。


 リュードにはその理由が分かった。

 ダリルの強化もあって戦いに余裕が出たので周りを気にすることできていた。


 スノーケイブキングは魔物であるがもっと大きく言えば生き物である。

 その体は骨や筋肉があり、血が流れている。


 リュードが切りつけた傷はかなり深い。

 その上リュードと戦って動き続けているので治りも遅くそこら中スノーケイブキングの血で真っ赤になっている。


 怒りで頭に血が上っているのもまずかった。

 スノーケイブキングは血の流しすぎによって貧血になっていた。


 たとえ魔物だろうと血を多く失えば命に関わる。

 血が足りずに視界が歪む。


 頭がクラクラとしてリュードの攻撃をかわすのが少しずつ遅れてくる。

 リュードはあえて攻撃を単調に、かわしやすく繰り出した。


 一定のリズム、一定の動きで回避を誘導する。

 これが通常の状態なら簡単に見抜かれて反撃されてしまうがスノーケイブキングはただリュードの思惑通りに攻撃をかわした。


 完全にハマった。

 どうとでも出来ると確証したリュードは剣に変化を持たせた。


 シンプルなフェイント。

 狙うのは足だ。


 スノーケイブキングはリュードのフェイントにまんまと騙されてザックリと右足を切り裂かれる。

 背中の傷も治っていない状況でさらに深い傷が増えた。


 足を傷つけたことで大きく機動力も削がれてしまった。


「こっちもいるんだからね!」


 リュードの攻めに意識の外に追いやられていたラスト。

 ダリルの強化を受けて目一杯に引き絞った弦から手を離す。


 結構動き回るので狙いは確実に胴体。

 右胸に突き刺さる矢はラストの魔力を受けて貫通力が増していた。


 時間にすれば矢がスノーケイブキングの体にあったのはわずかな間だった。

 小さな穴を残してラストの矢はスノーケイブキングの胸を貫通していった。


 それでも致命傷じゃない。

 血を失い、ふらつきながらも目だけは闘志が燃えている。


 大きく勝負に出ても勝てただろう。

 それほどまでにスノーケイブキングは弱っていた。


 だが手負いの獣ほど危険なものもない。

 油断はせず徐々に体力を削り確実に勝利をものにする。


 リュードが攻めたてるとラストへの注意が散漫となる。

 隙をついてラストが矢を射りスノーケイブキングを弱らせていく。


 やがてリュードの攻撃すら回避できなくなる。


「終わらせてやろう」


 ラストの矢が腕に刺さって小さく声を上げる。


「悪いがラストはお前にはもったいない女だ」


 リュードは剣に魔力を流し込む。

 そして魔力を雷属性に変化させると眩いばかりの光を放つ雷になる。


 バチバチと弾け飛ぶような音が響き渡り、ゆっくりと剣を高く持ち上げた。


「熱烈なアピール悪いけど私をモノにしたいならもっと良い男になることだね」


 リュードを超えるほどの良い男に。

 そんな人この世の中にいないだろうけれども。


 一筋の雷。

 リュードが真っ直ぐに振り下ろした剣をスノーケイブキングは両腕でガードしようとした。


 剣にわずかに遅れて電撃が体を駆け巡り、ピッとスノーケイブキングの体の真ん中に線が入る。


 ヒョロリとラストに手を伸ばすようにして腕を振ったスノーケイブキング。

 弱々しく腕を振った勢いにすら耐えられなくなってそのまま真っ二つになりながら地面にゴロリと倒れる。


 少し時間があってスノーケイブキングの体が魔力の粒子となって消え始める。


「リュードぉ!」


 再びリュードに抱きつくラスト。


「おーよしよし、怖かったか?」


「怖かったよ!


 うぅ……変態親父に触られるメイドさんの気持ちが分かったよ……」


 泣きはしない。

 泣きはしないけどリュードに抱きついていると安心して泣きそうになってくる。


「さすがだな、リュード」


 まだ氷壁の穴スライダーから立ち直り切っておらず若干顔の青いダリル。

 強化という役割がなかったらただの足手まといになるところだった。


 スノーケイブキングが残したのは毛のように真っ白な大きな魔石。

 ダリルは魔石を拾い上げるとリュードに投げ渡す。


 それだけでも売れば結構な値段になる。


「ダリルの強化も大きいよ」


 リュードはリュードの胸に顔をうずめるラストの背中を撫でながら優しく笑う。

 怖かったのだろうと優しくしているのだけど今ラストの顔は滅多にないチャンスにニヤニヤしていた。


「さてと……これからどうする?」


 1番の問題は片付いたが続いて大きな問題が残っている。


「どうするかな……」


 出口がない。

 外から中にくる穴はたまたま見つけた。


 けれどぐるっと見回してみてもこの場所を囲む氷壁に出られそうなところは見当たらない。

 入ってきた穴を登って行こうにも中はかなり良く滑る。


 氷壁そのものはゴツゴツしているので登れないこともなさそうだけど上の方まで行って落ちたら命綱もないので死んでしまう。

 森に住んでいたので木登りは得意だけど体の重いダリルやそうした経験のないラストには少し大変だ。


 次善策として壁を壊せないか見てみる。

 薄いところやひび割れているところでもあればダリルやリュードの魔法で壊せる可能性もある。


 こんな時に便利なのも雷属性。

 電気が物を通る性質を利用する。


 氷壁に手を当てて電気を流す。

 正確な内部情報はわからなくても大体の厚みは分かる。


 大きく中がひび割れていればそれも分かるはずだ。

 大体同じ厚み。


 かなり分厚い。

 外側で一回殴っているから大体硬さはわかっている。


 それよりも薄いところを探してビリビリと電気を流し続ける。


「むむ?」


 電気の流れがおかしくなった。

 そこらへん氷壁を調べてみると中に細かくヒビが入っている。


 厚みも他の部分に比べて薄くなっている。

 一通り他の場所も調べてみたけれど1番可能性がありそうなのはそこだった。


「ここらへんが薄いみたいだ」


「ならば任せておけ!」


 すっかり回復したダリル。

 流石に離れたところでヘタって強化だけしていたのでは面目が立たない。


 力仕事は専門分野だ。

 ダリルは全身に神聖力を行き渡らせ、メイスに魔力を込める。


 2つの異なる力を使いこなすのが聖騎士や使徒という人たちである。

 氷壁の前に立ち上半身を大きく捻って力を溜め、思い切り氷壁をメイスで殴りつける。


 メイスが当たったところは氷が砕け散るが穴は開かない。

 薄いと言っても他と比較しての話。


 まだ氷としては分厚いのでまだなかなか壊れはしない。


「もう一度!」


 今度はより溜めを作り、同じ場所を殴りつける。

 氷が砕け、氷壁に小さい穴が空く。


「おおっ!


 さすがダリル……んん?」


 このまま穴を広げていけばこの囲まれたところからは脱出できそうだと思った。

 するとバキンと大きな音が聞こえた。


 みると穴を中心としてヒビが氷壁の上の方に走っていく。

 地割れのような低く響く音がし始めてリュードは嫌な予感がした。


「ヤバいな……」


 リュードは振り返って剣を投げた。


「ダリル、走れ!


 ラスト、悪いが我慢してくれ!」


「わっ、わわっ!」


 リュードはラストを抱えて走り出し、大きく飛び上がった。

 直後穴の上部の氷壁が轟音と共に砕けて落ちてきた。

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