白き姫を取り戻せ3

「やはり楽はさせてくれないか」


 このままならレッドットベアよりも楽に進めると思ったのにそうそう簡単にはいかなかった。

 何十体と並ぶスノーケイブを前にして流石のウィドウも肝を冷やす。


 知能が高いスノーケイブのこと、吹雪のタイミングを待っていたのかもしれない。

 再び後衛を守るように円に陣形を取る。


 視界が悪く寒さに体力を奪われる吹雪の中で大量のスノーケイブに襲われる。

 この難易度はレッドットベアよりもはるかに高い。


「なんだ……!」


 一際低い雄叫びが響き渡る。

 吹き荒ぶ風の音にも負けない雄叫びを合図としてスノーケイブが動き出す。


 この数を相手にして悠長に体力や魔力を温存して戦っている余裕などない。

 リュードも剣に魔力をまとわせて雷属性に変化させる。


 雪がリュードの剣に当たるたびにバチバチと音を立てる。

 スノーケイブも物理タイプなので遠距離攻撃はない。


 円陣でしっかりとスノーケイブを迎えうつ。

 リュードの剣がスノーケイブに触れるだけで電撃が走り動きが止まる。


 電撃を与える目的で素早く浅く切りつけ、動きが止まったところで深く切りつける。


「ブッ!」


「リュード!」


「チッ……助かった!」


 遠距離攻撃はない。

 そう思っていた。


 スノーケイブは何と雪玉を握ってリュードの顔面めがけて投げつけた。

 攻撃と呼べるかは微妙だがリュードの視界は顔にまとわりついた雪で一瞬塞がれた。


 ラストが弓で援護してくれなかったら危なかった。


「寒い……」


 リュードはインナーを着ているからまだ良いが他の人の状況も良くない。

 戦って動いているのに体が温まるよりも冷える速度の方が早い。


 わずかに温まって出てきた汗が急速に冷えて体力を奪い始める。

 そうであるからと過度に防寒具を着込めば戦うのに動きにくくなる。


 さらに結構なペースでスノーケイブを倒しているのに減っている様子もない。

 こういう時は死体を積み重ねて壁にしたりもするのに倒すと消えてしまうダンジョンの特性も今ばかりは厄介だ。


「うおっ……ダリル!?」


 後ろから飛んできたものをかわしたリュード。

 それはぶっ飛んできたダリルだった。


 メンバーの中でも特に力の強いダリルを吹き飛ばしたのは他のスノーケイブよりも二回りほども大きなスノーケイブだった。

 少し他のスノーケイブよりも毛が濃くて表情すらも分からない。


 盾ごと殴りつけてダリルを吹き飛ばした大きなスノーケイブはスノーケイブキング。

 スノーケイブたちの王であった。


 ダンジョンに生まれてダンジョンに縛られた存在でありながらスノーケイブキングは己の運命を嘆いていた。

 暇だと。


 知能が高いスノーケイブの中でもより知能の高いスノーケイブキングは倒されることもなく長い時を過ごして己の存在に疑問すら抱いていた。

 他の魔物とナワバリ争いをすることもなく人が入り込むことなど滅多にない。


 それでいながら疑問を持つことをダンジョンは抑制し、ダンジョンにいて、人と戦えと本能に訴える。

 久々の戦いにスノーケイブキングは喜んでいた。


 もっと細かにスノーケイブを送り込んで弱らせてもよかったけれどそれだとつまらない。

 リュードたちには自分と戦う資格がある。


 ただ迷い込んでここまできたのではなく、自らの力で道を切り拓きここまでやってきたのだ。


 闘志満々で戦いを見ていたスノーケイブキング。

 そんなスノーケイブキングの目を奪った存在があった。


 戦いの高揚感だけでなく何かに胸が高鳴った。

 透き通るような肌、美しい顔立ち、真っ白な毛。


 スノーケイブキングはラストを見てこれまでになかった感情を抱いた。


「キャアアアア!」


「ラ、ラスト!」


 相手の数が多く矢の回収が出来ないので剣で応戦していたラスト。

 無理なく敵を引きつけるようにして戦っていたラストのところにスノーケイブキングが走った。


 ダリルはそれを止めようとして殴り飛ばされたのであった。

 下がりながら切りつけるが浅い傷など気にもとめないスノーケイブキングは手を伸ばしてラストを優しく掴んで大きく飛び退いた。


 ラストが攫われた。


「な、なんだと!


 リュード、行くんだ!」


 これはまずい状況。

 誰かが追いかけて助けなきゃラストがどうなるか分からない。


 ウィドウがより強く剣に魔力を込める。

 炎が渦巻き剣を振るとそれが巨大な斬撃となる。


 スノーケイブが斬撃に巻き込まれて燃える。

 囲っていたスノーケイブが開けて大きな道ができた。


「助かる!」


 リュードは走る。

 スノーケイブにまた道を塞がれる前に抜け出さなきゃいけない。


「私も行こう!」


 強化支援も出来るしラストに回復が必要になるかもしれない。

 それにラストを守りきれずに殴り飛ばされてしまった責任もある。


「アルフォンス、やるにゃ!」


「分かりました!」


「「聖域展開!」」


 人が抜けると戦線の維持が難しくなる。

 ニャロとアルフォンスは神聖力に防御魔法の結界を張る。


 その代わり結界の維持に集中するので強化や回復を出来なくなる。


「結界を利用してヒットアンドアウェイで戦うんだ!」


 そう言いながらウィドウはさらに前に出る。

 スノーケイブがリュードたちを追いかけていったら厄介だ。


 そうさせないように派手に暴れる。


「リューちゃん……ラストのこと助けてね」


 今できるのは少しでも多く、少しでも早くスノーケイブを倒すこと。

 ルフォンはラストのことをリュードに任せた。


 きっとリュードならスノーケイブキングも倒してラストを救ってくれるはずだ。


 ーーーーー


 重たくデカいスノーケイブキングの足跡は吹雪でもすぐには消えない。

 ただ見失うともう見つける事は不可能なのでリュードは注意深く足跡を探しながら迅速に後を追いかけていた。


 リュードとダリルは気づいていなかったがいつの間にか吹雪は止み、周りの環境はさらに変化していた。

 岩肌が見えていた雪山を上っていたのに緩やかな上りも平坦になり周りは大きな氷の塊が生える不思議な場所になっていた。


「はなせ!

 この!


 はーなーせー!」


 スノーケイブはそれほど遠くに逃げたわけじゃなかった。

 走りにくい雪の上を追いかけていくと遠くからラストの声が聞こえる。


 吹雪もなく他に音がないので響く声だけがよく聞こえてきたのだ。

 切迫したような声だけど命の危機にあるような感じではなくてとりあえず安心する。


 それもいつまで持つか分からないのでリュードは先を急ぐ。


「これは……」


「どうやらこの向こうらしいな……」


 分厚い氷の壁の前でスノーケイブキングの足跡が途切れている。

 壁の向こう側の方から声が聞こえてきたので向こう側にいるのだろうけどリュードは上を見上げて顔をしかめる。


 かなり壁は高くてどこが頂点なのか分からない。

 壁に触れてみるとツルツルとしているし登るのはそれこそ猿並みであっても大変そう。


 ダリルが壁を殴りつけてみる。

 表面の氷が砕けるが壁に穴を開けるのは無理そうだ。


 隙間や亀裂がないか壁に沿って移動して探してみる。

 壁はわずかに湾曲していて丸く中を囲んでいることが分かったが通り抜けられそうなところがない。


「リュード、あそこはどうだ?」


 焦りが大きくなってきた。

 やはりこの氷の壁をクライミングするしかないと思い始めていたらダリルが壁に穴を見つけた。


 見上げるほど高い位置にあるもので穴が空いているのが見えるだけで穴の中がどうなっているのかまでは見えない。


「他に道もないし時間もない。


 通れる可能性もあるし行ってみよう」


「ほれ、足をかけろ」


「ありがとう」


 ダリルが腰を落として手を組む。

 リュードはその手に足をかけて今一度穴の位置を確認する。


「すぐに追いかけるから気にせず先に行っていろ」


「分かった」


「3……2……1……はっ!」


 ダリルが腕を振り上げ、リュードはその勢いを借りて高く飛び上がる。


「よっと……届いた、あぁ!


 うわああああ!」


「どうしたリュード!


 ……リュード!」


 幸い穴の中は奥に続いていた。

 けれどツルツルとしていてとても体勢を保てず、その上穴の中は下りになっていた。


 つるりと転んだリュードは穴の奥に滑っていく。


ーーーーー

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