君が起きるなら2

 デーネが頭を大きく下げて走って立ち去る。


「それでは行こう」


 城の中は思っていたよりもしっかりと教会や神殿ぽくなっていた。

 それは狂王を倒す過程で城の内部は大きく破損したために城を再利用するのに修繕したのだけどその時にガッツリ構造も変えたのだった。


 その後も細かな改築を繰り返して一階の教会部分はもはや当初の城の作りは全く見られないほどである。

 城の一階部分は誰でも入れる教会や神殿となっていてダリルが向かうのはここではない。


 城の上層階。

 ここも修繕改築を重ねているけどまだ以前の城の感じを残している。


 こちらは一般の人は立ち入り禁止となっていて、聖職者たちの居住スペースとなっている。

 外に住居を持つものもいるが結構な数の聖職者が城の中に住んでいた。

 

 居住スペースにもさらに分類があり、城の上に行くほど聖職者として高位の者が住んでいる。

 ここまで来ると単に部屋だけでなく仕事をするための執務室やなんかまで与えられるのだがそんな階層までダリルは上がってきた。


 ふと窓の外を見るとケラフィスが一望できた。

 城そのものが小高くなっている上に城のかなり高いところまで来たから町を見下ろせた。


 テレサ・キュルキュと表札のかけられた部屋の前でダリルは立ち止まった。

 一呼吸置いて、やや控えめにドアをノックする。


「はーい、どちら様ですか?」


「私だ、ダリルだ」


「ダリル様!


 ああ、ご無事でいらしたんですね!」


 ドアが勢いよく開いて中から女の子が飛び出してきた。

 ラストよりも幼いと言えそうなそばかす顔の栗色の髪の女の子である。


「ムシュカ、長いこと留守にしてすまないな。


 君も元気そうで何よりだ」


 てっきりこの子がテレサかと思った。

 テレサと書かれた部屋から出てきたのだからリュードの勘違いも当然である。


 しかしこの子はムシュカ。

 テレサではなくテレサの身の回りの世話をしている聖職者見習いであった。


 ダリルが中に入り、リュードたちを招き入れる。

 中は物が少ないために広く感じる部屋で、大きなベッドが置いてあった。


 その上に1人の女性が寝ていた。

 鮮やかなブロンドの髪をした美しい女性が小さく寝息を立てていた。


 よくみなきゃ呼吸をしているのもわからないぐらいで死んだように眠っていた。


「こちらがテレサだ。


 ……みんなに紹介したかった人だ」


 ダリルの声がわずかに震えていた。

 一心にテレサの顔を見つめるダリルが何を思っているのかリュードたちにその内心を押しはかることはできない。


「この人が、話の?」


「そうだ。


 私が以前に助けてほしいと言った聖者だ」


 そしてケーフィス本人、本神も助けてほしいと言った人だろう。


「すまないな、寝ていて。


 今テレサは長い睡眠と短い目覚めを繰り返している。

 段々と眠っている時間が長くなってきていてな。


 起きている時間もそれほど長くはないのだ」


「……彼女のことを助けてほしいというのは分かった。


 そういえばどうしてこうなったのか聞いてなかったけど聞いても?」


「そうだな。


 少しだけ聞いてもらおうか」


 ーーーーー


 聖国ケーフィランドは他国と同様に生産活動も行い国としての収入を得ている。

 ただそれだけではなく聖職者が集まり宗教が主導する国家として他国にはないこともやっていた。


 その1つが傭兵業である。

 そう聞くと聞こえは悪く思えるかもしれないが兵士というよりも聖職者の大規模派遣である。


 主な派遣先は戦争ではなく魔物との大きな戦闘にである。

 冒険者やあるいは兵士が魔物と戦うのに付き物なのはケガである。


 国内の教会などに依頼して聖職者を派遣してもらうことが基本なのであるけれど魔物の規模や強さ、あるいは国内の聖職者の状況によっては十分に治療ができないこともある。

 そういう時は聖国から聖職者を傭兵として派遣するのである。


 それぞれの国に支部を置く教会がやっていることのデカい版である。

 実は疾風の剣にいたユリディカも元は教会所属の聖職者なのだけど今は教会を離れて完全に冒険者としてやっている。


 ユリディカは支部教会からの小規模パーティーへの派遣だったのだけど聖国として国からの大規模集団への派遣業が聖国の収益の一端を支えているのである。

 基本は戦争には派遣しないが時に不当なだと思われる戦争や宗教への弾圧などにも派遣されることはある。


 そして使徒であるダリルや聖者であるテレサも大きな戦力としてそうした地域に派遣されることは当然にあり得るものだった。

 ある時にある小国から救援の要請が飛んできた。


 モンスターパニックにより自国だけでの処理が難しく聖国の聖職者にも協力を要請したいとのことだった。

 

「困っている人がいるなら私が参りましょう」


 話を聞くにその小国の有様は酷そうだった。

 誰もが派遣されることを嫌がる中で小国の危機に立ち上がったのがテレサであった。


 神に愛されし者であるテレサは特に信仰深く、かつ人々の救済に対しても熱心であった。

 魔物に困っている人がいれば積極的に前に立ち、人々を導くまさしく聖なる人だった。


 聖者や使徒は単独では行動しないでペアで動くのだがテレサとペアで動いていたのがダリルだった。

 その時もテレサが行くならダリルも向かうことになり、その他大勢の聖職者を伴って小国に向かった。


 モンスターパニックとは魔物の大量発生のことを表す言葉で原因はわからないけれど突如としてある魔物が現れる者である。

 多くの場合魔物は一所にじっとしているものじゃなく大移動も発生するので甚大な被害が出る。


 時として魔物の発生や異常などが見つかることがあり、そうなれば事前の対処もできる。

 しかし今回のように気づかずに起きてしまった場合は大量の魔物を相手にしなければならないのである。


 運が悪かった。

 小国の国境付近で発生したとみられるモンスターパニック。


 大都市から離れていて、近隣の小さな村では逃げることも叶わず魔物の波に飲み込まれた。

 モンスターパニックに気がついたのは比較的大きめな町に魔物が近づいてきてようやくのことであった。


 今回の大量発生した魔物の種類はゴブリン。

 これもまた人の油断を誘ったのだ。


 見たこともないほどの規模の群れなのに所詮はゴブリンだと舐めてかかってしまって対応が遅れた。

 進化種であるホブゴブリンや魔法を習得したゴブリンメイジなんて魔物も群れにいたのにただのゴブリンの群れだと思い込んで依頼を受けた冒険者たちは帰ってこなかった。


 事の重大さに気づいて大騒ぎになった時には比較的大きな町もすでに滅んでいた。

 いくつかの町を放棄して火を放ち時間稼ぎをした。


 周辺国に助けを求め、聖国にも救援を依頼した。


 テレサたちが小国に辿り着いた時にはひどい有様だった。

 他国からの軍隊がすでに到着していて冒険者も含めた大規模討伐隊が編成されていてもうモンスターパニックに挑んだ後だった。


 ゴブリンを押しとどめることには成功したのだが被害は甚大だった。

 そこで分かったのが相手はただのゴブリンやゴブリンの進化種だけではなかった。


 敵のリーダーは3体のゴブリンオーガであったのだ。

 オーガという強力な魔物の個体がいるのだがゴブリンが進化を重ねていくとまるでオーガのように強力になることが稀にある。


 その戦闘力はオーガにも引けを取らないと言われていて決して簡単な相手ではない。

 むしろ戦いを重ねてゴブリンオーガになった魔物はオーガよりも厄介だと言える。


 そんなゴブリンの最上位にも近い進化種がいて討伐隊は被害を受けていた。

 ゴブリンたちは死をも恐れない突撃を見せ、多少の知恵のある進化種のホブゴブリンやゴブリンメイジは連携を見せ、そしてゴブリンオーガが現れて暴れ回った。


 ゴブリンたちが深追いしてこなかったので討伐隊は甚大な被害で済んだのかもしれない。

 非常に暗い雰囲気が討伐隊には漂っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る