共に生きる3

 竜人族は酒に強い。

 毒に強い性質からアルコール類にもある程度の耐性があるのだけどリュードはその竜人族の中でも特に酒に強かった。


 そのためにこれまで散々ドワーフたちと酒を飲み交わしても二日酔いにもならなかった。

 朝起きても酒が残っている感覚もなくパッチリと目が覚めていた。

 

 しかしドゥルビョとの飲み勝負は激戦も激戦だった。

 酒も飲みやすいのに度数が強い危険な代物だったのでかなりの量を飲んだ。


 流石に後を引いている。

 目が覚めても頭がぼんやりとしていて動きたくない気分だった。


 しばらく天井を見つめていたけどようやく意識がはっきりしてきたのでベッドから起き上がる。

 どれだけの時間が経ったのか分からないけれど何か軽く食べられるものでも欲しくなってケルタにお願いしようと部屋を出た。


 リュードが動き出したことを察したのだろう、ルフォンたちも部屋を出てきた。

 ルフォンとラストの後ろにはハチがいた。


 いないと思っていたらルフォンたちといたのかと思ったがハチの異変にすぐに気がついた。

 ハチの頬が腫れあがっている。


 まるで大きな肉球に殴られたように形に赤く腫れているのだ。


「悔しいですぅ!」


 何があったのかリュードは分かっていない。

 リュードが酒に酔って眠っている間にルフォンとハチの間に一悶着あったことなど知る由もないのだから。


 なぜルフォンがハチと戦うことになったのか。

 それはハチが悪かった。


 ーーーーー


 リュードが地面に寝転んで寝始めた。

 多くのドワーフも寝ている中でプワプワした気持ちになっていたハチはおもむろにリュードの隣に座った。


 そしてジーッとリュードの顔を見て、視線を動かした。

 おもむろに手を伸ばすとリュードのズボンに手をかけてスッと下に下ろした。


「何してるの!」


 リュードに水でも持ってきてあげようしたルフォンが目にしたのは次にリュードの下着に手をかけているところであった。


「クッ!


 邪魔しないでください!」


「そうはいかないよ!」


 水の入ったコップを投げつける。

 下着がずり下ろされる前にどうにかハチをリュードから引き剥がさねばとルフォンがハチに殴りかかった。


 コップとルフォンの攻撃をかわして飛び上がるようにしてハチが距離を取る。

 やはり所詮は魔物か、と思った。


 負けて命を差し出すと言いながら反撃の機会をうかがっていたのだとルフォンはハチに強い怒りを覚えた。

 リュードの優しさに漬け込む卑劣なやり方だ。


「寝てる間に何するつもりだったの?」


「何……だって?


 そりゃ……その…………ナニっていうか」


 カッとハチの顔が真っ赤になる。

 酔った勢いでやろうとしていたことを一気に自覚する。


「子種……貰えないかなって…………」


 行動としては当然のことなのに口に出すと恥ずかしい。

 指先をツンツンとつつき合わせるハチ。


 ハチはリュードを襲おうとしていた、性的に。


「こ……」


「やっ、やっぱり強いオスに惹かれるのはメスのほんのーっていうか!


 いや、だって、今ならチャンスかな……って」


「えっ、殺そうとしてたんじゃ……?」


「こ、殺そうとなんてしてません!


 そんな卑怯なこと私はしませんよ!


 ただちょっと子種をいただいて子供でも……」


 子孫繁栄の本能。

 強くて、優しくて、見た目も悪くない。


 ハチもリュードが相手なら歓迎したいくらいだと思っていた。

 そこに据え膳、しかもチャンスだと大キラービーが叫んでいた。


 とりあえず子供だけでも作っときなさいと大キラービーに言われて、お酒で思考の鈍っていたハチはリュードを性的にいただこうとしたのであった。


 思ってたのとは違うけど命だろうが子種だろうが勝手にいただくのは許せない。

 子種はリュードの同意があるなら……とも絶対に言わない。


「私を打ち負かすほどの強いオスの子種が欲しいと思うのは悪いことでしょうか?」


「悪くないけど勝手に貰うのはダメ」


 ルフォンも知識のないウブな娘ではない。

 子種をもらうことの意味ぐらいは知っている。


 ハチは特に体が人とほとんど同じであるので子種をいただくということは行為をいたすことでもある。

 自分だってその段階に行けていないのだ、ポッと出の魔物にリュードのリュードを奪われるわけにはいかなかった。


 しかしここまできてはハチも引っ込みがつかない。

 酔ってるからこんなことできるのであり、素面に戻ったらこんな大胆にオスに迫るなんてこと2度とできる気がしない。


 それにやはりリュードほどのオスはいないと思うので逃したくもない。


「ふん……私はあなたには負けていません。


 なのであなたの命令になんて従いませんよ」


「へぇ?


 なら今やってみる?」


「負けて泣かないでくださいよ?」


「同じ言葉を返してあげる」


 負けて泣いていたのはどっちだとルフォンは言いたくなる。


「ケガしても知らないからね」


 ルフォンは魔人化をする。

 体が大きくなり全身に毛が生える奇妙な感覚。


 体中に力がみなぎり闘争本能が大きく刺激される。

 ただ感覚も鋭敏になり、ドワーフのいびきや酒臭さが不快なほどに感じられる。


 ハチも羽を広げて羽ばたかせる。

 短い間に2回も負けるわけにはいかない。


 前回はほんの僅かな油断が負けに繋がった。

 今回は油断しない。


 速さなら誰にも負けない。


 負けられない女の戦いが始まった。

 先に動いたのはハチ。


 地面から僅かに浮き上がって滑走し、目にも止まらぬ速さでルフォンに接近した。

 しかしルフォンに接近したハチの目に飛び込んできたのはルフォンの拳。


 速さ自慢はハチだけじゃない。

 ルフォンもまたスピードタイプである。


 他の人だったらとても捉えられない速度でもルフォンには正確にハチの動きが見えていた。

 直線的に詰めてきたハチに対してルフォンは拳を突き出した。


 ハチもまたルフォンの動きは見えているがルフォンの攻撃速度も速かった。

 ハチの頬をルフォンの拳がかすめた。


 なんとかかわしたハチは再びルフォンから距離を取った。

 力的にはリュードには遠く及ばないけれどあの速度で拳に衝突すればリュードの拳にも負けないほどの威力となる。


 驚き、戦闘経験の少ないハチは次にどうすべきなのか必死に考える。

 その隙を見逃さない。


 今度はルフォンから動き出す。

 地面を強く蹴り加速していくルフォン。


 拳を握らず爪での攻撃を繰り出したルフォン。

 空気を切り裂く音がする。


 当たればケガどころじゃ済まない。


 ハチは爪をかわして距離を取ろうとするがルフォンはしつこくハチを追いかける。

 速度はハチの方が速いがルフォンの怒りの動体視力と戦いの経験による先読みがハチに及ばない速度をカバーしていた。


 子種などくれてやるものか。

 この一心で戦うルフォンの目はハチの動きを完全に捉えている。


 けれどハチも回避を続ける。

 当たれば死にそうなルフォンの猛攻をかわしながら反撃方法を探すけどルフォンに下手に手を出すと回避しきれずにやられてしまう。


 互いが互いに速いと思った。


 しかし反撃しないことにはジリ貧になる。

 ハチも覚悟を決めて反撃をする。


 ルフォンに拳が当たるがルフォンはそのまま攻撃を続けた。

 ルフォンの爪が脇を掠めて服が破ける。


 魔人化したルフォンはある程度の防御力も兼ね備えている。

 ほぼ回避に専念しながらの軽い攻撃ではルフォンを止めることも叶わない。


 このままではやられてしまう。


「うっ!」


 そう思った瞬間だった。


 ハチは口から吐き出した。

 先ほどまでしこたま飲んでいたお酒を。


 ハチとて余裕ではない。

 途中から酒注ぎに専念して飲むのをやめたのは限界だったからだ。

 少し治まってきたと思っていたけど動いてしまったので一気に気持ち悪くなった。


 キラキラと吐き出されるお酒。

 なんの攻撃かと思ったが攻撃もなく予兆もなかった嘔吐にルフォンはもろに逆流を浴びてしまった。


「……何すんのーーーー!」


 怒りの大ビンタ。

 吐いた直後のハチはとてもかわしきれずに、残りのお酒を吐きながらぶっ飛んだ。


「もー最悪……


 最悪ーーーー!」


 こんなの勝っても全然嬉しくない。

 ひとまず勝利を収めたルフォンは殺してはいけないと思いとどまってビンタにしたけどやってしまえばよかったと後悔した。


 ーーーーー

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