共に生きる1

 大キラービーがやっていたのは命乞いだった。

 ハチの親蜂である女王蜂の最側近も務めていた長命なキラービーで人で言えば乳母のような存在だった。


 人を襲ったり傷つけたのは大キラービーでハチではないのでハチの命は助けてほしい、殺すなら自分を殺してほしいと言っていたらしい。

 知性的にはあまり高くないキラービーではあるけれど大キラービーはそれなりに長生きしてきた大キラービーは通常の個体よりも知恵があった。


 進化を遂げてキラービーの新たなる可能性となったハチ。

 そして幼い頃より面倒を見てきて娘のような存在のハチを守ろうとただ1匹だけ犠牲になろうとしていた。


 ただし言葉がわからないのでリュードにその熱い思いは伝わっていなかったし、ハチと大キラービーが互いに互いを庇い合いながらすがりついて来ているだけだった。


 そしてリュードがどうしたかというと、ドワガルに戻ってきていた。

 心配そうに門のところで待っていたドワーフたちはリュードを見て大慌てで逃げていった。


 なぜならリュードはハチと大キラービーを一緒に連れて帰ってきていたからである。

 人とは明らかに違う見た目をした大キラービーは遠くからでもよく目立つ。


 リュードたちより先に大キラービーを見つけたドワーフたちはキラービーが攻めてきたと騒ぎなっていた。

 開いて待っていた門が閉められた。


 当然なんだけどほんのりとした物悲しさがあるのは仕方ない話だ。


「テメェバカじゃねえのか!


 何町中に魔物招き入れてんだよ!」


 激怒するドゥルビョ。

 怒る理由も間違ってないので止められもしない。


 それはリュードたちが大キラービーを連れてきたからである。

 ハチはルフォンの服を渡されて嫌々ながら着ているのでなんとかギリギリ人のように見えているけれど大キラービーは完全アウトである。


 隠しようもないので堂々としている他に方法もない。

 デカいキラービーが来ているので町中は大パニック。


 なのだけどリュード効果は恐るべし。

 リュードに会いたいとか、リュードが連れているなら安全だろうとか落ち着き始めるのもとても早かった。


 1人ブチギレているドゥルビョをよそに他のドワーフたちは距離を取りながらも大キラービーとハチを見物していたりしていた。

 お馴染み話し合いの場にはデルデとドゥルビョも含めた4人のドワーフが集まっていてリュードたちもそこにいた。


 もちろんハチと大キラービーも。


「これがキラービーってのかい。


 この辺りにはいないしこんな近くで見たことないね。


 こんな体の作りしてんのかい……甲冑を作るときの参考になるかね」


「ホッホッホ、そちらの綺麗なお嬢さんは何者かな?」


 サッテとゾドリアズムは思いの外のんびりとしていた。

 まずは報告をする。


 毒から復帰したばかりだけど冒険者の代表者なのでリザーセツが前に出て何があったのかを説明する。

 ミスリルリザードがいた鉱山にはキラービーが棲みついていたこと、そしてリュードがその女王を倒したこと、そして最後にはキラービーの支配権を得たことを報告した。


「だからって連れてくるもんがあるか!」


 リュードとしても目立ちにくいハチだけを連れてくるつもりだった。

 なのだけれど大キラービーが譲らなかった。


 騒ぎなると分かっていても勝手についてくるし、それぐらいならしっかりと勝手なことをしないように言い聞かせて監視下に置いた方がマシだと思ったのだ。


「まあ、そう興奮しなさるな。


 もういる以上はなんともならんし、話は進まん。


 肝心なのはどうして連れてきたかじゃないか?」


「むむむ……そうかもしれないが……」


「それについての説明はリュードから……」


 実際リザーセツもリュードになんの目的があるのか分かっていない。

 キラービーたちを全滅させるつもりがないことは分かっているがだからといって魔物であるキラービーたちをどうするのか予想もつかなかった。


「じゃあ俺から。


 キラービーの処遇についてなんですが、1つドワーフに提案したいんです」


「提案だと?」


「はい。


 キラービーと共生してみるつもりはありませんか?」


 今回ドワーフたちはその弱さを露呈してしまうことになった。

 他種族に理由もなく手を出すことを禁じられた世の中になって久しいためにドワーフたちの戦闘技術は著しく衰えていた。


 これまではよかった。

 だがしかしこれからもこのままでいけるとは言えなくなってしまった。


 ドワーフたちが強くなって防衛できることが望ましく、それが急務であるけれど一朝一夕で強くなれるものではない。

 当面の間の防衛力を確保する必要がある。


 一方で今回の件に関して、全ての原因はキラービーにある。

 ハチの巣立ちが一連の騒動の根元にある。


 ウメハトの件も鉱山には魔物が押し寄せた件もハチが巣立ってお家を探し始めたことが元凶なのだ。

 お家を探したながらも女王を守ろうとしたキラービーがウメハトのところに現れて襲いかかった。


 キラービーが通常の生息域を出てお家を探しているので押されるように逃げ出した魔物たちが行き場を探して鉱山には棲みついた。

 たまたま鉱山の方に逃げてきたのだろうけどハチがいなきゃ起こらなかったことだ。


 ミスリルリザードの異常な移動もハチがさらにお家を探して鉱山まで来たので逃げたのだ。

 強力な集団の魔物であるキラービーが来たから他の魔物は相手にできなかった。


 しかもキラービーのトップには人化したハチがいた。

 なので突き詰めるとハチに責任がある。


 ハチをこれからどうするか問題を考えた時にリュードは思いついた。

 殺さず、平和的に、かつ利益を生みつつ、ハチに責任を取らせて、ドワーフの防衛力も強化する方法。


 ハチとドワーフの共存共生である。


 そもそもハチを自由にしたところで平和的な解決を望むことは難しい。

 なぜなら自由にしたらハチたちはまたお家を探すことになる。


 そうなるとまた魔物の大移動やキラービー討伐の必要が出てくる。

 今の世界に棲み良く、空いている場所なんてほぼほぼ存在しないので問題が起こることは間違いない。


 このままドワーフが受け入れてくれて共生することができればハチはお家が見つかり、ドワーフは他の魔物が逃げ出すぐらいの防衛力を得られる。

 プラスしてハチミツの生産と言った副産物もある。


「何を言っているのか分かっているのか!」


 リュードの説明にドゥルビョが再び怒り出す。

 メリットは理解できないものではない。


 実現できれば双方にとって良い提案であるが大問題がある。


 キラービーは魔物だ。

 越えられない絶対的な壁が人と魔物にはある。


 決して相容れない存在であってリュードの提案は非常に異質なものだった。


「魔物と暮らせというのか!」


「何も同じ屋根の下にいろというんじゃないですよ」


「ならどういうことだ!」


「落ち着きなさい、ドゥルビョ。


 そんなに怒鳴りつけては建設的な話し合いも望めないですよ」


 サッテがドゥルビョをなだめる。

 リュードの提案のより詳細としてはいけないキラービーには鉱山にこのまま棲んでもらう。


 そしてそこでハチミツの生産を行い、そうしながらも必要があればドワーフの鉱石掘りもすることもできるようにする。

 ドワガルの町の中で一緒に棲めということではない。


 なだめたサッテではあるがなかなかに受け入れ難い話であることは同感だった。

 冒険者であるリザーセツやルフォンやラストも呆然としている。


 それどころかハチも驚いていて、いかにリュードの提案が荒唐無稽なものか分かる。

 使えるものなら使い、手を取り合えるなら取り合う。


 これはおそらくこの世界でもかなり特殊な、異世界出身のリュードであるからこその提案であった。

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