お家を探して7

「ですので私たちが今後どうするかはあなた様がお決めください」


「もし死ねと言ったら?」


「死にます。


 元々勝てないからこうなったのです。


 死にたくないと抵抗しても殺されてしまうのですから大人しく死にます」


「なんだと……」


 リュードは眩暈がする気分だった。

 元より魔物の世界は人の世界よりもはるかに厳しい。


 弱ければほとんどの場合死。

 今こうして勝ったリュードがすぐさま命を奪わないだけでもハチは密かに感動していた。


 強くて立派な、オス。

 死にたくはないがそんな強者が死ねと命じるなら苦痛がないように大人しく従う。


 負けたハチに出来るのは大人しく従うことだけで、リュードは意図せずこの場にいるキラービーの生殺与奪の権利を握ってしまったのだ。

 理性ではない本能的な絶対的なルール。


 人には人のルールがあるように魔物には魔物の従わなければならないルールがあるのだ。

 それをリュードに押し付けるのはどうかと思うけど何にしてもハチたちの処遇については決めて従ってもらう必要があるので不都合なことではない。


「諦めろ。


 リュード、お前が決めるしかない」


「……そうだな、殺すにしても生かすにしても自由なら楽だ。


 君はどうしたい?」


「生きて……いたいです」


 潤んだ瞳を向けられてただの魔物とは思えなくなってきてしまうリュード。

 やはり心を無にして倒しておくべきだった。


 このように会話が成立してしまい、敵意もなく泣かれてしまうと同情心が生まれてしまう。

 これが小汚いオッサン風ならアレなんだけど見た目も美少女風なのもまたズルい。


 みんなも同情し始めているのが顔を見て分かる。

 ただしなんとかポーションを飲んで支えられて鉱山から出てきたユリディカは殴られたこともあるし同情している男たちに冷ややかな目を向けていた。


「ちょ、ちょーとまってよ!


 あのさ、失踪した冒険者は?


 それに他のパーティーの人たちは?」


 ここでハッと冷静になったラスト。

 ラストも同情はしているが忘れちゃいけないものがある。


 現在も残りの2パーティーは鉱山にいるし失踪したパーティーは安否が不明である。

 もし仮にその人たちが無事でなかったとしたらただ同情して逃すわけにもいかなくなる。


「その冒険者たちはどこにいる?」


「…………」


「くぅ……またか」


「答えるんだ」


 リザーセツの質問を無視するハチ。

 ハチはリュードに負けてリュードに命を握られているのであってリザーセツはなんの関係もない。


「……全員生きてらっしゃいます」


「本当なのか?」


「はい。


 奥の方に毒で痺れさせて捕らえてあります」


 なのでリュードが質問すると何であろうとサラッと答えるのだけど他の人の質問には一切答えるつもりがない。


「殺さなかったのか?」


「そうすることもできましたがエサの蓄えも必要だったので」


 魔物らしい答え。

 キラービーの扱う毒は相手を死に至らしめる強力な毒だけではない。


 相手を痺れさせて自由を奪う神経毒のようなものも持ち合わせていた。

 その使い道は生き餌の確保である。


 ただ単純に運が良かったといえる。

 冒険者にとっても、ハチにとっても。


 連れてくるように言うと大キラービーが鉱山の中に飛んでいく。


 そして大キラービーと冒険者を抱えたキラービーが鉱山の中から出てきた。

 何と鉱山に入った別行動のパーティーも神経毒で捕まっていたのであった。


 獲物の不用意な消耗を避けるために殺す時に比べて傷口も小さい。

 口も聞けないほどに痺れてはいるけれど意識はあって状況を理解はできるので理解できない状況に戸惑っていた。


 痺れている他に体に大事はなさそうだ。

 ダリルはユリディカも戦いで消耗していて神聖力もないので毒の治療もできない。


 自然と毒が抜けるのを待つか神聖力の回復を待つしかない。


 結局ハチは奪えたのに冒険者の命を奪わなかった。

 結果的にではあるが殺さなかった事実は変わらないのである。


「……どうしたもんかな」


 決断を迫られる。

 生かすにしても問題がないわけでもないが魔物というだけで積極的に殺すのもはばかられてしまう。


 理性的で言葉通じてキラービーの統率も取れている。

 殺さない選択肢がリュードの中で大きくなる。


 リスクは当然にあるけれどリュードたちの毒気も抜かれてハチの利用価値を考え始める。

 同時にリュードは昔の読んだ本のことを思い出していた。


 ヴェルデガーが持っていた本で内容に興味があるというより貴重な原書をたまたま見つけたので失われるのが惜しくて保管していた。

 著者の名前はダジュルミュリウス。


 真魔大戦よりも前の時代にいた変人と呼ばれる研究者で研究内容は魔人族のルーツについてだった。

 その記述された内容がリュードにとっては興味深くてよく覚えている。


 現在でも魔人族のルーツは解明されていない。

 真魔大戦以前はそうした研究も盛んだったようだけれど現在は魔法の復旧に忙しいのでそうした研究を行う科学者は少ない。


 現在における魔人族における主流な考えは真人族も魔人族も同じ種族であって魔物的な力を得るために進化した真人族が魔人族のルーツであるとされている。

 どうしても純粋な能力で見ると魔物に人は敵わない側面があるから魔物を参考にそうした能力を得ようとした結果なのであると見られている。


 真魔大戦以前でもそうした考えは根強かった。

 しかしダジュルミュリウスの主張は異なっていた。


 ごく稀にいる人化した魔物、これが魔人族のルーツであると主張した。

 はるか昔の魔人族は今の竜人族のような真人族の姿でいることは一般的でなかった。


 そのため魔人化した姿がベースであり、それは人化した魔物だったと言ったのである。

 生物学的な知識もなく何かしらの研究者でもないリュードにその主張を細かく検討する能力はなかったけどなるほどとは思った。


 ただその主張はひどく批判された。

 それもそのはず元々魔物でしたなど言われて魔人族が納得できるはずもない。


 元々魔物説は批判に晒されて後を継いで研究するものもおらず研究をまとめた本も古い本屋に長らく放置されていた。

 異世界人であるリュードはその主張に偏見を持たずに考えた。


 そしてたった今人化した魔物を目の当たりにしてバカにできない主張だった可能性がある気にさせられた。


「お許しいただけるなら私は生きていたいです!


 みんなが食べ物を運んできてくれてどこか安らげる場所で寝て食べて過ごしたいです!


 何もしません、何もしたくありません!」


 何もしないと言うことで無害をアピールしているのかそれとも究極のニート気質なのかどっちなんだ。

 どことなく大キラービーが悲しそうな顔をしているように見えた。


「人は襲わないか?」


「基本的に私たちは臆病で戦いたいわけでありません。


 自分の家や仲間を守るために入ってくるものとは戦うしかありませんが……」


「まあ、そうだよな」


 人から見れば魔物というだけで討伐対象になる。

 ハチの主張によれば何もしなければ何もしないことになるが簡単なことではない。


「やはりお命捧げなければいけませんか」


 ウルウルと見られると弱いリュード。


「そ、そうだ!


 ハチミツはいかがですか?


 まだ私たちは移動ばかりでご提供できるものはありませんが安定した住居がありましたらハチミツも出せますよ!


 人は私たちのハチミツを欲しがっていると聞いたことがあります!」


「ハチミツ……うん」


「ぬっ?


 なんだ?」


 リュードはデルデの方を見た。

 なぜ視線を向けられたのか分からなくてデルデが困惑したような顔をする。


「他のキラービーはお前に絶対に従うのか?」


「女王は絶対なので私が命じればどのような命令にも従います」


「そうか、じゃあ……」


「ば、ばあや!」


 リュードが何かの決断を下そうしている。

 大キラービーは咄嗟にリュードとハチの間に割り込んだ。


「そ、そんなこと言わないでよ!


 まだ何も決まってないじゃない!」


 どうやら何かの会話をしているらしいハチと大キラービー。


「そんな……そんなことってだめだよ!


 違うよ!


 そうするなら私が……」


 リュードには話の内容が分からないので黙って見守る。


「う、うぅ……お願いします、私を殺してください!


 それでみんなが助かるなら……!」


「なんでだ」


「私を殺せば新しい子も生み出せない!


 やだよ……私のせいでみんなが死んじゃうのは嫌だよ!」


 おそらく大キラービーが言った内容と違うのだろう、大キラービーが驚いたようにハチを見ている。

 

「あーもう!


 落ち着け!」


「ひぎゃあああ!」


 ヒートアップしてリュードにすがりつくハチ。

 大キラービーも何か言いたげにリュードのそばに来ているものだからブンブンとうるさい。


 リュードは落ち着けとハチにデコピンをした。

 殺されたと思ったハチはひどく悲鳴をあげて倒れ込んだけどただのデコピンである。


「まとまる考えもうるさくてまとまらんわ!」

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