お家を探して6

 突如泣き出したハチに動揺するリュード。

 体を地面に投げ出して駄々っ子のようにジタバタと暴れる。


「リューちゃん危ない!」


「しまっ……」


 リュードが怯んだ隙をついて大キラービーがリュードとハチの間に割り込んだ。

 他のキラービーも集まり、ハチを守る壁のように立ちはだかる。


 リュードのダメージや疲労も決して軽くない。

 この数のキラービーに襲われたらひとたまりもない。


「…………なぜ」


 しかし、キラービーたちはただ立ちはだかるだけでリュードを襲わなかった。

 呆気にとられるリュード。


「なんで!


 どうしてぇ!


 ただお家探してただけなのにぃ!」


 立ちはだかる大キラービーの後ろでハチは泣き続ける。

 子供もドン引きなぐらいわんわんと泣いていてリュードが悪者のようだ。


「何で私ばっかりこんな目に!」


 大キラービーがハチに寄り添う。

 チラリと大キラービーに視線を向けられて、そこに非難の意図が混じっているように感じられた。


「分かったよぅ……降参する。


 降参するから殺さないでぇ〜!」


「なんなんだよ……」


 弱いものイジメは趣味じゃない。

 このまま倒しては非常に後味が悪すぎる。


 飲み込めないことが多い。


「リューちゃん!」


「リュード!」


 ルフォンとラストが駆けつける。

 キラービーが割り込みいきなり動かなくなったリュードを心配したのである。


 ただキラービーもリュードも特に問題はなさそうなのに戦わないし2人も不思議そうな顔をしている。


「女性を泣かせるのは感心しないな、リュード」


「えっ、俺?」


 そこにダリルもやってきた。

 すでに戦意を失った相手を追い詰めるような行為は良くない。


 キラービーの統制は取れているし、大キラービーやハチからは敵意が全く感じられなくなったダリル。


「だからってどうしろと?」


「分かっているだろう?」


「……はぁ」


 リュードの方もかなり戦う気は削がれた。

 パーティーのメンバーに肩を借りてゆっくりと歩いてくるリザーセツを見る。


 冒険者なリザーセツは魔物に同情はしてもそれで剣を鈍らせるわけにはいかないのでダリルの意見には賛成できない。

 けれどリュードと視線があったリザーセツは困ったように笑ってうなずいた。


 今回ハチを追い詰めてこの状況を作り出したのはリュードだ。

 どんな選択でもリュードの好きにするといい。


 そうした意味を込めていた。


 大泣きする美少女風魔物とそんな魔物を圧倒して今も警戒を解かない魔物よりも魔物っぽい竜人化したリュード。

 いつの世も顔が良いってのは得をするもので野郎の視線がリュードに痛く突き刺さっている気がした。


「話が通じるようなら少し話そうか。


 まずはそのデカいキラービー以外を鉱山に戻すんだ」


「……分かった。


 みんな、大丈夫だから」


 キラービーたちがハチの命令に従って鉱山に戻っていく。

 残されたのは大キラービーだけ。


「いいか、攻撃したり逃げようとしたら殺す。


 質問に答えなかったり誤魔化そうとしても同じだ」


「……はい」


 ハチだけでなく大キラービーもうなずく。


「どうして鉱山を占領した?」


「棲む……お家が欲しかったんです」


「お家……さっきもそう言ってたな」


「私は女王蜂なんですが母もまだ健在なので同じ巣に女王は2匹いらないと言われて、自分のお家を探すための旅に出ました。


 別にそんなのいいからダラダラさせてくれればよかったのに……」


 ふとリュードは前世における蜂の生態を思い出した。

 新たなる女王蜂の巣立ちを迎えてどこかの家の軒先に巣を作り、それを駆除するなんてのは時折耳にする話だ。


 このハチも新たなる女王蜂として生まれてきたのだがご覧の通りなんの因果か進化をして人化をして産まれてきた。

 そのために大切に育てられてきたのだけど超ダラけるハチになってしまったのだ。


 だから怒った母女王蜂に早く自分の巣を作れと追い出された。


「別に他のものを傷つけたいとかそんなことは一切ないんです」


 少し落ち着いたけどまだ泣きながらハチが話を続ける。

 そうして無理矢理家を追い出されたハチ。


 母親の優しさだろうかキラービーも何体も付けてくれてハチは家を探し始めた。

 最初はどこか適当なところに家を作ろうと思っていたのだけど元々棲んでいた場所にあまりに近すぎるのも良くないと大キラービーに咎められた。


 いくつか目星をつけていた場所もあったのに怒られたので諦めて、あっちへふらふらこっちへふらふらとしていた。

 当然ながら女王蜂を守るためにキラービーは警戒体制だったし、人もキラービーを見ると討伐しようとしてきたりもした。


 そうしてたどり着いたのがこの鉱山だった。

 すでにいた魔物を追い出して中に入ってみると思いの外広い。


 ちょっと自然は少ないけど周りに人の姿もなく案外棲むのに悪くなさそうだと思った。

 魔物が棲んでいたぐらいだし問題もないだろうと考えていたのだ。


「私はただ静かに、ダラダラと暮らしたいんですぅ〜!」


 キラービーの中には人を襲いエサにすべきだと主張する過激派もいるけどハチは人と敵対すると面倒なことになると分かっていた。

 穏健派ともいうのか、ハチは人と戦うことに関しては慎重な態度だった。


「寝てて起きたらみんながご飯運んできてくれるのが理想でしたぁ!」


 慎重というより出不精で危険なことを避けたいだけであった。

 進化が故に高度な知能を持つハチは働きたくなく、人は厄介なことを分かっていたのである。


「……つまりは自分たちから人は襲ってないと?」


「誰だって家に入ってこられたら守ります!」


「うーん、確かにそうかもしれないけど」


 そもそもその家も不当占拠だ。

 不当に魔物に占拠されていたものを魔物を追い払って占拠した。


 ただこの世界において世界統一の機関があったり特にドワガルに関しては国としての境界線が曖昧なところはある。

 自分たちで管理しきれずに魔物に取られてしまった鉱山をハチたちが自分で魔物を追い払ったので占拠したというのも一定程度の正当性もあるような気がしないでもない。


 見方を変えると世界の見え方が分かってくる。

 リュードたちからすると鉱山に棲みついた魔物を倒そうとしていたけど魔物からすると棲家に足を踏み入れてきた侵入者になる。


 一々相手側に立って物事を考えていたら何も進まなくなってしまうのでそんなことしてはいられないけど言葉の通じる相手にそう言われると悪い気もしてくる。

 もう完全にリュードの方も戦意を失っていた。


 困ったようにリザーセツを見るがリザーセツも困ったように肩をすくめる。

 人化し、人の言葉を操ることのできる魔物。


 世界広しといえど滅多に会うものではない。

 しかも話が通じて敵意はない。


 みんなどうしたらいいのか分からないでいた。


「何で抵抗をやめたんだ?」


 キラービーたちはリュードの前に立ちはだかったけれど攻撃は仕掛けてこなかった。

 あの状況で襲われたらリュードぐらいは倒せていたかもしれない。


 ただキラービーたちはそうしなかった。


「……私たちは負けました。


 私たちの命はあなた様のものです。


 ばあやは私を守ろうとしてくれただけであなた様を害そうというつもりはありませんでした」


「なに……?」


 ハチはリュードに向き直ると頭を下げた。

 魔物の世界は魔人族の世界よりも圧倒的な弱肉強食。


 強いものが全てを奪い所有し、弱いものは強いものに支配されるか無関心でいてもらうしかない。

 ハチはリュードに負けた。


 周りのキラービーも手を出さないタイマンで完膚なきまでに負けたのだ。

 つまりリュードはハチに勝って全てを手に入れた。


 ハチもその支配下にあるキラービーもである。

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