お家を探して5

「逃がさないよ?」


「ユリディカ!」


 部屋の奥、リュードの方にいたはずのハチがリザーセツの目の前に現れた。

 羽を動かして低く地面を滑走するように移動したハチはほとんどの人が目で捉えられてなかった。


 腹部にハチの拳がめり込み、くの字に曲がるユリディカ。

 殴り飛ばされて光の届かないところまで行ってしまい状態の確認もできない。


「くそっ……早く、みんな逃げるんだ!」


 今にもユリディカのところに駆け出したいが体が動かないリザーセツは叫ぶしかできない。


「ふっ!」


 危機的状況で動いたのはダリル。

 ハチの頭目がけてメイスを振り下ろした。


 当たる直前までそこにハチがいたはずなのにメイスは空を切った。

 速すぎてダリルにはハチが消えたように見えた。


 消えたように見えた、というよりも消えたように見えなくなった。


「ぐぅっ!」


 メイスを振り下ろした体勢のダリルをハチが殴った。

 キラービーの攻撃には微動だにしなかったダリルが頬を殴られて大きく2歩後退させられた。


「ふんっ!」


 すぐさま持ち直したダリルがメイスを振り回すがかすりもしない。

 一回メイスを振る間に複数回ハチの殴打がダリルに入る。


 ダリルは完全にハチの動きを追えていない。

 回避も盾で防ぐことできずに一方的に殴られるダリルにダメージが蓄積される。


 フォローに入りたいのに大キラービーやキラービーが他の人を逃すまいと猛攻を仕掛けてきている。

 状況が良くない。


 そうしている間にもダリルは殴られ続け、とうとう膝がガクンと揺れた。


「ガアッ!」


 リュードが声に魔力を込めて咆哮する。

 鉱山内にリュードの声が響き、キラービーの動きが止まる。


「みんなここは任せた!」


 その隙にリュードが地面を蹴る。

 このままダリルがやられるのは回復役もいなくなって非常に悪い。


 走るリュードとハチの目があった。

 魔物にも知恵があれば戦い方を見て相手の強さを押しはかることができる。


 ただわかりやすく、どんな魔物にでも共通した基準が1つある。

 それは魔力。


 魔力の強さ、魔力の濃さ、魔力の量。

 この中で1番魔力が強いのはリュードだ。


 ハチはリュードを最も危険な敵とみなした。


「うっ!」


 見えているのに体が反応できない。

 真っ直ぐにリュードに近づいたハチは両手を伸ばしてリュードの首を掴んだ。


 そしてそのまま空中に飛び上がった。


「リューちゃん!」


 ハチはリュードを天井に叩きつけた。

 今いるところは思っていたよりも外に近かったようだ。


 薄い天井を突き破りハチとリュードは外に飛び出していった。

 それに続くようにキラービーたちも外に飛んでいく。


「ルフォン、行こう!」


「うん!」


 ルフォンとラストは来た道を戻って外を目指そうとした。


「待ってくれ、俺も連れて行ってくれないか」


「でも……」


「戦えないが神聖力でリュードの支援はできる」


 顔を腫らしたダリルがフラフラと立ち上がる。

 聖職者による強化は強力だ。


 ハチの力は計り知れないので強化が必要だろう。

 戦場に近づくリスクは背負うけどどの道リュードが負けたら全て終わりだ。


 ルフォンとラストはダリルに肩を貸して半ば引きずるようにリュードのところに向かった。


「はな……せ!


 うわっ!」


 背中の衝撃から立ち直ったリュードがハチを殴打しようと拳を振るった。

 しかしパッと手を放されて拳は当たらずリュードは地面に激突して転がった。


「クソッ……グッ!


 コイツ!」


 起きあがろうとしたリュードの顔をハチが殴る。

 一撃離脱のヒットアンドアウェイ。


 リュードの目ではなんとなく姿は捉えられるが見えるのとそれを受けて動けるのでは全く異なる。

 殴られながらもリュードは歯を食いしばって立ち上がる。

 

 その間もハチはリュードの顔や腹を殴打する。

 軽くはないけど一撃でやられるほどに重くもない。


 早すぎて手が離れるのも早く、衝撃が伝わりきっていない感じもある。

 ダメージに耐えて目を凝らしてハチの動きを捉えようとする。


 リュードも拳を振る。

 持っていた剣は天井に叩きつけられた時に手から離れてしまった。


 側から見れば1人で空中を殴っているように見えるリュード。

 しかしそれは闇雲に手を出しているのではなかった。


 かなりリュードの方が遅いがリュードの繰り出した拳はほんの数瞬間後にハチが通るはずだったルートだった。

 ハチの動きを見て予測しリュードは先読み的に拳を出していた。


 ハチの動きの方が遥かに早くて拳をかわされてしまっているがハチがもう少しでも鈍ければリュードの拳は先読みしてあたっていたかもしれない。


 (1回……1回でいい)


 全身に魔力をたぎらせながらリュードは耐える。

 段々と感覚が研ぎ澄まされていく。


 ハチの動きが見え始め、先読みが正確になっていく。


「リュード……受け取れ!」


 ふと体が軽くなった。

 鉱山から出てきたダリルがリュードを神聖力で強化したのだ。


 殴られて蓄積したダメージを回復するよりも敵を倒す方が優先だと強化に全ての神聖力を込める。

 リュードはあえて拳を鈍らせて弱ったようなヘロリとした軌道を描いた。


 それを見たハチはリュードが弱っていて好機だと考えた。

 勢いよくリュードに接近したハチは大きく腕を引いてリュードの頬を全力で殴りつけた。


「待ってたぜ」


 意識を持っていかれそうな一撃だった。

 足を踏ん張り、歯を食いしばって耐え切った。

 

 ヒットアンドアウェイだったからそれなりに軽く済んでいたのだと思い知ったが今はこの重たい一撃が欲しかった。


 リュードの体から電撃がほとばしる。

 それは頬を殴りつけたハチにも伝わり、体が電気によって意思とは関係なくビクビクと震える。


 お返しだ。

 今度はリュードの方が全力でハチを殴りつけた。


 想像よりも軽いハチはリュードの一撃に地面に叩きつけられるように転がりながらぶっ飛んだ。


「なんと……」


 ヒットアンドアウェイの攻撃ではリュードに触れる時間が一瞬すぎた。

 それでは電撃を与えても痺れさせられるか分からなかった。


 警戒されないためにも一度きりのチャンスを確実に狙う必要がある。

 だからハチが深い一撃を繰り出してくるのを待った。


「ペッ」


 リュードが口に溜まった血を吐き出す。


「まだ終わらないのか?


 いいぜ、とことんやろうか」


 ハチは起き上がった。

 リュードの1発だって決して軽くない。


 ハチはリュードに接近した。

 けれど最初のような目にも止まらない速さは出ていなかった。


 ハチの拳がリュードの頬に当たり、リュードの拳がハチの腹に当たる。

 ハチの蹴りがリュードの脇腹に当たり、リュードの蹴りがハチの脇腹に当たる。


 まだハチは速かったが強化をもらい、完全に先読みに成功しているリュードは攻撃を食らう覚悟で反撃を繰り出していた。

 1発食らえば1発返す、ダメージレース。


 リュードの拳がハチの顔を殴り、ハチの拳がリュードの顔を殴る。


 頑丈さと力強さはリュードの方が遥かに上だ。


「笑ってるね……」


「うん……笑ってるね」


 その上リュードは笑っていた。

 魔人族の本能と言えるだろうか。


 より強い相手とのぎりぎりの勝負。

 頭の芯はどこか冷静なのに体は熱くどこまでも戦っていけそうな高揚感。


 こんな状況なのに、こんな状況を楽しんでいる自分がいる。

 1発食らうと1発返すがやがて1発いれて1発返されるに変わり、2発入れて1発返されるとなる。


「終わりだ!」


 ハチの拳がリュードの頬をかすめて、リュードの拳がハチの顔面にまともに入った。

 ゴロゴロと後ろに転がるハチ。


 他の冒険者のみんなも鉱山から出てきた。


 ハチはグッタリと倒れ込んだまま動かない。

 肩で息をするリュードがハチに近づく。


 剣がないのでしょうがない、爪に魔力を込める。

 ハチはそんなに固くないので爪による攻撃でも十分にトドメがさせる。


 絶望したようにリュードを見上げるハチ。


「……も、もうやだー!」


 その目から滝ような涙をこぼし始めた。


「は、はぁっ?」

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