静かな森の不穏な気配3

「リューちゃん、どこからか声が聞こえる!」


「みんな静かに!


 どこからか分かるか?」


 ほんのわずかな異変。

 ルフォンのミミに聞こえてきた声。


 目を閉じて集中する。

 何かを伝えたいならもう一度声を出してと願う。


「助け……」


「……!


 こっちだよ!」


 弾かれるように走り出したルフォン。

 みんながすぐについていく。


 オークがいると思われるよりもさらに森の奥に入り込んでいく。


「誰か……お願いだ……助けて…………」


 大きな木に寄りかかって倒れている冒険者がいた。

 掠れるような声、姿が見えてようやくリュードにも聞こえてきた。


 脇腹のところの鎧が壊れて中の傷が見えている。


「大丈夫ですか……」


「ルフォン、触るな!」


 冒険者の男の容態を確認しようと手を伸ばしたルフォン。

 リュードは男の異変に気づいてルフォンを制止する。


「ど、どうして、リューちゃん」


「少し待つんだ」


 リュードは慌てて荷物を漁って、荷物の中から薬を作るときに使う手袋とゴーグル、マスクをつけた。

 毒草とかの採取もあるのでこうしたものも持ってきていた。


 ルフォンを下がらせてリュードが男に手を伸ばして脇腹の服を破く。

 赤くえぐれた傷口のせいで分かりにくかったけれど傷口の周辺が黒く変色していた。


 傷口の縁も黒くなっていて腐ったようにも似たグジュグジュとした感じになっている。

 ラストがあまり気分の良いとはいえない傷口に顔をしかめた


 よくみると顔色も悪く、目の焦点も合っていない。


「これは毒だな」


 しかもかなり強力そう。

 専門家でもないリュードにはそれがなんの毒かまでは分からないが明らかに死に至る毒であることは見ていて分かる。


「ルフォン、解毒薬とポーションを出してくれ!」


「わかった!」


 ルフォンは荷物の中から解毒薬が入った小瓶とポーションの入った小瓶を取り出してリュードに渡す。


「聞こえるか?


 これを飲むんだ!」


 リュードが小瓶を口に当ててやると男はなんとかわずかに口を開けた。

 まずは解毒薬を流し込む。


 リュードお手製のいくつかの解毒作用のある薬草から作った広くいろいろな毒に効く解毒薬である。

 万能とまではいかないがなんの毒か分からないならとりあえず飲んでおけば一定の効果は見込める薬である。


 けれど今この毒に対しては気休め程度の効果しかなさそうなことはリュードも分かっている。

 毒には毒に合った専門の薬が必要だ。


 もしくは教会で治療してもらうしかない。


「次にこれだ!」


 そしてポーションも飲ませてやる。


 2つの効果が多少でもあれば少しは延命することができる。


「チッ!」


 ダメだ。

 男の体が痙攣を始めた。


 解毒薬が全く効いていない。


 リュードは立ち上がって上の服を脱ぎ捨てて魔人化した。

 そして男を数枚のマントでグルグル巻きにして背負う。


「ルフォン、ラスト、あとは頼む。


 俺はコイツを教会に連れていく!」


 もう助けるには教会で毒の治療をしてもらうしかない。

 魔人化したリュードは地面を蹴って走り出した。


 身体能力強化、それと仮に毒が体に付いても魔人化している状態の方が毒に対する耐性が高い。

 

「ブブォ!」


 途中ゴブリンを轢いたような気がするがそんなこといちいち確認してもいられない。

 今のリュードは世界記録も真っ青な速度で走り抜ける。


 森を抜けて町に向かう。

 毒の程度からして大きな教会の実力者が必要だ。


 町行く人がリュードを見てポカンとしているが周りの視線も気にしている暇はない。

 とりあえず町の中心部に向かう。


 いいところに建っている教会なら大きくてレベルの高い聖職者がいるはずだと考えた。

 そして一軒の大教会にリュードはたどり着いた。


「すいません、治してほしい人がいるんです!」


 祈りのためと開け放たれた扉をくぐってとりあえず大きな声で全員に向けて言葉を発する。

 誰が偉いとか、聖職者が誰とか確認している時間も惜しいのだ。


「何事ですか!」


「ダリル!」


「何故私の名前を……そのツノ、まさかリュードさん!?」


 なんとその教会にはダリルがいた。

 ダリルはリュードの魔人化した姿は知らなかったけれど立派な黒いツノは間違いなくリュードのものだと分かった。


 声もそうだし、強い意志を秘めた目も変わっていない。


「どうなさいましたか?」


 いつもの格好と違い、神父の服装をしたダリルが駆け寄ってくる。


「この人を治療してほしくて。


 森の中で見つけた人で毒でやられているようなんです」


 リュードは男を下ろして包んだマントを取る。

 揺られてしまったからか毒がさらに男を蝕んでいて、顔は紫色になりつつある。


「これはひどい……


 ドゥラックを呼んでくるんだ!


 大至急、何をしていても連れてこい!」


「分かりました!」


 若い神官に指示を出してダリルは腕まくりをする。

 男に手をかざしたダリルは神聖力での治療を試みる。


 淡い光に全身が包まれて男の治療が始まる。

 しかしもう全身に回った毒は男の体を破壊していて、ダリルの治療と毒の破壊が拮抗して治療が進まない。


 亡くならないように毒を押しとどめるだけの効果はあるがそれだけである。


「ひぃ……はぁ、何事ですか、ダリルさん?」


「ドゥラック、出番だ!


 毒に侵されている。


 もうかなりヤバい状態だ!」


「どれどれ?


 むむ……これは」


 ドゥラックと呼ばれた太めの男性が教会の中から走ってきた。

 細かい事情は分からなくても助けが必要な人が目の前にいることは分かる。


 ドゥラックは早速男の脇腹に手をかざして軽く神聖力を流し込んでみる。


「分かりました。


 ダリルさんはそのまま彼の体力の補助をお願いします。


 私が毒を抜きますので、そうすれば治療も成されるはずです」


 ドゥラックは他の神官に指示を出すと両手を男の脇腹にかざして深呼吸する。


「ふんっ!」


 カッと目を見開き脇腹に神聖力を集中させる。


 男の体を包み込む神聖力の光がより強くなり、毒との戦いが始まった。

 黒く変色した傷口からジワリとドス黒い液体が滲み出てくる。


 フワリと浮き上がった液体はドゥラックの手のひらの前に集まり出す。


 毒の治療法もいくつかある。

 まずは薬だ。


 毒に合った解毒なり治療薬なりを飲めば毒は治る。

 なんの毒が分かればいいのだけど今回は調べている時間もない。


 次に毒を体から追い出してしまう方法である。

 毒が体の中になければ悪さもしない。


 口で毒をちゅーちゅー吸ったところで体に入った毒を吸い出しきれないがこうして神聖力を使って体に害のある毒を分別して取り出すことができるのだ。


 ドゥラックの額に汗が滲む。

 体に混ざり切った毒を分離して取り出すのは難しいことである。


 しかも強力な毒で毒そのものも分離に抵抗してくるような感じすらある。


 しかもドゥラックは男の体の端、手足の先から毒を順に吸い出していた。

 ついでに吸い出したところから浄化もしてさらに安全を高めることまでしている。


 実はかなりの高等なことをしているドゥラックで体力がガンガンに奪われていっている。


「リューちゃん!」


 仕方なく教会のど真ん中で始まった治療。

 他の神官が気を利かせて祈りに来ていた人を帰してくれた。


 これぐらいのことで怒り出すクレーマーは教会になんて通いはしないのである。

 全く気の抜けない状況が続いてリュードも固唾を飲んで見守っていた。


 そこにルフォンたちが来た。

 町で走り回るリュードの姿が噂になっていたので簡単に見つけることができてしまった。


 荷物も宿に置いてきたらしく、そうだと結構な時間が経っていることがわかる。


「3人とも悪いな。


 問題はなかったか?」


「大丈夫だよ。


 男の人は、どう?」


「今…………終わったみたいだな」

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