アリの巣掃除3
正面の奥側に一際デカい黒いアリとさらにその奥に白い卵が見えた。
大きさや状況から察するに女王アリだ。
女王アリの前には4匹のアリがいた。
赤黒いが艶やかで、働きアリよりは大きいが兵隊アリよりは少し小さいぐらいの大きさのアリ。
非常にアゴが発達していて、大きく伸びているのでアリというよりもクワガタを思い起こさせる。
女王を守る護衛アリだ。
「くるぞ!
デルデは下がっていてくれ!」
護衛アリの背中の羽が低い音を立てて羽ばたき始め、体がふわりと浮く。
「ショット!」
ラストが素早く矢を2回放つ。
浮き上がったばかりのアリは動きが鈍く、2匹のアリが矢をかわしきれずにヒットする。
当たった瞬間に矢の魔力が爆発を起こす。
表面は兵隊アリよりも固そうで大したダメージは与えられそうにもないがそれでも良い。
爆発の衝撃で浮き上がったばかりのアリは大きくバランスを崩して着地してしまう。
結果的に半分の2匹だけがそのまま飛んでリュードたちに襲いかかることになった。
リュードは襲いかかるアリのアゴをかわして剣にあまり魔力を込めず素早く剣を振り、アゴと胴体を切りつけた。
アゴは金属がぶつかるような音がして、胴体も鈍い音がした。
アゴは傷つかなかったが胴体の方は魔力を込めていないのにも関わらずわずかに傷がついていた。
やはりこの剣は素での能力も高い。
しかしその剣でも軽くしか傷つかないアリの方もだいぶ硬くなっている。
次は少し本気を出してみる。
剣に魔力を込める。
そしてさらに魔力を変化させて属性を持たせる。
バチバチと弾ける音がして、黒い剣が雷をまとう。
もうすでに違う。
これまでと同じように魔力を込めているのに剣がまとう雷は大きく力強い。
今ならなんでも切れそうだとリュードはアリの胴体を切り付ける。
結構硬いなと思っていたアリの外骨格だったけれどその手応えはほんのわずかであった。
アリの胴体を通過して剣を振り切ったのに返ってきた手応えは恐ろしく少ない。
簡単にアリの体を切り裂いたリュード。
雷がアリの体を駆け巡り、ビクビクと体を震わせる。
まるで一瞬空でも切ってしまったのかと思うほどに軽く、アリのことを切ることができた。
感動する。
けれど傷は深いがアリは死んでいない。
致命傷にはギリギリ至らなかった。
お試しじゃなくてしっかり切っておけばやれたかもしれない。
どの程度切れるのか分からないので浅めにしたのが仇となった。
「リュード、後ろ!」
ラストの爆発で遅れていたアリが立ち直ってリュードに向かっていた。
「痺れてろ!」
リュードが手を伸ばして襲いかかってくるアリに魔法を放つ。
もはやお馴染みの雷の魔法だ。
モロに魔法が直撃したアリは体が痺れて地面に落ちる。
これで死なないあたり、魔法に対する耐性もそれなりに高そうだ。
「さっすがリュード!」
ラストが目一杯に引いた矢を放った。
目標はリュードが魔法で落として痺れているアリ。
魔力を込めた一矢は真っ直ぐに飛んでいき、アリの頭のど真ん中に突き刺さる。
硬い外骨格を砕き中に入り、奥深くに矢が刺さった。
新しい弓を全力で引くと止められるものなどいないのではないかと錯覚するほどの高威力になる。
これだけの威力を出せるなら飛距離も期待ができる。
「逃すか!」
そちらの方はラストに任せてリュードは胴体を切られて逃げるアリを追う。
飛んで逃げ出そうとする護衛アリに向かって飛び上がると体を回転させながら上に剣を振り上げる。
リュードが着地して、少し遅れてアリの頭が地面に落ちる。
さらに遅れて羽ばたきの止まったアリの胴体と地面に激突した。
「ラスト、ルフォンの方を頼むぞ!」
「りょーかい!」
これで2匹片付いたがまだ終わっていない。
ラストはつがえた矢をルフォンの戦うアリに向ける。
「まあ、心配なさそうだけどね」
見るとルフォンは危なげなく戦っていた。
残る2匹がルフォンの方に向かったというのに無理せず引きつけながらも1匹はすでに羽と足を何本か切り落とされていた。
死んでないだけでもうちょっと時間があればルフォンがそのまま2匹を制圧してしまいそうだ。
よくよく見ると2匹とも全身切り傷だらけで無事なのもご自慢のアゴぐらいのものだ。
しかしそのアゴもルフォンにはかすりもしない。
「ルフォン!」
「オッケー!」
ラストの声にルフォンが視線も返さずに返事する。
戦いの最中によそ見なんて出来ない。
けれど見ずともこれまで一緒に戦ってきた経験から何となくラストの行動は分かるし、声の位置から場所も把握できる。
ルフォンは巧みに1匹のアリの向きを誘導する。
ラストが頭を狙えるように戦いながら少しずつ場所を変えていく。
そしてルフォンが大きく横に飛んで場所を空けた瞬間ラストは矢から手を放した。
弓に魔力を込めるのを止めると固くなり、形を戻そうとする力が働き、より強く矢を打ち出す。
アリの頭に矢が刺さり、そして爆発する。
頭の一部が吹き飛んだアリは声を上げることもなく地面に倒れて動かなくなる。
「う、ううむ……」
影に隠れて戦いの様子を見ていたデルデは思わず唸った。
3人では厳しいかもしれないと正直なところ考えていたのにリュードたちの圧倒的な実力にアリの方が可哀想になってくるほどだ。
「……いいぞ、やってしまえ!」
これはもう応援に声だけ出していればいい。
とりあえずデルデは3人に対して声を出して応援することにした。
「よっと……面倒だな」
ルフォンが戦っていたもう1匹のアリを引きつけていたリュード。
攻撃をかわしながらボソリとつぶやいた。
護衛アリは羽を羽ばたかせて低く飛びながらヒットアンドアウェイを繰り返していた。
多少の学習能力があるようで仲間のやられざまを見て少し戦い方を変えてきたのだ。
リュードを深追いすることもなく、魔法を使う素振りを見せるだけで距離を取る。
ほとんど通り過ぎていくだけのような攻撃に決定打となる反撃もできずにいた。
(……今ならやれるかな?)
デルデが新しく打ち直してくれた剣ならばと、リュードはアリの攻撃をギリギリでかわしながら集中力を高める。
しっかりと剣を意識して魔力を込めていく。
体の一部かのように魔力が通っていき、剣先までリュードの魔力で満ちていく。
そうなると本当に体の一部になったように感じられ、感覚まで繋がっているのではないかとすら思えてくる。
単に魔力をまとうだけでも切れ味など戦闘力の面での強化は期待できる。
何も考えずに力強さだけを求めるなら多くの魔力を剣に込めてまとわせればいい。
デルゼウズがやっていたように溢れんばかりの魔力で強化すればそれはそれで強いのだ。
ただそれだけでも破壊力は増し、高い威力を発揮することができる。
けれどただ魔力を込めてまとわせていることは、剣から魔力をダダ漏れさせているのと大きく変わらないのである。
普通の人がそんなことをしていたらあっという間に魔力が枯渇して戦えなくなってしまうことだろう。
悪魔的魔力、少なくともリュードぐらいの魔力がなくては魔力に任せたやり方は厳しいものである。
だからリュードもできなくはないけど、そんな雑なやり方はしない。
ならば普段はどうしているか。
ただ剣に魔力を通してまとわせるのではなく剣をしっかりと覆うように魔力をコントロールしてまとわせるのである。
巧みに操ってダダ漏れさせるのではなく剣の周りに止めてまとわせる。
ウォーケックはこれを剣に魔力のメッキをするのだと表現していた。
厚みがある鞘のようにまとわせるのではなくて、薄くメッキのようにまとわせるのだ。
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