閑話・おをつけず、おをつけて2

 短いながら、一瞬も目が離せない親子の戦いにみんなが賛辞を送る。

 辛くも勝利したルフォンであったがその勢いに乗ることはできなかった。


 次の対戦でルフォンは敗北した。


「ふぇーん、リューちゃーん!」


「おーよしよし、ルフォンは頑張ったよ」


 頬を赤く腫らしたルフォンがリュード飛びついた。


 竜人族はあまり体格的なものが大きく変わらず、スマートな体型なものがほとんどなのであるがそれに比べて人狼族は竜人族よりもその点で豊かである。

 肩幅も広く、骨格からがっしりとしたことが分かる人狼族の女性。


 太ってるのではなくプロレスラーを思わせるようなガッチリとしたかなり大柄で、おっつけ優勝候補筆頭の女性がルフォンの次の対戦相手なのであった。


 これが力比べなら、戦いであったなら体格差などルフォンはどうにかしてしまうのだけどおっつけではそうはいかない。

 狭い土俵の中で投げるか手のひらによる殴打しか認められていないという制約が課せられている。


 ルフォンは必死にその速さを生かして戦ったのだけれど相手はおっつけにおいて経験がルフォンよりも長く、早い相手のあしらい方も分かっていた。

 指にかかるように服を取られたルフォンはバランスを崩して普段ならもらわないようなツッパリを顔に受けて土俵外にぶっ飛んだ。


 おっつけの戦い方というものが相手の方が一枚も二枚も上手であったのだ。

 痛かったからではない。


 せっかくルーミオラにも勝って優勝してやると意気込んでいたのに負けてしまったことが悔しくて悔しくて。

 子供じゃないから泣きはしないけどリュードの息が苦しくなるほどに腕に力を入れて抱きしめ胸に顔をうずめる。


 こうしないとちょっと泣いてしまいそうだったから。


 リュードもそれを分かっているので大人しく受け入れて、ルフォンの頭を撫でてやる。


「おっついたー!」


 女性部門の優勝者が決まった。

 優勝したのは小柄な人狼族の女性。


 ルフォンに勝った大柄な人狼族の女性はその後も勝ち続け決勝まで行ったのだけどこの小柄な人狼族の女性に負けてしまったのだ。

 ルフォンと似たような速さを生かした戦い方をする人だったけれどこの人もおっつけの戦い方を分かっていた。


 メーリエッヒもテユノもこの小柄な人狼族の女性に負けていた。

 力比べでは勝っているのを見たことないので本当におっつけ特化みたいなものなんだろう。


「ぐすん。


 リューちゃん頑張ってね」


「おうさ」


 次は男性部門になる。

 リュードの最初の出番は比較的早く、相手も竜人族であったのでリュードが豪快に相手を投げて見事勝利を収めた。


 問題はなかったのだけど初戦に大きな山がきた。

 なんとウォーケックと村長が初戦からおっつけすることになったのだ。


 まるで決勝戦かのような熱気に包まれて対峙するウォーケックと村長。

 その結果は、ウォーケックが勝利した。


 速さを生かしながらもレスリングのようで、柔道のような動き。

 人狼族は魔人化した時もやや前屈みになったように体勢をとることが多いがそれに近い形で正面から挑んでいった。


 リーチも長く同じように服を着ているのに、ウォーケックは村長に服を掴ませず華麗に背中から倒して尻尾を地面につけさせた。

 まるでウォーケックが優勝したかのような盛り上がり。


 観客として見ていたリュードとウォーケックの視線がほんの一瞬、ぶつかった。


 リュードもおっつけに勝ち続けた。

 前世で知っているどの競技ともどことなく違うこのおっつけには苦労させられるが持ち前の身体能力と前世の知識も活用してなんとか決勝まできた。


「まさかここまで本当に来るとはな……」


「不肖ながらこの弟子がお相手努めさせていただきます」


「ふっ……それは良いが俺はまだ負けるつもりはないからな?」


「まあ、俺はすでに師匠超えてますし?」


 力比べでリュードはウォーケックに勝利している。

 それで師を超えたなど豪語はできないけど今は勝負前の軽い挨拶である。


「力比べでたまたま勝ったからとこのおっつけでも勝てると思うなよ?」


「たまたまだったかどうかはやってみれば分かりますよ」


「いいね!


 それでこそ俺の弟子だ!


 それでこそ……ルフォンを任せられるというものだ」


「負けたらお父様とでも呼びましょうか?」


「そんなこといいさ。


 負けたら、どんな手を使ってもルフォンを守れ。

 卑怯だと言われてもルフォンに軽蔑されてもルフォンを守るんだ」


「何を言ってるんですか?」


 そんなこと、言われずともやるに決まっている。


「それじゃあ勝っても負けても同じじゃないですか」


「……いいんだ。


 俺がそれで安心するから」


「おっつけ用意…………おっつけろぉー!」


「いくぞ!」


「お願いします!」


 かけ声と共にウォーケックが走り出す。

 一瞬で懐に潜り込もうとするウォーケックにリュードは張り手を合わせる。


「師匠の顔面を殴ろうとするとは不届きな弟子だ」


 ウォーケックは殴られながら前に出た。

 体を少し動かして打点をずらすことで正面から受けるのではなく頬を撫でるようにしてリュードの掌底の威力を減じた。


 低い体勢からタックルしながら腰に手を回そうとする。

 リュードは離れようとするがウォーケックの方が早い。


 後ろに下がる勢いを使ってリュードを押し倒そうとする。

 リュードはウォーケックの腹を上下に挟み込むように服を掴むと上半身を捻りウォーケックを反転させながらぶん投げる。


 力技だけど竜人族の鈍めの者ならこれで背中から地面に投げつけられることになる。

 リュードの派手な戦いに歓声が上がる。


 しかしウォーケックはかなり能力が高く身軽である。

 反転させられた体をさらに反転させて着地する。


 一筋縄ではいかない相手だと分かっているのでこれぐらい互いに驚きもしない。


 ニヤリと笑うウォーケック。


 今度はリュードからしかけていく。

 距離を詰めるリュードを低い体勢で待ち受けるウォーケックよりもさらに低い体勢を取る。


 かなり低い体勢を取ったのでリュードの尻尾が地面につきかけて見ている人たちが息を飲む。

 ウォーケックの懐に潜り込んだリュードはウォーケックの足に手を伸ばす。


 ウォーケックが足を引いて手を避けて、逆にリュードの袖を取る。

 ウォーケックの体の下に肩を入れて、無理矢理ウォーケックの上体を起こさせ襟を掴む。


「まだまだだな、弟子よ」


 そのまま背負い投げのような形で投げようとしたが何の手答えもなかった。

 リュードがそう行動するのが分かっていたようにウォーケックは自ら跳び上がり、リュードの背負い投げのルート先に自分で移動した。


 ただ投げたように見えるだけになったリュード。

 力も加えられていないので投げてもいないといえる。


 ヤバいと思った時には遅かった。

 クルリと体を回転させて目の前に着地したウォーケックはリュードの襟と袖を掴み返すと同じくリュードを投げた。


 世界が逆さまになり、身をひるがさなければと体を動かそうとした瞬間だった。

 袖を掴んでいた手を離したウォーケックは張り手を繰り出した。


 リュードの腹に当たった手のひらは弾き飛ばす張り手ではなく、吸い付くようにリュードの腹にくっついて地面に背中を叩きつけられた。


「おっついたぁーーーー!


 一瞬の攻防を制したのはウォーケック!


 師弟対決を勝利したのは人狼族のウォーケックだぁ!」


 完全に読まれていて、投げた後に相手を叩きつけるなんてのもウォーケックの方が上手であった。


「すまないな、力比べでも負けて、ここでも負けるわけにはいかないんだ」


「……さすがです、師匠」


「負けたんだから約束、守れよ」


「守りますよ、ルフォンのことは命に換えても」


「それはダメだ」


「えっ?」


「命は大事にしろ。


 命をかけるほどに守っては欲しいがお前がいなくなったらルフォンはどうなるか分からない。


 お前の命も、ルフォンも守るんだよ」


「……分かりました」


「頼んだぞ、リュード」


 強くなったと思ったけど上には上がある。

 柔軟で、リュードの知らない戦い方もある。


 ルフォンを守るため、この世界で生きていくためにはもっと、もっと強くならねばならないとリュードは思った。

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