閑話・おをつけず、おをつけて1

※こちらは物語の流れと関係のない特別閑話です。


 ーーーーー


「おっつけ用意……つけろ!」


 男たちが組み合う。

 服を引き、足をかけ、相手を地面に倒そうとする。


 周りを多くの人が囲み、応援の声をかけている。

 これはケンカではない。


 新年を迎えてリュードたちの村も新たな始まりに色めきだっていた。

 新年を迎えると一斉にみんな年を1つ重ねた扱いになる。


 なので新年のお祝いも結構盛大に行われる。

 その中で行われる催し物として『おっつけ』なる競技がある。


 これは元々人狼族の間で行われていたものでかなり古い歴史のある競技がである。

 競技の内容は至ってシンプル。


 相手の『お』、つまりは尾、尻尾を地面につけた方が勝ちというルールなのである。

 モンゴル相撲みたいなものだけどあくまでもつけちゃダメなのは尻尾である。


 昔人狼族が魔人族の姿で暮らしていた頃の風習で尻尾が地面につくような倒され方は恥ずかしいものだとされることから端を発している。

 魔人化した人狼族がプライドをかけて相手の尾を地面につけさせる決闘のようなものがいつしか娯楽的な戦いになった。


 魔人化した状態が常ではなくなり、竜人族とも共存する村では更なる変化もあった。

 狭めに丸く囲まれた土俵の中で行い相手を土俵から追い出すことでも勝利となるだけどそれだけではない。


 竜人族もこれに参加するのだけど竜人族と人狼族では尻尾が違う。

 作りも違うし長い尻尾を持つ竜人族の方が人狼族よりもはるかに不利になってしまうのでこの村におけるおっつけは少し異なったものになっていた。


「似合ってるよ、リューちゃん」


「ルフォンは……自前の尻尾で参加か」


「うん、2本あるとおかしいでしょ?」


 おっつけと名前になっているのだ、尻尾は欠かせない。

 そこで竜人族も人狼族も平等に戦えるように考え出されたのが付け尻尾である。


 人狼族の尻尾を模した黒い尻尾もどきを付けておっつけに挑むのだ。

 こうすれば個人の尻尾の長さにもとらわれず競技を行うことができる。


 さらにおっつけの時に相手の体を掴む毛の代わりに長袖厚手の服もしっかり着る。

 そうして人狼族のおっつけは年越しの力比べなどと呼ばれるほどのイベントとして村では定着していた。


「おっついたー!」


 人狼族と竜人族の男性によるおっつけ。

 竜人族の男性が勝って手を突き上げて喜ぶ。


 おっつけは人狼族のイベントだったので負けるわけにはいかないと長らく人狼族が一強状態であったのだけれど竜人族とて負けず嫌いな者が多い。

 今となっては人狼族と竜人族の実力差は大きくなく、誰が優勝するのかも分からない楽しい混戦具合となっている。


「えへへ、リューちゃんも黒い尻尾だからお揃いだね」


「そうだな。


 今年は旅に出発するしか最後のおっつけだから力比べだけじゃなくてこっちでもチャンピオンになりたいな」


「ふふっ、じゃあお父さんを倒さなきゃね」


「力比べに続いて倒してやるよ」


「頑張ってね。


 あっ、私の出番だから行くね」


「おう、頑張れよ」


 しかし人狼族にも意地がある。

 追いついてきたとはいっても元は人狼族のイベントなので負けられないとチャンピオンの座は人狼族が譲らない。


 過去何回か明け渡したことはあるけれどここ数年は人狼族、しかもルフォンの父親でありリュードの師匠でもあるウォーケックがチャンピオンの座に君臨し続けている。


 力比べでは圧倒的な村長ですら敵わないウォーケック。

 今年もやはり優勝はウォーケックだと言われている。


「あー……」


「なんとなんと!


 子供部門チャンピオンのルフォンは今年のおっつけ王の最有力候補だと言われておりましたが、その相手はなんと運命のいたずらでしょうか、ルーミオラとなってしまいましたー!」


 力比べではあと一歩大人に勝ちきれなかったがこっちでは勝ってやると勢い込んだルフォン。

 けれどその初戦の相手はなんとルーミオラであった。


 ルフォンの母親、力比べでも優勝候補の彼女は力比べでも同様に優勝候補であった。

 女性のおっつけはルーミオラを含めて何人かの人狼族が強く、メーリエッヒも新たなる優勝候補となりつつある。


 その中でもやはりルーミオラは強い。

 例え娘が相手でも手を抜くような人でもない。


「今ここで降参すればケガしなくて済むかもよ?」


「お母さんこそ、私に敵わなくなったなんて言われる前に自分から降参したら?」


「ははっ!


 言うようになったじゃない!」


「お母さんが言ってるじゃない。


 女は行動で示さなきゃって。


 力比べでは戦えなかったからここでお母さんを越えてみせる!」


「やってごらんなさい!」


「おっつけ用意……つけろぉ!」


 掛け声と共にルフォンとルーミオラが走り出す。

 張り手、ビンタなど拳を握らず手のひらで行う相手への攻撃は許されている。


 ルーミオラは相手が娘だろうとなんのその、素早い張り手を繰り出し顔も普通に狙った。

 風切る掌底がルフォンの頬をかすめる。


 懐に入り込んだルフォンはルーミオラの服を掴むと足をかけながら体をグルリと回転させてルーミオラを投げ飛ばす。


「まだまだ甘いわね!」


 派手に投げ飛ばしたように見えたがそれはルフォンの力だけではない。

 投げられる瞬間ルーミオラは地面を蹴って自ら勢いをつけて投げられた。


 しっかりと投げられたルーミオラは空中で回転して、土俵の中に着地する。


「ううっ!」


 ルフォンだってそれをただ見ているわけじゃない。

 そのまま押し切ってしまおうと近づくルフォン。


 ルーミオラは体勢を立て直すと近づくルフォンのさらに内側に一歩入って脇腹に掌底を入れる。

 手首に近いところでする掌底は手のひらで攻撃しているのだけど完全にダメージの出る攻撃である。


 ルフォンの体が軽く横に流れて顔が苦痛に歪む。

 掌底を入れた手でルフォンの服を掴んで土俵の外に投げ飛ばしてしまおうとする。


 ルフォンもルーミオラの服を掴み、足に力を入れて抵抗する。

 土俵際、2人の力が拮抗して止まる。


「ふふっ……やるじゃない」


「お母さんもね!」


 驚いた。

 実際に娘の力強さや速さを目の当たりにするとここまでのものだと思いもしなかった。


 まだまだ幼くて、子供だと思っていたのにいまは闘争心の燃える目で母親である自分を見ている。


 これほど……嬉しいことはない。


「なっ……」


「お母さん、大好きだよ」


 力を抜いてルフォンの体のバランスを崩した。

 もう一度ルフォンの脇腹に掌底を入れようとした。


 しかしルフォンはそんなルーミオラの行動を読み切っていた。


「おっついたー!」


 ボディブローのような掌底のさらに内側。

 ルフォンはルーミオラの首に手を回して耳元で囁いた。


 そんなやり方も見たことないし、完全に不意をつかれた。

 ハッと気を取り戻した時にはもう後ろに倒れていた。


「〜〜〜〜ルフォーン!」


「えへへ、私の勝ち。


 お母さんが大好きなのは本当だよ?」


 決まり手は飛びつき……あるいは子供らしく飛び込んで、それを母親が受け止めたとでも言ったらいいのか。


 あんなもの防げる人がいるだろうか。

 捨て身で飛びついてきたルフォンにそのまま押し倒されたルーミオラは背中を地面につけることになった。


 つまり尻尾も地面に着いたのだ。

 ルーミオラの上で悪戯っぽく笑うルフォン。


 闘争心はあった。

 勝てるなら勝ちたい。


 でも母親を殴り飛ばすような真似もできなかった。


 ルフォンらしい優しい勝利の仕方だとリュードは思った。


「もう……あんたは」


「いてっ」


 ルフォンのおでこを優しくデコピンするルーミオラ。

 望んでいた決着でも思い描いていた戦いでもなかったけどこんなものを誰が怒れるのか。


 負けは負け。

 ルフォンが体を投げ打ってきたのにそれを返せずに押し倒されたのだからルーミオラの負けなのだ。


「強かにもなったんだね……」


 これもまたルフォンの1つの成長だ。

 ルーミオラは優しくルフォンの頭を撫でた。

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