閑話・おをつけず、おをつけて3

「りゅーちゃん……」


 力比べとは違って体に大きなダメージが残る大会ではない。

 負けてしまったリュードになんと声をかけたらいいのかルフォンは分からない。


「負けちゃったよ」


 そのままの勢いでウォーケックは優勝することになるのでチャンピオンに負けたとなれば面目も保てるけどそのようなくだらない面目などいらない。

 後ろにいるルフォンからはリュードの表情も見えない。


「ルフォン」


「う、うん」


「何か食べようか?」


「……!


 うん!」


 振り返ったリュードはとても穏やかに笑っていた。


 おっつけはいわゆる新年のお祭りの行事なので力比べと同じように食べ物の屋台的なものがある。

 ただ力を付けろよと肉料理が中心な力比べと違っておっつけの料理は割と多彩である。


 これは旅をしていたものも多いこの村ならではの特徴で新年のお祝いをする様々な地域の特徴や料理、文化の一部が入り混じった結果として色々な料理が出てくるのだ。

 今のところリュードの知る和風的なものはないけれど前世の別の国の有名な料理っぽいものはあったりした。


 それでも人気なのはやっぱり肉。

 リュードも肉中心に料理を集め、ルフォンもいくらか持ってくる。


 屋台横に設置されたテーブル席のベンチに座る。

 ルフォンは少し悩んだようだけどそっとリュードの隣に腰掛けた。


「本当さ、楽しいよな」


「楽しいって何が?」


「色んな人がいて、色んな強い奴がいる。


 昨日は勝っても今日は分からない。

 今日は負けても明日はまた、分からない」


 生まれてしばらくはこの勝ち負けにこだわり、戦うことが好きな魔人族の価値観が理解できなかったものだけど今はリュードもそんな考えに染まっている。

 ただ暴力的なのではない。


 互いに切磋琢磨し、上下関係に囚われず強くなっていくことを目指していく。

 魔物もいるので強くなることには大きな意味もある。


 終わりのない道。

 様々な戦い方がある以上どれほど強くても負ける相手もいるので唯一の最強である人など存在もしない。


 諦めることなく、歩んでいける道、常にどこかに同じく歩む者がいて成長と自分に足りないものを実感させてくれる道がある。


 昔はともかく今はルフォンもそんな道を歩んでいる。

 リュードと共に歩むためが大きな理由だが強さにこだわることや強くなることは本能的なことで、ルフォンもいつの間にか強くなりたいと心から思っている。


「負けるって悔しいけど……楽しい。


 まだ強い人がいて、どうやって勝とうか考えている自分がいるんだ」


「そっか……」


 リュードは晴れやかな顔をしていた。

 そんなリュードの横顔を眺めてルフォンも優しく微笑む。


 負けを楽しみ、諦めない。

 リュードが熱っぽく語る様は少し輝いて見え、そんなリュードの隣にいれることに胸が高鳴る。


 リュードが歩むのは覇道ではない。

 孤独な強者ではなく周りと共に生きる優しい強者になろうとしている。


 単に共にあるだけなら難しくはないだろう。

 それがリュードの生き方だから。


 でも横に並び立って進むのは努力がいる。

 優しいから言えば歩幅は合わせてくれるかもしれないけどそうなるとそれはリュードの歩みではなくなってしまう。


 ルフォンが努力してリュードに並び立ち、リュードがそれに気づいてほんの少し合わせてくれる。

 心地よい速さで歩んでいければいい。


「次はリューちゃんがきっと勝つよ」


 でも生き方だけでなくて、時折こうして現実でも隣にいられるだけでも幸せだ。


「えへへっ」


 ちょっとだけリュードに近寄る。


「はい、リューちゃん。


 あーん」


 リュードもルフォンも強くなったので獣人族などとからかってくる人はもういない。

 代わりに最近では2人の仲をいじってくるようなオッサンオバサンが増えた。


「……あ、あーん」


「リューちゃん、私ね、もっともっと強くなる。


 もしかしたらリューちゃんよりもずっーと強くなるかもしれない。


 だから私のこと、見ててね」


 ズルい女。

 どこまでも自分を見て欲しくて。


 リュードが自分を見ていてくれるのを分かっていて、それでもまだ見ていて欲しい。


「なら俺も負けないようにしないとな」


 ルフォンはこっそりとリュードが付けっぱなしにしている尻尾に自分の尻尾を絡めた。

 昔、人狼族が魔人化した姿で過ごしていた時代のこと、尻尾を互いに絡め合うのは親愛、情愛の証であった。


 それだけの距離近くにいて、他人に触られることを嫌う尻尾を絡め合うのは大切な意味を持ったことだった。

 今はもう古くて誰も知らないような話だけれど、ルフォンは自然とリュードの尻尾に自分の尻尾を絡めて照れ臭そうに笑う。


 リュードもなんだか尻尾がモゾモゾと動いているので何かをしているのは分かっていた。

 ルフォンがやりたいことならばとそれを受け入れて、今度はリュードがルフォンの口に食べ物を運んであげた。


 違う世界で生きていく。

 不安に押しつぶされそうになった時もたまにはあった。


 価値観が異なる種族に生まれ、見た目も他と異なる容姿を与えられた。

 でも今は感謝しかない。


 まだ始まったばかり。

 これからどんな人生を歩んでいけるのか、それは自分次第である。


 どんな道だって選ぶことができる、歩んでいくことができる。


 1人じゃ困難なら隣にはルフォンがいる。

 時にくじけて心が折れそうになったなら帰る家があり、親がいる。


 大切なモノはこの手の中にある。


 ありがとうとどれほど伝えても伝えきれない。

 遠ざかる青い美しい星のことは忘れないが、リュードは今イシュヴァレンシノを生きている。

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