孤独、ではない5

 罪もない相手を殺すことはできない。

 不殺の枷を負わせられて全力を出すことが難しくなった中でデルゼウズが活気付く。


 時折あえて防御やめて自分の体を囮に差し出し、ダリルの攻撃を妨害する卑怯な手を使っている。

 盾を駆使して上手くガードしているが反撃もほとんど出来ていない。


「ダリルさん!」


 ブレアが胸の前で手を組み、祈るような体勢をとった。

 ダリルの体が淡く光だして目に見えて動きが良くなった。


 目の前で放たれた黒い魔力の球を盾で受けながら前に出るダリル。

 大きな盾でもないので球が破裂して顔や体を襲うがかまわない。


 ブレアによる身体能力の強化と回復に任せてそのまま盾をぶち当てる。


「おーい、リュード!」


「んっ?


 あっ、ウロダじゃないか!


 生きてたのか!」


「お前の嫁さん方のおかげでな」


 手を振りながらウロダがリュードの方に駆け寄ってきた。

 深い仲ではないが知っている顔が生き残っていると嬉しくなる。


 ウロダの後ろからはミュリウォも付いてきていた。

 2人は通路に隠れていたため天井の崩落にも巻き込まれなかったのであった。


「あ、あの……トーイはどうしてしまったのですか……」


「ええと?」


「トーイさんって人の婚約者さんだよ」


「えっ!」


 トーイの話に聞いていた婚約者。

 半ば諦めたように語っていたけれど探しにこんなところまで来ていたのかと驚いた。


「そ、それで……その、トーイはどうしてしまったんですか!」


 先ほど声を出したせいでリュードがやられた。

 重たい罪悪感はあれど今はトーイの状態の方が優先であった。


 リュードもあの声がなければトーイの首を落としていたので特に怒っていない。

 それに泣きそうな顔をしてトーイを見ているミュリウォを見ていれば怒れるはずもない。


 どう見たってトーイなのにちょっと見ない間にすっかり様変わりしてしまっている。

 強くなっているのはいいのだけどあんな風に人と戦える人でなかったのに何が起きているのか。


「……今のトーイはトーイじゃないんだ。


 細かい話は今はやめておくがデルゼウズという悪魔がトーイに取り憑いて体を乗っ取っているんだ」


「だから別人のような性格と強さなんだね」


「あ、悪魔に取り憑かれたって……」


「このままだとトーイのこと止めるにはやるしかないと思ったけど……希望はありそうだな」


 ブレアが強化と回復をし、ダリルがそれを受けて多少の攻撃をも気にせずデルゼウズに攻勢を強める。

 ダリルは相当強い聖職者であるようだ。


 それにリュードの言葉を聞いて手加減を始めたということは殺さなければ何かしら悪魔に対抗する手段があるということだ。


「ほ、本当に大丈夫ですか!?」


「う、うん……たぶん」


 デルゼウズがグルグルと空中に舞った。

 ダリルのメイスがクリーンヒットしてぶっ飛んだのだ。


 リュードもただ普通に倒してしまおうとしているようにしか見えない。

 このままトドメを刺してしまわないか断言もできない。


「グ……くそっ!」


 相性が悪い。

 化け物め!とデルゼウズがダリルに対して思う。


 自分の神聖力で自分の能力を強化し、さらにブレアという聖騎士までダリルを強化して回復までしている。

 ダリルは致命傷になりそうなものだけを上手く選んでかわして防ぎ、無理矢理突っ込んでくる。


 弱い体とこれまでの戦闘で消耗して精彩を欠いているデルゼウズはダリルの勢いを止められない。

 一時殺さないようにと手加減していたのに、強化を受けてから重たい一撃を普通に繰り出してくるようになった。


 そしてさらにデルゼウズにはダリルは天敵であった。

 ダリルの攻撃のたびに体に神聖力が浸透して、トーイの体ではなくデルゼウズもダメージを受けている。


 悪魔であるデルゼウズは神聖力に弱く、確実に弱っていっていた。


「このまま……このまま明るい顔をして終わらせてなるものか……」


 醜い感情、恐怖に歪んだ顔、耐えようもない苦痛。

 デルゼウズはそうしたものをもたらし、人を支配するために呼び出させたのにこのままでは何もせずに終わってしまう。


 今リュードたちの顔には全く負の感情がなく、デルゼウズにとってそれは許し難いことだった。


 少しでも相手の心に影を落としてやる。

 悲しみを、怒りを生み出し、そして最後に笑うのは自分である。


 だから狙いを定めた。


「無駄な足掻きを!」


 デルゼウズがめちゃくちゃに魔法を放った。

 ダリルが後ろに下がって神聖力の膜を張って魔法を防ぐ。


「そこにいろ!」


「なんだと!」


 続けて魔法を使う。

 連続した無茶な魔法の使い方にトーイの体が悲鳴を上げて鼻からドロリと血が流れた。


 地面から黒い魔力が噴き上がってダリルとブレアを囲む壁となる。


「うっ!」


 下から強く噴き出す黒い魔力の壁。

 ダリルがメイスで殴りつけると噴き出す魔力の勢いでメイスが上に強く弾かれる。


「お前だ!」


 もはやトーイの体のことなど考えていない。

 この場にいる中で1番弱そうな相手は誰か。


 魔力もろくになく、身を守る術もろくに持っていなさそうな場違いな女がいる。


 デルゼウズから黒い魔力が噴き出して、リュードたちの方に向かって走り出す。


「させるか!」


 正確な狙いがわからなくてもこちらの方を狙っていることは分かる。

 痛む肩をおして、リュードが立ち上がってデルゼウズの前に立ちはだかる。


「邪魔だ!」


 剣が見えなくなるほどの濃い黒い魔力が剣を包み込み、リュードの剣とぶつかり合う。


「な……」


「退け!」


「リューちゃん!」


 均衡はほんの一瞬だった。

 リュードの剣が真っ二つに折れて飛んでいく。


 驚愕するリュードを殴り飛ばしてデルゼウズはさらに前進する。


「お前らも邪魔をするな!」


 デルゼウズを止めようとルフォンとラストも武器を手にかかっていくがデルゼウズが剣を振ると魔力が衝撃波となって2人を吹き飛ばした。


「やめろ!」


「うおおおっ!


 グワっ!」


 勇気を出したウロダも剣を振りかぶってデルゼウズを攻撃するが拳一発で簡単に地面を転がっていって気を失ってしまう。


 卑劣なデルゼウズの狙いが分かった時にはもう誰も間に合わなかった。

 リュードの剣ですら叩き折られる黒い魔力をまとった剣がミュリウォの首筋に迫る。


 しかし、刃は、止まった。


「ダメ……その…………人だけは……」


「ト、トーイ……?」


 トーイの体から涙が流れる。


 デルゼウズとはまた違う、少しなよっとした優しい声が聞こえた。


 体の統率はトーイにはない。

 けれどトーイの体の中にあるトーイの意思は死んだわけではない。


 確実にトーイはいて、トーイ自身も微力ながら戦っていた。

 自分の体が人を傷つけることも止められず、好き勝手にされてしまっていたけれど1つだけ、ただ1つだけどうしても譲れないものがトーイにもあった。


 揺れる瞳が動揺するデルゼウズなのか、それとも戦うトーイのものなのか、誰にも分からない。


「はあああっ!」


 トーイの抵抗にダリルを囲む壁の噴き出す勢いが弱くなった。

 盾を構え、壁を突破したダリルはそのまま盾を投げ捨てて未だに動かないデルゼウズの頭を鷲掴みにする。


 そして地面に頭を押しつけて倒した。


「ブレア!」


「わかっています!」


 ブレアが真っ直ぐに手を伸ばしてカッと目を見開いた。


「聖壁!」


 デルゼウズとダリルを包み込むように正四面体の結界がブレアによって生み出された。


「やめろ……やめろー!」


「その体はお前のものではないのだろう?


 ならば、出ていってもらおう!」


 ダリルが一気にトーイの体に神聖力を流し込んだ。

 掴んだ頭から神聖力の淡い光に包まれてデルゼウズの黒い魔力が消えていく。


 全身に広がっていく神聖力に黒い魔力が抵抗しているようにも見えるが神聖力の勢いの方が強く、あっという間に頭から体、手足へと神聖力が広がる。

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