醜い魂を売ったところで3

「ああ!


 デルゼウズ様、お待ちしておりました!」


 ガマガエルがトーイに近づいて平伏する。


 確かにガマガエルはトーイのことをデルゼウズと呼んだ。


「我を呼び出してくれたのはお前か」


「ハイっ!


 この私めがデルゼウズ様をお呼びいたしました」


「楽なことではなかっただろう。


 よくやってくれた」


「お褒めに預かり光栄でございます!」


 額を地面に擦り付けるガマガエル。

 プライドの高そうな人に見えていたのに卑しいほどに媚を売っている。


「つきましては約束の件、お願いしたいのでございますが……」


 岩のように丸くなりながらヘラヘラと笑うガマガエルをデルゼウズと呼ばれるトーイは冷たく見下ろす。


「約束……約束とは何だったか?」


「そんな!


 永遠の美しさを、最上の美しさを私に与えてくださるとお約束くださったではありませんか!」


「おお、そうだったな。


 忘れていた」


 デルゼウズと呼ばれたトーイはゆっくりと立ち上がった。

 手を握ったり閉じたり、体の様子を確かめている。


「チッ……まあいい。


 ほら、立つがいい」


「はっ、はい!」


 デルゼウズと呼ばれたトーイの許可を受けてガマガエルが飛び上がるように立ち上がった。


「今でもお前は美しいぞ……」


 デルゼウズと呼ばれたトーイはそっとガマガエルの頬に手を這わせる。

 頬を伝い、顎まで下ろした指先で顎をわずかに上げる。


 妖しい笑みを浮かべるデルゼウズと呼ばれたトーイにガマガエルは頬をほんのりと赤く染める。


 みな白々しく美しいなどと口にするが、このように本気の目で美しいと言われたのはいつ以来だろうか。


「ほ、本当でございますか?」


「まあ、他の者には分かるまい。


 お前の本当の美しさというものが」


「本当の美しさ……」


「そうだ。


 お前は非常に醜くて、醜悪と呼んでもよい」


「はっ?」


「顔だけではない。


 肌は汚く、髪にツヤはない。

 手足は短く胴体は太い。


 声も耳障りで聞くに耐えなく、この世の醜さを集めたようだ」


「うっ……何を!」


 顎に添えていた手を開いてガマガエルの首を掴んだ。

 何を言い、何をするのか。


 美しいと言っておきながら醜いとおとしめる発言を放つデルゼウズと呼ばれたトーイに恐怖と怒りの混じった目を向ける。


「だがお前の美しさはその醜さ故に生まれた。


 その美しさに取り憑かれ、命を何とも思わない飽くなき欲望の渦。

 ああ……美しいとは思わないか?」


「えっ……」


「その美しさはどんな時に最も輝くか分かるか?」


「ど、どうして……」


 ガマガエルの口の端から血が垂れる。

 見開かれた目が下を向く。


 ガマガエルの腹をデルゼウズと呼ばれたトーイの腕が貫いていた。

 黒い魔力がデルゼウズと呼ばれたトーイの腕にまとわれ、素手にもかかわらず人の腹を貫通させていたのだ。


 大きく口の端を吊り上げて嗤うデルゼウズと呼ばれたトーイ。


 いや、トーイじゃない。


「ああ……美しい…………」


「なっ……」


 恍惚とした表情を浮かべて腕を引き抜いたデルゼウズ。

 震える手で腹に空いた穴を触るガマガエルは愕然とした表情を浮かべている。


「酷く醜悪なものが美しさに取り憑かれた。


 底のない欲望を目の前にぶら下げられて手に入ると思った時に、その希望を打ち砕かれる……


 ハッハッハッ!


 裏切られて痛みと絶望に歪むその顔は何より美しい!

 今お前は誰よりも醜悪でありながら誰よりも美しいぞ!」


「そ、そんな……」


 イビツな笑みを浮かべて嗤うデルゼウズ。

 希望を打ち砕かれたガマガエルは一筋の涙を流した。


 自分がやってきたことは一体なんだったのだろう。

 多くの人を騙し、多くの人を犠牲にし、何もかも捧げてきたのに。


 それによって得られたものがこんな結末だなんて。


「貴様……私を騙した…………」


「最後に美しさを永遠に」


 デルゼウズは血に濡れた指を打ち鳴らす。

 それだけでほんの一瞬でガマガエルが氷の中に閉じ込められる。


 巨大で透明度の高い氷の中で絶望した表情のままに閉じ込められたガマガエルはデルゼウズの考える美しさを永遠に与えられることになった。


「ハッハッハッ、美しいではないか!


 気まぐれに呼び出されてやったがこのようなものを観れるとは悪くないものだ。

 こんな体にはなってしまったがせっかくだから永遠の美しさをお前に与えやろう。


 感謝するといい」


 何が面白いというのか。

 多くの人の命を弄んでくだらない願いを願いを叶えようとした結果こんなことになってしまった。


 笑えることなど、何一つ、ない。


「トォーイィ!」


 リュードは地面を蹴って走り出すとデルゼウズに殴りかかった。

 危険だと思った。


 ガマガエルの言う通りにトーイの中にいるのが大悪魔のデルゼウズであるならば非常にまずい事態である。

 トーイの中に悪魔がいるなら追い出さなきゃいけない。


 しかしリュードにはその手段がないので少なくともトーイを止めなきゃいけない。

 なんとか気でも失わせて拘束したい。


「本当は」


 トーイだったらとても受け止められなかったリュードの拳を軽く受け止めるデルゼウズ。


「お前の体が良かった」


 そのまま拳を掴む。

 とんでもなく力が強くて手を引くことができない。


 むしろデルゼウズがリュードの手を引き寄せていく。


「もうこの体に入った以上どうしようもないのだがな」


 デルゼウズはリュードの頬を殴りつけた。

 トーイの体とは思えない力。


 視界が揺れてぶっ飛んだリュードは血と死体が溜まっていた窪みに転がり落ちる。


「むむ?


 この程度で壊れてしまうのか。


 なんと軟弱な体だ……」


 トーイの体はとても丈夫とはいえない。

 リュードを殴りつけただけなのに右手の指は折れ、ひしゃげてしまっていた。


 トーイの体にはとても耐えられないパワーでリュードを殴りつけたのであった。

 たった一発にも耐えられないとは、とデルゼウズは深いため息をついた。


 あのツノの生えた男の方だったら少しはマシだったろうに。

 デルゼウズが魔力を手に集める。


 黒い魔力に包まれてトーイの手が治っていく。


「ん?


 ……やはり、惜しいことをしたものだ」


 まずい。

 非常にまずい。


 どうしたらいいのかも分からない。

 事態を収拾する方法も、トーイを助ける方法も分からない。


 ただあの大悪魔デルゼウズを、人の命をなんとも思っていない悪をこのままにしておくのはダメだと思った。

 本能が叫んでいる、アイツを止めろと。


 本当は機会を見て脱出する時にやるつもりだった。

 しかし中々良い機会に恵まれず、ここまでズルズルと来ることになってしまった。


 リュードは首輪と首の間に無理やり両手を突っ込む。

 仮にそれで引っ張り回したところで首輪が取れないことは分かっている。


 その状態でリュードは魔人化をし始めた。

 魔人化は魔法であり、魔法ではない。


 はるか昔、竜人族が生まれた頃ならまだ魔法だったかもしれない。

 けれど今となっては魔人化は体質である。


 魔法を防ぐ効果のある首輪では魔人化を止めることはできない。

 体の筋肉が大きくなっていく感覚。


 全身が熱を持ったように熱くなり、鱗が生えて体が変わっていく。

 首も太くなり、指まで差し込んでキツキツになった首輪が喉に食い込んでいく。


 リュードは魔人化をやめない。

 喉が締まり苦しくても、歯を食いしばり、むしろ手に力を入れる。


 首輪がミシミシと音を立てる。

 魔人化が終わりかけても喉は締まり続け、ダメかと思った瞬間、首輪がバキリと音を立てて壊れた。


 魔人化の膨張に耐えられず首輪が外れた。


 抑えられていた魔力が溢れ出し、全身を包み込む。

 リュードは首輪を投げ捨てて、窪みの底から飛び上がる。


 黒い鱗に包まれた、漆黒の姿。

 美しい竜を思わせるリュードがデルゼウズを睨みつけた。

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