醜い魂を売ったところで1

「……収まったか?」


 何回か断続的に揺れが続いて、天井からパラパラと破片が落ちてきた。

 リュードからすると地震とは違った揺れに感じられたけれどこの世界の地震を経験したことないので断言はできない。


 揺れなくなってからも少し待ってみて完全に揺れなくなったことを確認する。


「また揺れるかもしれないから慎重に行こう」


「は、はい……なんですかね、今の」


 トーイがうなずく。

 リュードにも今のが何なのか分からない。


 地震にしては不自然な揺れだった。

 分からない以上は地震を想定しておいた方がいい。


 地震ならまた揺れたり、本震のような大きな揺れが起こる可能性もあるので壁に寄って階段を降りていく。

 地上で起きていることなど知るはずもなく階段崩れないよななんて考えていた。


 地下からさらに降りてきているわけだし、半ば密閉空間のような場所であるため空気が悪い。

 埃っぽくて重たくて息苦しさに気分も盛り下がる。


 なんだか湿度も高くてジメジメした感じもしていて不快感がある。

 洞窟内に水が流れているところもあったのでもしかしたら階段の近くを水が流れているのかもしれない。


 そんなに階段も長くなく、割とすぐに下まで辿り着いた。

 降りても続く道はまっすぐ一本で迷いようもない。


「これは……なんのマネだ?」


 道もすぐに終わった。

 広めの部屋に出て、途端にリュードたちは槍を突きつけられた。

 

 奴隷ではない鎧を着た兵士のような連中が何人もいて、ちゃんとした槍を部屋に入ってきたリュードたちに向けていた。

 歓迎にしては荒っぽい。


「おめでとう。


 あなたたちは一番乗りよ」


 パチパチと拍手をしながら背の低い恰幅の良い女性が前に出てきた。

 手を見る限りはかなり年齢を重ねているように見えるのに、顔はかなり濃い化粧をしていて若く見せようとしている。


 歳のせいか真っ白でツヤのないウェーブした髪、淡い紫色の瞳、口は大きく、鼻は潰れているように低い。

 隠しきれていない年齢を感じさせるが服装も若く、チグハグとした印象をリュードに与えた。


 例えるならガマガエルのような女性であった。


「私はグロンネード。


 この大会の主催者よ」


 しわがれていてガサガサとした声のグロンネード。

 リュードの顔をジッとみて、体に視線を落とし、目を細めるように笑う。


 なぜなのかひどく嫌悪感を感じる。


「1つあなたに提案するわ。

 よく聞きなさい。


 これからあなたたちは生贄になるの。


 この美しい私のために!」


「い、生贄って……」


「ふふふっ、永遠の美しさのために犠牲になれるのだから感謝をするべきなのよ」


「何を言っている!」


 怒りをあらわにしたリュードに兵士たちがズイと槍を突きつける。


「まあ、待ちなさい。


 これだけでは提案も何もないわ。


 提案とはあなたに選択肢を与えましょうということよ」


 大きな口を歪めて笑うグロンネードのことを殴りたくなるような衝動に駆られる。


「あなたは美しい見た目をしているわ。


 それに活躍、見ていたわ。

 戦いにおいて素晴らしい才能を持っているだけでなく、後ろにいるゴミにも思いやりを持つことができる心の美しさも持っているわ」


 褒められているのに嬉しくない。

 視線にゾクリとして話が頭に入ってこない。


 笑えば笑うほど醜く、ガマガエルに見えてくる。


「だから特別に私のものになりなさい。


 そうすればあなたの命だけは助けてあげるわ」


「……断れば生贄か?」


「そうよ。


 この美しさを失ってしまうのは惜しいけれど手に入らないのならいらない。


 私が永遠の美しさを手に入れたらもっと美しいものを手に入れることもできるはずだから」


「……教えてほしいことがある」


「何かしら?


 私の美の秘訣なら教えて差し上げられなくてよ?」


「俺たちはなんの生贄にされるんだ?」


「……あら、そんなことが気になって?」


 美の秘訣などガマガエルに聞くはずもない。


 顎に手を当てて考える素振りを見せるガマガエル。


「いいわ。


 知ったところで変わりのないことだし、特別に教えてあげる」


 ガマガエルの美の秘訣を聞いたところでも何も変わらないぞと思う。


「どんな生物でも老いることは避けられない。


 老いて、劣化して、肌はハリがなくなりたるみ、シワやシミは出来て、美しさは失われていく!


 それは抗いようのない自然の摂理……


 でもいかに自然の摂理といえどこの私の、失われるべきでない美しさが損なわれて無くなってしまうのは許すことはできない!


 他のものはしょうがないかもしれないけれど、この私!

 私だけは!


 日々努力を重ねて、子供を作ることも拒み、美しさを保つことに全てを注いできたわ!


 でも……そうなのに、時間は無常……私の美しさは日ごとに失われていく!」


 舞台女優も真っ青な語り口調のガマガエルは完全に目が逝ってしまっている。


「ありとあらゆるものを試したわ。


 魔物の血をすすり、秘薬があると聞きつければ金に糸目はつけなかった。


 みんなが口々に美しさは衰えていないと言っていたけれど私には分かる。

 私の美しさはいつのまにか全盛期に遠く及ばなくなっていたのよ……どうして、どうして、どうして!」


 ガマガエルは横にいた兵士を蹴り飛ばした。


「ハァッ……ハァッ……だけどそんな時に私の美しさを取り戻してくれる、永遠の美しさを私に与えてくださる存在が現れたのよ!」


 美しさに囚われた化け物。

 それがリュードがガマガエルに抱いた印象であった。


 なぜガマガエルに褒められても嬉しくないのか分かった気がした。

 ガマガエルの目には自分の美しさ、それも過去にあったという栄光しか映っていない。


 過去の自分に囚われていて、リュードのことも真に美しいとか思っていないで美しい装飾品のようにしか見ていない。

 自分の身の回りに置いてもいいレベルにはある物でしかなく、そのつもりでしか褒めていない。


 そんな物としてしか見られていない感じがして、物としてしか褒められていないので嬉しさがなく嫌悪感を感じるのであった。

 

「あのお方は私に美しさを取り戻してくれることを約束してくれた!


 だからそのために多くの血と肉となる生贄が必要なのよ」


「……そのあのお方とはどなたですか?」


「あのお方とは、大悪魔デルゼウズ様よ!」


「デル、ゼウズ……」


「デルゼウズ様は私の美しさを理解して私の考えに共感してくださったわ!


 そして自分を呼び出してくれれば私に永遠の美しさを与えてくださるとおっしゃってくださったのよ。


 そのための大会。

 そのための奴隷よ!」


「なんだと……」


 イカれているという感想しか出てこない。

 リュードですら言葉失った。


 永遠の美しさという妄執のために悪魔に魂を売り渡して多くの人を巻き込んで、多くの命を奪った。

 大悪魔が何なのかリュードはよく分かっていないが呼び出してしまえばどんなことになるのかは想像に難くない。


「どうかしら?


 永遠の美しさを手に入れる私の側に……」


「トーイはどうなる?」


「トーイ?


 後ろのゴミのことかしら?」


「ゴミではない」


「……ふん、あなた以外に今のところ興味はないわ。


 後ろのゴミには生贄になってもらうわ」


「それで私のものに……」


「断る」


「なっ……」


「断る。


 俺はあんたの物にならない」


「……そう。


 残念だけれどそれもまた美しいわ」


 もはや装飾品1つにこだわることはない。

 美しいものがなくなってしまうことは惜しいけれど今は自分の方が大事であり、断る姿もまた美しいと思ったので大人しく受け入れた。


「連れて行きなさい」


 全く想像していなかった展開。

 この大会、この問題の根幹にあるのは単なる娯楽や刺激を求めるなんて浅いものではなかった。


 よりもっと根深いものが底にあった。

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