遊びの代償8

「ふっふっ、惜しかったですね」


「ルフォン、大丈夫!?」


「大丈夫!」


 掠っただけなのでダメージはそんなにない。

 擦れたような傷ができて痛むが深いものではないのですぐに血も止まるだろう。


 ただ掠っただけなのに血が滲むほどのパワーは侮ることができない。


「なんで……」


「悪魔はそれじゃ死なない!


 頭を完全に潰すか、心臓を狙うんだ!」


「……ウロダさんは戦わないのですか?」


「魔力も無しにあんなバケモンと戦えるかよ!」


 ミュリウォと同じく戦いが始まって身を隠していたウロダ。

 昔誰かが悪魔は刺したり切ったりしただけじゃ簡単には死なないと言っていたことを思い出した。


 頭か心臓をしっかりと再起不能にしないと再生してくるのだと酒に酔って語っていた。


「遅いよ、オッさん!」


「オッさんもやめろぉ!


 今思い出したんだよ!」


 先に知っていたらしっかりとトドメを刺したのに。

 悪魔のことをよく知らなかったために絶好の機会を逃してしまった。


 悪魔の係員はやたらめったらに腕を振り回してルフォンを追いかける。

 幸い動きは速くないのでかわすのに苦労はしなかった。


 しかし反撃で腕を切り付けても悪魔の係員は怯みもしないし、浅い傷は簡単に治ってしまう。

 多少のダメージ如きは無視してそのまま攻撃をしてくる。


 先ほどのように頭を狙って飛びついたら手痛い反撃を食らうことだろう。

 隙をうかがって回避を続けるが悪魔の係員の体力は無尽蔵で腕を振り回し続けている。


 ツキリと痛む脇腹の痛みが深く踏み込むことをためらわせる。

 それに休憩所はそれなりの広さはあるけれど、洞窟の狭い道に比べればぐらいのもので魔物がいた部屋の方が広かった。


 大きく距離を取れるほどのスペースもない。

 ミュリウォやウロダ、遠距離攻撃のラストの方に誘導してしまうわけにもいかない。


 行動範囲にも制限があるといえる。


「な、何だよあの化け物!」


「ここは休憩所だって聞いてたのに!」


 今でも生き残っているものは強いか、狡猾な知恵のあるものである。

 別に魔物と戦うつもりはなくても手を組んだ方が生存に有利だと思えば手を組む連中はいる。


 そうして互いに手を取り合い生き残った3人の奴隷が音を聞きつけてやってきた。

 もしかしたら近くに魔物がいて、暴れているのだと思った。


 休憩所もあるのだから休憩してから行けばよいと思っていたのだが休憩所に入ってみると化け物のような見た目をした悪魔の係員が女と戦っていた。

 運の悪いことに奴隷たちは悪魔の係員が立っている横の通路から来てしまった。


「ぶっ!」


 悪魔の係員の腕が1人の奴隷に直撃する。

 入ってきた通路に戻されるようにぶっ飛んでいって、そのまま動かなくなる。


「に、逃げろ!」


「マテ!」


 異様でヤバい光景に奴隷たちが逃げ出す。


 目撃者を逃してはならないと悪魔の係員が2人を追いかけようとする。

 

「エッ?」


 伸ばした手が奴隷の1人に届きそうになった瞬間だった。

 視界が突然グルリと後ろを向いた。


 悪魔の係員が振り向いたとか体を反転させたとかではない。

 ゴキリと変な音がしたし、頭の横には掴まれているような感覚がある。


 男の視界が後ろを向いた理由はルフォンであった。

 ルフォンから注意がそれた一瞬の隙をついて魔人化したルフォンは飛び上がった。


 ピタリと伸ばした足を天に向け、悪魔の係員の真上で逆さになったルフォンは優しく手を添えるように悪魔の係員の頭を両手で鷲掴みにした。

 そのまま勢いよく体を反転させたルフォン。


 鈍い音がして悪魔の係員の頭も同じく反転し、悪魔の係員とラストの視線がぶつかった。

 何が起こったのか分からなかった。


 魔人化したルフォンは悪魔の係員の体の正面に着地した。

 腕を引き、魔力を込めて、思い切り突き出す。


「な……あっ」


 いきなり胸から毛むくじゃらの何かが飛び出してきたように見えた。

 正確には背中からルフォンの手が飛び出してきたのだが理解が追いつく前にルフォンは腕を引き抜いた。


「う、ウソだ……せっかく、力を…………手に入れられたのに……こんなところで」


 ダメ押しとばかりにルフォンがナイフを抜いて悪魔の係員の首を刎ねる。

 悪魔の係員の体が倒れて、黒い血が流れ出し、不自然に膨張した体が萎み始める。


 化け物のような姿をしていた悪魔の係員は最後は真人族の姿に戻って死んでいった。


「ルフォン、おつかれ」


 ラストがルフォンに荷物の中からタオルを出して投げ渡す。

 こんな状況下にあるのでいついかなる時でも魔人化出来る様に緩めの服を着ていた。


 なので魔人化で破けることはなかったけれど悪魔の係員の攻撃によって服が破けてしまった。

 ラストに投げ渡されたタオルで血にまみれた腕を拭いて服を着替える。


「よしっ!


 ……だけどこれからどうしたらいいかな」


「これからどうするも何も大会の関係者が悪魔ってなんだよ!


 つまりはあれか、この大会ってやつはまさか悪魔が……」


 これで地下も安全でないことが分かった。

 大会の係員をやっていたものが悪魔で、外は今悪魔騒動が起きている。


 偶然ではない。


 いきなりこの大会がかなりきな臭く感じられてきた。

 大会に悪魔が関わっているのではないかという疑念が全員の頭に浮かぶ。


「大会を狙ったものだと思ってたけどそうじゃなさそうだね……」


「そうだな……悪魔主催とか笑えない可能性が出てきたな」


「何が起きてるんだろうね……リューちゃん」


 勝ったけど明るい雰囲気になれる要素がない。


「ルフォンさん、ラストさん!」


 この先もまた地下をうろつくしかない。

 また悪魔と出会うことも考えると気分が重たくなる。


 とりあえず歩いて探そうなんて言葉も出せずにため息をついているとミュリウォが壁を覗き込んでいた。

 何だろうと2人も行って見てみると壁に隙間ができていて中があるように見えた。


「なんだか……階段っぽいものが見えますよ」


 ジーッと中を見てみると確かに階段のようなものが見える気がする。


 悪魔の係員が腕を振り回して暴れた時に時折壁や床を叩きつけることがあった。

 たまたまこの壁の後ろに階段があるところにも腕が当たっていて、壁がわずかに壊れていたのであった。


「何かありそうだね」


 隠された階段。

 何かがある雰囲気がビンビンにしている。


 ルフォンたちはこの階段が次のステージに進むためのものだとは知らない。

 リュードとトーイがいるのかも知らないけれどルフォンとラストの勘はこの階段が怪しいと告げている。


 ルフォンの呟きに2人も同調してうなずく。


「でも、このままじゃ入れないね」


 一部だけが崩れて、かろうじて向こう側が見える程度の隙間しかない。

 通り抜けることなど出来はしない。


「おじさーん!」


「誰がおじさんだ!」


 若い子にはもうおじさんと呼ばれる年齢に差し掛かってきているがそれを認めたくないウロダ。

 しばらく身も小綺麗にしていないので無精髭も伸びてきているししょうがないのだけど、名前はちゃんと歩きながら教えたのだから名前で呼んでほしい。


「ここ、広げてくんない?」


「なんで俺が……」


「おじさん何もしてないし、武器もそれぐらいやるのに丁度良さそうだからね」


「うっ……分かったよ」


 何もしていなかったことを引き合いに出されると弱い。

 壁は最初にルフォンたちが入ってきたところよりも固そうでナイフで広げていくにはちょっと大変そう。


 ウロダの大振りの剣なら力も入りやすいしナイフよりいいと思った。

 剣を渡すからお前らでやれよ、とは言えずにウロダは隙間を中心に剣の柄で殴りつけて隙間を広げていく。


 戦いに役立たずでついきている身の上としては文句など言えるはずもなかった。

 一部が壊れ始めた壁は脆くて、殴りつけるだけでボロボロと壊れていった。


 思いの外早く隙間を広げていくことができて、人1人ぐらいなら通れそうな穴になった。


「ひぃ……はぁ……」


 汗だくで、腕がパンパン。

 疲れ切ったウロダは地面に座り込んで荒く肩で息をする。


 魔力が使えればもっと楽に穴を広げられたのに考えてしまう自分が情けない。


「体、鍛え直さなきゃな」


 もっと若い頃、冒険者を始めた頃は魔力にも頼りきりではなくて、しっかりと体を鍛えていた。

 いつの間にか魔力に頼って、こんな穴1つにも苦戦してしまっているようになってしまった。


 おじさんと呼ばれてもしょうがない。


「お疲れ様、おじさん」


 ラストがコップをウロダに渡す。

 部屋の隅では水が湧き出ていて、飲める水であった。


 一応ルフォンの解毒作用があるネックレスを近づけてみても反応はないので毒はなく、ウロダに渡してやったのだ。


 ウロダは水を受け取ると一気に飲み干した。

 地下を歩き通して、穴を広げて疲れた体に冷たい水が染みる。


「ぷはぁ、もう一杯!」


「いやだよ、自分で持ってきて」


「ははっ、そうだよな」


 もうちょっとおじさんを労ってくれてもいいんじゃないかと思うけれど自分でできるなら自分で水汲みぐらいするべきだ。

 ウロダは足は無事だし歩いていって水を飲む。


「ウロダさん、大丈夫ですか?」


「ああ、大丈夫だよ」


 ラストと違ってルフォンは名前でちゃんと呼んでくれる。

 良い子だなと思う反面、おじさん呼びで親しく接してくれるラストも悪くはないと受け入れつつもあった。


「よいしょっと」


 休憩もそこそこに穴から中に入る。

 下へ続いている階段。


 正しい道なのかは分からないが階段にも明かりがあって下りるのには困らなく、これが大会に関係した場所であることは容易に推測できた。


「……待っててね、リューちゃん」


 なんだかリュードが近い。

 そんな不思議な予感を胸に抱きながらルフォンたちは階段を降り始めた。

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