遊びの代償3
「……おかしい」
「そうだね」
「えっ、どうしてですか?」
ミュリウォが見ている分にはリュードは順調に戦っている。
ネズミの攻撃を華麗にかわして反撃を繰り出していて、他の奴隷とは明らかに違う戦いっぷりである。
けれどルフォンとラストはそんなリュードの戦いに違和感を感じていた。
リュードの攻撃がネズミに対して致命傷になっていない。
割としっかり反撃することに成功しているのに槍によるダメージが浅い。
リュードが槍を得意としていないことは重々承知だけどそれにしたってである。
ネズミが特別固そうな魔物でもないのに。
それに動きも精彩を欠いている。
リュードならばあの程度の魔物簡単に倒せるはずなのに何が起きているのか2人にはわからなかった。
ルフォンもラストも知らなかった。
リュードが今どんな状態にあるのかを。
リュードは付けられている首輪によって魔力を封じられている。
体の中にある魔力を隅々まで充実させることによって体の強化はある程度できる。
しかし魔力による強化とは内側だけからではダメなのだ。
内側に魔力を満たし、外側に魔力をまとわせて初めて本当の効果が発揮される。
内側だけでは半分の効果しか発揮されない。
もしかしたら半分以下かもしれない。
さらに魔力を使えないと武器にまとわせて強化することも出来ない。
ルフォンとラストが思うよりも遥かに厳しい戦いをリュードは強いられていた。
一見優勢にも見える戦いを繰り広げているリュードは気づけば汗だくになっている。
滝のような汗が流れ落ちてマダムたちにはそれもまた好評だがルフォンから見れば体力の消耗が手に取るようである。
同じく反撃を繰り出していたリュードは体力がなくなる前に勝負に出た。
ネズミに背を向けて走り出したリュードは壁を駆け登って高く飛び上がり、落下の勢いのままに槍をネズミの頭に突き立てた。
アクロバティックで劇的な展開に会場が大いに沸き立つ。
ラストもいつの間にか手に汗握って声を出してリュードを応援していた。
リュードの動きは勉強にもなるし、気づいたら応援にも熱が入ってしまっていた。
ミュリウォも祈るようにリュードの戦いを見ている。
トーイがあんな状態であるのでリュードが勝ってくれないとトーイも終わりである。
「よっしゃ!」
槍を頭に刺されたネズミがぐらりと倒れた。
倒した、誰もがそう思って歓声が上がった。
しかし倒れたネズミは再びゆっくりと起き上がってきたのだ。
立ち上がってネズミは全身が激しく燃え上がる。
武器を失ったリュードは全身燃えるネズミの攻撃を必死にかわしている。
ネズミを応援する声も根強いが、諦めずに粘り強く戦うリュードを応援する声も大きくなってきた。
攻撃が当たりそうになる度に悲鳴に近い声が上がる。
「ああっ!」
ルフォンからもとうとう声が漏れた。
リュードが槍を取り返そうとしたのだが失敗して反撃を食らってしまった。
劣勢になればなるほどリュードへの応援が大きくなる。
その時ハンマーが飛んできた。
映像の一つがトーイの方に移り変わり、何かを叫んでいた。
ハンマーがトーイの持っていたものだとみんなが気づいた。
リュードのところまで届いていないが思わぬ展開にみんなが固唾を飲んで映像を見守っている。
リュードが走り出してハンマーに手を伸ばす。
背中にネズミが迫る中、リュードがわずかに早くハンマーに手を届かせた。
ネズミがリュードにハンマーで殴られて横に転がる。
「いいぞ、リュードぉ!」
ラストももう立派な観客である。
「リューちゃん頑張れー!」
ルフォンももう立派な観客である。
「殴り倒せー!」
ミュリウォももう立派な観客である。
一転して優勢となったリュード。
ハンマーは槍よりもネズミ相手に有効で、リュードのパワーをうまく使えた。
ネズミは火を吐いたりと反撃を試みているが勢いに乗ったリュードは止められない。
リュードがネズミのアゴを殴り上げて火球が口の中で爆発する。
口から黒い煙を吐き出しながら倒れるネズミ。
リュードはその隙を見逃さず、ハンマーで槍を殴りつけた。
ズドンと槍が深くネズミの頭に刺さる。
カッとネズミが目を見開いて暴れ出す。
壁に体を打ち付けたり叫び声を上げている様子が見られて、部屋の隅にあった水溜りに突っ込んだ。
ネズミの体の炎が水に触れて水蒸気が発生して映像がどれも真っ白になる。
会場にいた誰もが声を出すのをやめて映像を食い入るように見つめる。
「やっ……たぁー!」
地面が揺れるほどの歓声。
水蒸気がうっとおしくてパタパタと手を振るリュードと動かないネズミ。
「な……なんと魔物に勝つ出場者が現れましたー!」
リュードがネズミに勝った。
ルフォンとラストは抱き合って喜び、ミュリウォもトーイが助かったことに涙を浮かべている。
ほとんどの人が不可能だと思った魔物の討伐を1人でやってのけてしまった。
その後トーイを下ろしたり石を集めたりしていたが中でも注目されたのはリュードの入浴シーンだった。
一度下を脱ごうかと手をかけたために女性たちが食い入るように映像に注視していた。
ざわつきが一瞬静かになり、水を打ったように静まり返った。
脱ぐのか、脱がないのか。
結局なんだか脱ぐことに不安を覚えたリュードはそのままお湯になった水溜りにつかった。
会場から大きなため息が聞こえてきたがヒヤヒヤしていたルフォンもセーフだと大きく息を漏らした。
ある種の一体感が会場全体にあった。
先ほどまで険しい顔をして激しい戦いを繰り広げていたリュードはのほほんとした顔をして入浴するシーンはマダムに人気なので戦いの場面でもないのに長めに映されていた。
脱いでくれれば……なんて声がちょいちょい聞こえてくるが下半身までいろんな人に見せることにならなくてよかった。
入浴シーンもそこそこに映像が切り替わる。
今度は奴隷同士の戦い。
リュードの戦いが終わって、入浴シーンでまったりした観客に再び熱が入り始める。
「ふぅ〜……」
リュードの戦いに見入っていたラストから息が漏れた。
勝つと分かっていたし、信じていた戦いでも気を抜いて見られなかった。
こうした見せ物には興味がないと思っていたけれど、どうしてこんなものがあるのかその一端に触れた気分になった。
野蛮な行いだが応援している間は熱中して、リュードが勝った時には自分も何かに勝ったような高揚感があった。
必死に戦うリュードの姿は応援したくなるし、この程よい疲労感も悪くないと思える。
2度目は絶対にないけど気持ちがわからないものでもなくなった。
リュードが大きなケガをしなくてよかったとルフォンとラストは安心した。
「あ、あの……失礼いたします……」
「ん?」
「え、ええと……こ、こちら賭けの……」
忘れていた。
ルフォンはリュードに賭けていた。
魔物が勝つと思われている中で賭けていたために賭けの倍率は大きく、しかも1人で勝つなんてこと大会側も考えていなかった。
係員が大きな袋を持ってルフォンの元に来ていた。
賭けの支払いにきていたのである。
顔の半分を覆うマスクの下が青くなっていることが分かる。
ルフォンが袋を受け取るとその重さにビックリした。
「うわっ!
なにこれ!」
袋の中にはぎっしりの金貨。
金貨1枚をリュードに賭けた結果とんでもない金額として返ってきた。
貴族の大会ともなれば大金が動いている。
それでもルフォンの得られた金額は莫大で大会関係者は顔を青くしていた。
人を賭けにする大会なんかぶっ壊してやる!という思いは半分成功していた。
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