遊びの代償2

 どうやらあの箱の中にお金を入れて奴隷が勝つか、魔物が勝つかを賭けるようである。

 ルフォンたちは賭けに乗ることはなかったけれど意外と賭けている人は多かった。


 あの人数が集まっているなら勝てるだろうと奴隷に賭けている人もいる。


 そして映像は変わり、これから戦うと見られる魔物が映し出された。

 背中が燃えている奇妙なネズミ。


 見た目には結構強そうで早くも奴隷にかけたことを後悔している人がいた。

 トーイが奴隷の集団に加わった後もさらに何人かが加入していた。


 そして十分な人数が集まったと判断したのか奴隷たちはネズミのところに向かっていた。


「どうして!」


 角からネズミの様子を伺う奴隷たち。

 一斉に襲いかかるのかと思っていたら他の奴隷に押し出されるようにトーイが出てきた。


 ミュリウォが悲鳴のような声をあげる。

 奴隷の集団の中にいても不安であるのに、1人前に出るなんてどうかしている。


 ミュリウォの知っているトーイならあんな重たそうなハンマーすら振り回せず、魔物と戦うこともままならないはずだ。

 一瞬悲観的な表情を浮かべたトーイは後ろの奴隷たちを見るが諦めたように首を振ってネズミの方に向き直った。


 トーイがハンマーをフラフラと振り上げてネズミの方に走り出した。

 ヒョロヒョロと振り下ろされたハンマーは目測を誤りネズミにすら届かなかった。


 例え脅威じゃなさそうでも手加減するネズミではなかった。

 すぐさまトーイは逃げ出したが手には重たいハンマーが握られたまま。


 せめて捨てれば少しは速くなりそうなものを抜けに抜けている。

 会場に笑いが起きる。


 心配と恥ずかしさで顔を真っ赤にしているミュリウォだがトーイから目を離すわけにはいかなかった。

 追いかけるネズミがあっという間にトーイに迫り、トーイがやられかけた。


「ダメっ!」


 もう見ていられなかった。

 最悪の結末に至るその場面を見ていられなくて、ミュリウォは手で顔をおおった。


 重たいハンマーを持ち、あまりしたこともない全力疾走をしていたトーイ。

 足がもつれて大きく前に倒れた結果、下から上へと頭を跳ね上げるようにしたネズミの攻撃を回避することができた。


 けれどネズミの歯が服に引っかかってトーイは空中に投げ出された。

 情けない姿に笑いが起き続けていたが、感嘆の声が突如聞こえてミュリウォはそっと指の間から結末を覗き見た。


 トーイは生きていた。

 高く跳ね飛ばされたトーイは壁にあった出っ張りの上に着地して無事であったのだ。


 ネズミは怒ったようにジャンプするがトーイには届かない。

 諦めて下でじっと上を睨みつけて吠えるけれどトーイは降りたくても降りられないし、顔すら出さない。


 完全にトーイに気が向いている。

 チャンスだと思った奴隷たちは一斉に通路から飛び出してきた。


 背後に注意を向けていなくてもネズミの背中は煌々と燃えている。

 対して奴隷たちはよくみると多くの人がナイフを武器としている。


 あんまり良くないなとルフォンは思った。

 刃渡りの短いナイフで背中を狙うのは火傷を負うリスクが高すぎる。


 となると前か横に回り込む必要があるがそれでは結局奇襲の強みをほとんど生かせないことになってしまう。

 そんなことも気づかなかった奴隷たちはナイフを背中に突き刺そうとして、熱さに失敗する。


 横に回り込んだものは上手くナイフで攻撃に成功することができたがその傷は浅くてダメージらしいダメージは入っていない。

 今度は別の意味でミュリウォが顔を覆った。


 一方的な虐殺。

 奴隷たちが次々とネズミに負けていき、食い荒らされるものもいた。


 残酷な光景に引いているものもいるが多くの者が異常さに飲み込まれて歓声を上げている。

 魔物にかけた人の方が多かったので魔物に応援の声を浴びせている人までいた。


 あっという間に集めた奴隷たちがやられてしまった。

 あれほどいたら魔物なんて倒せるだろうと思っていたのに全く歯が立たなかった。


 トーイは1人怯えていた。

 下が安全でも降りられそうもないのに、下にはトーイのことを忘れず鳴いているネズミがいる。


 壁にピタリと寄り添って膝を抱えて出っ張りに隠れるトーイ。

 何もできず、ただ待つしかなくなった。


「ト、トーイ……」


 絶体絶命のピンチ。

 会場では大ブーイング。


 トーイに対するもので降りて戦え、もとい早く死ねとはやしたてているのだ。


「おっ……おーっと!


 悲鳴を聞きつけ他の奴隷がやってきましたー!」


 きっとトーイは動かない。

 焦った司会が映像を切り替え、リュードが映し出された。


 たまたま悲鳴を聞きつけたリュードがネズミのところにやってきたのであった。


「新たなる挑戦者……追加で賭けることもできますよー!」


 誰がこれ以上賭けるというのだ。

 徒党を組んだ奴隷がおもちゃのように弄ばれて死んでいくのを見たばかりなのに奴隷にかける奴なんかいない。


 みんな魔物が勝つ方に賭けていき、本当に賭けが成立しているのかも怪しく思えてくる。


「しかも、333番は赤い宝石持ち、どなたかのオキニ奴隷ですね!


 どうですか?

 333番単独指名の賭けなんてのもできますよ!」


「ムカツク!


 人を賭けの道具にして!」


「……ちょっときて」


「はいはい」


「ル、ルフォン!?」


「リュ……333番単独で魔物に勝つ方に賭ける」


 ラストが不愉快そうに怒る横でルフォンは手を上げて係員を呼んだ。

 ルフォンは映像を、リュードを指差して金貨一枚を取り出した。


「正気?


 リュードを賭けにするなんて……」


 ルフォンも怒りそうなのに。

 心配しすぎておかしくなってしまったのかと思った。


「かしこまりました。


 チケットを確認させていただきます。


 ……では333番に金貨一枚ですね。

 受け付けました」


「ほ、ほんとにいいの!?


 ね、ねえったら!」


「もうお戻しはできませんので」


 そそくさと係員はルフォンから離れていく。


「大丈夫」


「大丈夫って何が……」


「リューちゃんは負けないよ」


 リュードがあんな魔物に負けるはずがない。

 誰よりも強く、絶対に諦めることないリュードならあんな燃えるネズミ如き倒してしまうだろう。


 つまり、ルフォンにとっては結果の見えた賭けであるのだ。

 リュードに賭ければ勝つギャンブルであるのだ。


 そしてこの賭けはルフォンも気に入らなかった。

 リュードを賭けに使うことは非常に気に入らないが、誰もリュードにかけないならこれはチャンスである。


 リュード一点買い。

 この賭けを通してこの賭けをしてる奴らに損をさせてやろうと思ったのである。


 どう見てもリュードに賭けている物好きはいないのでリュードが勝てばルフォンが賭けに一人勝ちすることになる。

 誰でもない、リュードを賭けに使ったことを後悔させてやる。


「中々ダークなこと考えますね……」


 ルフォンの思いがけない作戦にミュリウォもビックリしている。

 ルフォンを怒らせると怖いのだなと思った。


 ラストもルフォンがタダじゃ起きない女であり、これが第一夫人って奴かと舌を巻いた。


「さてさて……そろそろ勝負が始まりそうなので、賭けは締切でーす。


 まだまだ他の戦いでも賭けを始めることがありますので、チャンスを逃した人も諦めないでくださいね!」


 映像ではトーイがリュードに気づいて声を上げてしまったせいでリュードがネズミに気づかれていた。

 リュードがネズミの突進をかわして大きな部屋の中に入った。


 槍を振り回すのにも十分なスペースを得たリュードはネズミにカウンターで槍を突き刺した。

 ただやられるだけの他の奴隷とは一味違う戦いに会場のボルテージが一気に上がる。

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