遊びの代償1

 一瞬、本当に一瞬だけどリュードだった。

 ミュリウォはリュードのことを知らないし、一瞬だったので見えていなかったがルフォンとラストには分かった。


 思わず立ち上がってしまったルフォンに視線が集まってしまい、慌てて席に座る。


「ルフォン……」


「ご、ごめんね……」


「ううん、私も同じようなものだから」


 ルフォンが立って視線を集めていなかったらラストが大声で騒いでいた。

 今は映像はブラックアウトしていて何も映っていない。


 司会の話によるとこの映っていた映像はこのコロシアムの中のものではなく別の場所のものらしい。

 ジッとスクリーンを見ていると時折映っては暗くなったり別の映像に移り変わったりと安定しない。


 他の映像を見た感じではリュードと他の奴隷は同じ場所にいるっぽそうなことが分かる。

 こんなに集中してスクリーンを見てるのはルフォンを置いて他にいない。


「あっ!」


「どうしたの?」


「い、今トーイが映ったような……」


 また一瞬の移り変わり。

 ミュリウォは2人ほど動体視力も良くない。


 リュードほど特徴的でもないトーイは一瞬では判別が難しい。

 けれど婚約者を見間違うはずがない。


 わずかな時間であったがそれがミュリウォの目にはトーイに見えたのである。


「きっとトーイさんだよ!」


 好きな人のことを見間違えるはずがないのでトーイだとラストは思う。


「申し訳ございませーん!


 なんせこちらも初めてなものでして少々乱れておりましたが、もう大丈夫です。


 それではごゆっくりご覧ください!」


 そうしていると映像が安定して1人の人が映し出される。

 その後大きな一枚の映像が分割されて別々の映像が同時に映し出された。


 よく見るとやや下から見上げるように撮っている映像。

 不思議な角度で映された上半身が裸の男性たちが映っている。


「うぇ〜」


 なんの興味もない男性たちの上半身裸姿を見せられても気持ちが悪いだけ。

 ラストは映し出された奴隷の姿を見て怪訝そうな顔をする。


「い、いや……そんなに悪くも……はっ!」


 対してミュリウォは顔を赤くしながらも映像を食い入るように見ていた。

 女性の国トゥジュームにおいて、肉体派な男性は少ない。


 ミュリウォも興味がないとは言えない。

 ルフォンやラストは特に興味なくてもミュリウォはぼうっと男性の体を見ていてしまった。


 とんでもないことを口走ったと慌てて目線を逸らすがもう遅い。


「まあ、趣向はそれぞれだからね」


「違うんです!」


「いいんだよぅ〜」


「も、もう!


 トーイがいないか見ていただけです!」


 顔を真っ赤にするミュリウォ。

 ミュリウォも年頃の女性なので興味があっても別に良いとラストも思う。


 上半身裸なのは武器を隠したりしないような保安上の理由もあるけれどこうした見せ物とする時に鑑賞的にする意味合いもある。

 トゥジュームが主催な以上観客も多くが女性。


 映像が移り変わって良さそうな人が出るたびに黄色い歓声が上がったりしている。

 この人がいい、あの人がいいと品評会のような声も聞こえてきている。


 そんな空気に晒されてかラストもどんな体つきがいいかを考える。

 そんなにムキムキしていなくてもいい。


 もっと引き締まったような体だけど鍛えていることがわかって、しなやかで均整の取れた体が好ましい。

 もう誰かの体を想像してしまっている。


 一緒に旅をしていれば上半身ぐらい見てしまうこともある。

 基本的にはテントがあるからテントの中で着替えるのだが魔物との戦いの直後などで汚れた時なんかはリュードはサッと服を脱いでしまうこともあった。


 旅の途中なんかで汚れるとテントを立てて着替えるのも馬鹿らしいので隠れるように着替える。

 だがしかしラストもウブな少女ではない。


 たまには着替えているリュードの方に視線を向けてしまうこともある。


 ラストは顔を赤くした。

 どんな体がいいか考えて、結局リュードのことばかりを考えている。


「リューちゃんだ!」


 今度は冷静に声のトーンを落としたルフォン。

 分割された映像の1つにリュードが映し出されていた。


 周りがざわつき、女性たちの黄色い声が飛ぶ。

 リュードに対する評価が飛び交い始める。


 個人の好みがあるので評価が分かれることはしょうがないのだがリュードに対してはおおむね肯定的な意見が多い。

 体つきも良く、顔もいいので高評価でマダムたちに特に人気があった。


 珍しく槍を持っているリュード。

 洞窟のような場所を慎重に進んでいる。


 首と腕に変なものを付けたリュードは少し広い場所に出た。

 少し部屋の中を見渡したリュードはいきなり降ってきた男に襲われた。


「おっと!


 91番と333番が出会ってしまったー!


 すでに1人を倒している91番は天井に張り付いて隙を伺っていましたが333番はどうやらそれを察知していたようです!」


 話によると333番がリュードであることが分かった。

 リュードのことを番号で呼ぶなんてと怒りがわいてくる。


 リュード本人としてはこんなところで名前を連呼されるのは嫌なので番号でよかったなんて後に思うのだけど。


「リューちゃん頑張れ!」


 部屋はあまり広くなくて槍を取り回すには厳しい。

 相手の男はナイフを持っていて距離を詰めてリュードの槍を封じている。


 映像のリュードは落ちてきた男の攻撃を回避していたが無理に槍を使うことなく男の腕を封じると顔を殴りつけた。

 男はグッタリとして動かなくなる。


 心配するまでもなかった。


「この勝負333番が勝利しましたー!


 なんと持っている槍を使わずに勝ってしまいました。


 これはこの先も期待できますね!」


 リュードの戦いを皮切りに他の映像でも戦いが始まっている。

 中には戦いだけでなく話を持ちかけている人もいたりもしている。


 ただし音声については聞こえないので何をしているかまでは分からない。

 戦っているところを中心に映しているのでリュードの出番は少なかった。


 けれどこれでハッキリした。

 リュードは生きていて、この大会に出させられている。


 魔道具の使える距離があるのでおそらくコロシアムからもそれほど遠くないところにいる。

 ただ、今ルフォンたちにできることはない。


 時折映し出されるリュードの映像を見て無事を祈ることしかできないのである。


「あ……あれは……


 あれはトーイだわ!」


 映像が移り変わって複数人の男たちが映し出された。

 何かの話し合いをしていた連中はいつのまにか何人かのグループをなしていた。


 互いに争うのではなくて手を取り合って徒党を組んでいる中の1人にトーイがいた。

 ミュリウォの目から涙が流れる。


 半ば諦めていた。

 見ていると周りよりも明らかに貧弱なのにどうにか生き残っていた。


 状況が状況なだけに完全に無事だとは言えないがひとまずケガはなさそうである。

 重たそうにハンマーを持つ姿は元気そうであった。


「よかったじゃん!」


 これでトーイが見つからなかったら気まずさが凄まじいことになるところだった。

 リュードもトーイも同じ人攫いに攫われたのだから同じ大会に出ている可能性があるという予想は大当たりであった。


 ラストは素直にトーイも見つかったことを喜び、ミュリウォはよかったと繰り返し呟きながら泣いていた。


「さてさて、どーやらこの人たちは手を取り合って魔物に挑むようです!


 そこで1つ盛り上げましょう。


 魔物が勝つか、奴隷が勝つか、ベット願いまーす!

 どちらが勝つか賭けにしましょー!


 賭けるのはお早めにー

 じゃないと戦いが始まってしまいますからね」


 司会の煽りと同時に箱を持った仮面の係員が客席を回り始める。

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