浅き欲望の果て8
四角く整えられた小部屋に出た。
久々に上半身が裸でない男に会った。
「休憩所……ですか?」
なんとなく信用ができない薄い笑みを貼り付けた男は武器を持っておらず腕輪も首輪もつけていない。
敵意も感じないが特別友好的な感じもしない。
奴隷ではなさそうなので敵ではないだろうが信用ができないので必要以上に接近しないでおく。
「言葉遣いも丁寧、賢明でよろしいと思います。
先ほど服を寄越せと襲われたばかりですので」
よく見れば奴隷じゃないことは明らかだがこの場所にいる以上出会い頭では奴隷だと勘違いしてもおかしくない。
全員が全員ずっと上半身裸なのだから服を着ている奴隷がいたらリュードも羨ましく思う。
見ぐるみを剥がそうとまでは考えないけれども。
「休憩所とは文字通り休憩をするための場所でございます。
ここではいかなる戦闘行為も禁止しておりますがあまり長時間の滞在はご遠慮願っております。
もう1つ。
こちらの場所ではお食事もご提供させていただいております。
対価は石1つ。
ご自分の石もご利用なさることが可能でございます」
しかも食べ放題でございますと付け加える。
「そして最後に、石が集まりましたら私に提出いただけますと次に進むことができます」
「あっ、ここがゴールなんだ」
「そうですね、第二ステージのゴール、と考えることも出来ます。
石が足りないようでしたらまだお時間はあると思いますので集めてきて構いません。
逆にここにずっといるようなことは私が許しませんのでご了承ください」
なぜだろうか、先ほどからずっと嫌な予感がしてならない。
この男に対してではなくて、胸の奥がざわついてしょうがなく不安な気持ちが抑えられない。
「…………とりあえず食事を取ろうか」
「そうしますか」
この不安な気持ちの正体は分からない。
空腹になってきているからかもしれない。
誰しも空腹になると思考が悪い方に行きがちになる。
何か腹に詰め込めば多少は気分もマシになるだろうと思った。
「2人分の食事をお願いします」
「はい、かしこまりました。
あちらにお座りください。
テーブルの上にメニューがございますのでお好きなものをお選びください」
リュードは余っていた石2つを男に渡す。
壁際に置いてあるテーブルに座り、メニューを確認する。
「食べ放題ですのでお好きなものをお好きなだけご注文ください。
ただしあまりお残しなさらないでくださると嬉しいです」
メニューの内容は思っていたよりも豊富だ。
肉、魚、野菜となんでもあって、料理の種類も多い。
これを食べ放題で食べられるとなるとかなり高い料金のお店になりそうだ。
どうせならと色々と頼んでみる。
すると男は通路の奥に消えていった。
大人しく待っていると男がカートに料理を乗せて戻ってくる。
リュードとトーイは顔を見合わせた。
テーブルの上に料理が並べられていき、どれも湯気が立っていて作りたてなことが一目瞭然である。
毒味も兼ねてまずリュードが一口料理をいただく。
「美味い……」
「ありがとうございます」
味も絶品。
毒のような気配もなく、トーイも我慢しきれずに手を伸ばす。
追加の注文もして、デザートまで堪能して全ての料理を食べ尽くした。
「お食事お楽しみいただけたようで。
いかがなさいますか、先にお進みなさいますか?
333番様は魔物を倒されましたので石をご提出なさらずとも先に進むことが可能となります」
腹も満たされて少し休む。
お皿やなんかを片付けて静かに立っていた男が頃合いを見て声をかけてきた。
問題はここからである。
先に進むことはできる。
だが何が待ち受けているのか誰にも分からない。
「どうする、トーイ?」
「……先に進むしかないと思います」
休憩所は安全だけどそのうち追い出されてしまう。
長時間いることはできないし、石を持ってふらつくのも危険が伴う。
もうトーイの分の石もあるのでまた周りをうろついて誰かを倒すメリットは特にない。
何が待ち受けていようとも先に進むしかない。
これまでのトーイなら困ったようにリュードに判断を任せていたが自ら先に進むと口に出した。
「それじゃあ行こうか」
「えっと私も石を出して、先に進みます」
「承知いたしました」
トーイは腕輪から石を外して男に渡す。
ちゃんと10個あることを数えて石を腰の袋にしまってうなずく。
「確かに受け取りました。
それでは333番、335番の両名は第二ステージクリアとなります。
こちらからお進みください」
男がパチンと指を鳴らした。
すると壁の一部が動き出して横にスライドした。
その向こうには下に向かう階段があった。
「この先でございます」
「まだ下に向かうのか……」
てっきり地上に出られると思っていた。
うんざりした表情を浮かべるリュードは小さくため息をついた。
アリじゃあるまいしなんだって下に潜ってかなきゃいけないのだ。
「それでは栄光がありますように」
うやうやしく礼をする男に見送られ、リュードたちは階段を降り始める。
お湯は浴びたから日光を浴びたかった。
後ろではまた壁が動き出して退路が閉まっていく。
完全に後ろは閉ざされてしまったのでもう階段を進むしかなくなった。
「う、おっと」
「な、何ですか!?」
壁が閉じる時もわずかに振動している感じはあったがそれとまた違う大きな振動。
階段を落ちそうになるトーイを引き寄せて壁に張り付かせて頭を低くさせる。
「地震……か?」
腹が満たされてもリュードの中の不安は解消されなかった。
一体何のためにこんなことをやらされているのか。
誰が、どうして人の命を弄ぶくだらないゲームをやらせているのか。
浅ましい刺激を求めるコロシアムの観客たちがこんな状況を望んでいるのかとリュードは怒りと悲しみを抱いていた。
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