浅き欲望の果て7

「ここは……何というか色々な用途で使用されていた場所です」


 リュードがポツリと呟いた言葉にトーイが答えてくれた。

 元々ここは綺麗な湧水が出ることから村が出来、交通の便の良さから人が集まり、町へと発展していった。


 村ができた時にはここの下に洞窟があるなんて知らなかったが規模が大きくなるにつれて、開拓が進んで洞窟の存在が判明した。

 そうした時に少し掘り進められて調査が進められた。

 

 平和で、人の流れもあって、コロシアムなんかもできて、これからも発展が望まれる都市。

 それがマヤノブッカだった。


 しかし戦争の災禍がマヤノブッカを襲う。

 当時はトゥジュームではなく別の国に属していたマヤノブッカだが隣国の王子が王女の求婚を断ったという理由で始まった戦争に巻き込まれる。


 最初は攻め込む側だったので被害はなかったが段々と戦況が悪化して、国境まで押し返されると前線はマヤノブッカになった。

 マヤノブッカは周辺が開けていて防御に弱い。


 しかしそれでいながら交通の要所となっていたので取ったり取られたりを繰り返すことになった。

 その戦争のために使われたのがこの地下の洞窟であった。


 時に逃げ込むため、時に防御に使うため、時にゲリラ線のような攻撃を繰り広げるため。

 倉庫にしたり有事の移動に使ったりとするために地下は掘り広げられた。


 丁寧に掘られたり雑に掘られたりと違いがあるのも掘った人や時の状況によって様々だからである。

 入り口が複数あるのも当然で、町中からこの地下に道が伸びている。


 そのうちに争いを止めてこのマヤノブッカはどの国にも属さない空白の地帯とすることで停戦は合意に至った。

 今では管理するものもおらず、全容を把握しているものもいない。


 長いこと続いた戦争が生み出した人工の迷宮とも言えるのがマヤノブッカの地下である。


「なるほどな……」


「この大会はその地下をどうにか利用しているみたいですね」


 自然と人工が入り混じる不思議な洞窟の理由が分かった。

 道の広さも切り出し方も異なっていた悲しい理由が隠されていた。


「説明してくれてありがとな。


 それにしてもよく知ってるな」


「……私は学者なんです。


 昔から運動が苦手で、本を読むのが好きで、それなりに頭も良かったので学者になりました」


「学者か……」


 リュードもそうした方面での生活を考えたこともある。

 前世の知識を活用すれば新たな発見や億万長者になれるような発明もできる気がしていた。


 知識欲もあるし、この世界の不思議は結構面白いものも多い。

 だけどやっぱり世界を見て旅してみたかった。


 もっと歳を取って動くのが大変になったらそんな生活を目指してもいいかもしれないなんて考えていた。


「ですが頭が良いだけでは中々上手くいきませんね」


 この世界において、前の世界と違う特殊事情が1つある。

 それは魔物が存在している世界であるということだ。


 これが人の価値観を大きく固定する要因になってしまっている。

 魔人族ほどでなくても、真人族の間でも強い者が偉い、上であるという感じはある。


 それは魔物の脅威や未だに国家間での戦争があり得ることに起因している。

 武力や個人の強さは必要で、自分の身を守れるぐらいはできなければならない。


 よほど病気とか先天的な疾患でもない限りは戦えないことは恥ずべきことだと考えられてしまうのだ。

 いつ側に魔物が、敵国の人間が現れるか分からない以上はそのような価値観もしょうがないのである。


 ただだいぶ平和な世の中にはなってきたので、そう遠くない将来学者などの知識人の地位も向上していくのではないかとリュードは思っている。

 守る人も必要だけど発展させる人も必要になってくるのだから。


「まあそう言うなよ。


 考える人がいなくなると世界はただ野蛮になっていくだろ。


 トーイのような学者も必要なのさ」


 是非ともリュードが腰を据えて学者の道に進みたいと思った時にもっと学者が重宝される時代になっていて欲しいものである。


「…………そのように答えてくださる人は少ないです」


「俺たちは魔物じゃない。


 考えて、戦わずに発展して生きていくことができる。


 目にはその活躍は映らないかもしれないが、その発展には多くの学者たちの努力があるんだ。

 体を鍛えて人を守るのと同じく知識を守っているんだよ」


 まあ、魔物にも賢い奴はいるけれど。


「ぐすっ……すごいですね、リュードさんは」


「俺がか?


 まあ……すごい奴だと自分でも思うよ」


 冗談めかして笑う。

 後ろでトーイが涙を流しているのを感じたからあえておちゃらけてみた。


 実際のところ一般的な基準で見て、贔屓目なしにしても自分のことはすごい人だと思える。

 でもトーイだって、他の人だって、この世界で生きていくのは結構大変だから、みんなすごいともリュードは思う。


「ぐすっ……だからいざとなったら私のことは見捨ててください……」


「トーイ?」


「……もう何日経ったか分かりませんが相当な日数が経ちました。


 リュードさんぐらいすごい人なら探してくれる人もいるでしょう。

 ですが私の婚約者はきっと……


 ここまで運よく生き残れましたがこの先も戦いが続くはずです。

 私ではおそらく残ることは出来ません。


 いや、この洞窟の中から出ることも難しい、そう思います」


 無駄な期待をして心が疲れてしまうなら、ミュリウォには新たな人生を歩んでいってほしい。

 すっかり悲観的なトーイ。


「だからいざという時は私のことを……」


「諦めるなよ」


 立ち止まってリュードが振り返る。

 慌てて涙を拭うがリュードにはバレバレだ。


「諦めたら、どれだけ可能性があっても、どれほど希望があっても全部ダメになっちまう。


 婚約者がお前を諦めたからなんだ?


 どうしてトーイがそれで生きることを諦めなきゃいけない?」


 探すことを諦めて新しい人生を歩んでいたらたしかにショックかもしれない。

 けれどだからといってここで生きることを諦める理由にはなり得ない。


「まだ婚約者が諦めたとも決まっていないだろう。


 生きて確かめろよ。


 婚約者を死ぬ理由にしちゃ、ダメだ」


「リュード、さん……」


 恥ずかしいと思った。

 こんなに助けてもらったのに婚約者に見捨てられたこんな命価値がないと勝手に思い込んでいた。


 自分よりも若いリュードは必死に足掻いている。

 諦めないで前を向いている。


 なのにメソメソとすぐに諦めて、愚痴をこぼして、体だけでなく心まで弱い人になってしまっていた。

 せっかく助けてもらった命なのだ、最後まで足掻いたっていいだろう。


 例え婚約者に捨てられても死ぬわけじゃない。


 思い切り鼻をすする。


「分かりました……頑張ってみます。


 ですがさっきの言葉は取り消しません」


「トーイ……」


「合理的に考えるんです。


 もし、私とリュードさんがピンチなるなら私を助けようとするよりも見捨てた方が効率的です」


 もし仮にトーイのせいでリュードがピンチに陥ることになってしまったら、それでリュードがケガをしたり死んでしまうようなことがあるとトーイは自分を許すことができなくなる。


「私が最後まで足掻いてみても及ばなかった時、その時は私の婚約者に伝えてください。


 私は最後まであなたを思って戦ったと。

 こんなひ弱な自分ですが諦めずにあなたに会いに行こうとしたと」


「……分かった」


 死ぬ時はどうしようもなくなった時だけ。

 どうしようもなくなった時は何をしても手が届かない。


 でもどうしようもなくなった時なんて死ぬ寸前じゃなきゃ分からない。

 だからどんな時の最後まででも足掻いてみせるのだ。


「ようこそ、ここは休憩所でございます」

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