浅き欲望の果て6

 石は全部で10個。

 石を10個集めろというという指示だったけれど自分の分を含めて10個なのか、他者のものだけで10個なのかイマイチハッキリした書き方をしていなかった。


 とりあえずトーイには自分の分を含めず10個分を残しておいて、リュードは2個受け取っておく。

 魔物を倒したので先に進めるだろうがとりあえず必要になる可能性もあるので持っておくことにした。


 相手が交渉に乗ってくるなら石と交換で戦闘を避けられる可能性もある。


「どっちにしろ死人には必要のないものだからな。


 余った分は俺が持っておくよ」


「分かりました。


 武器も集めてみましたが何か必要なものがありますか?」


 石を取るついでにトーイは武器も集めていた。

 一応見てみるけれど言葉がなかった。


 十数人分の武器とはとても思えなかった。

 ナイフが多く、ナックルガードとか棍棒とか斧なんてものもあった。


 この中なら斧かナイフかぐらいのもので、トーイやリュードの武器運は良かったみたいである。

 トーイにハンマーは合わなかったが武器としては悪くない方であった。


「……うーん、いや、武器はいいかな」

 

「まあ、そうですね……」


 ナイフは既に持っているし他の武器と比べると槍の方が遥かにいい。


「どうしましたか、リュードさん?」


 リュードならすぐにでも場所を移動しそうなのに、リュードは何かを考え込んでいる。


「……トーイ、ひとつお願いがあるんだ」


「なんでしょうか?


 私にできることならなんでもしますよ!」


「少しの間でいいんだけど周りを見張っていてくれないか?」


「……は、はい、分かりました……」


 こんな場所で何するつもりなのだろう。

 疑問に思うがこれまで散々助けてくれたリュードのためなら黙ってなんでもする。


 リュードの頭の中では長い葛藤があった。

 その視線の先には水溜りがある。


 程よい温度になってホカホカと湯気が上がっている水溜りはもうほとんど温泉のようなものだ。

 葛藤とはお湯となった水溜りに入るかどうか、ではない。


 もうお湯につかることはリュードの中で確定事項であった。

 悩んでいるのは下を脱ぐかどうかである。


 リュード的常識の中で服を着たまま入るのははばかられること。

 例えお湯となった水溜りでも着衣のままお湯につかるのはなんだか抵抗感がある。


 ネズミがつかってたぞとかリュードの頭にはもはやなかった。

 脱ぐか脱がないか、その一点だけである。


 悩みに悩んだがリュードが出した結論は、そのままお湯につかった。

 脱ぐ理由はリュードの抵抗感であるが脱がない理由はいくつかあるからだ。


 まずここは戦場である。

 いつ戦いが起こるか分からない場所であってリュードであっても全裸で戦うことは避けたい。


 戦場なのにお湯に入っていていいのか。

 いいのである。


 戦場であっても、いや、戦場であるが故に身の清潔さと癒しは必要。

 ネズミと戦って汗ばみ、汚れた体ではこの先実力が発揮できない可能性がある。


 そして不思議なことなのだがリュードが脱ぐか脱がないか悩んでいるとカメの魔道具がグッと寄ってきた。

 それだけではない、他の奴隷にも1人1個のカメの魔道具が付いているようでトーイ以外の死んだ奴隷たちのカメの魔道具までリュードの方に水晶を向けていた。


 こうなるとなんだか見られているような感じがして、リュードは脱ぐことをためらってしまったのである。


「あぁ〜。


 いいわぁ〜」


 そんなことしてる場合じゃないだろうとツッコミが入りそうだがもはや我慢の限界だった。

 ネズミが熱すぎて汗もかいたし、避けるのに地面を転がって全身がジャリジャリしていた。


 長いこと体すら拭けていなかったので不清潔さにうんざりしていた。


 水溜りは程よい深さもあってつかるのにちょうどよかった。

 槍を抜いて転がり入った時は熱すぎるぐらいだと思っていたが悩んでいる間に少し冷めていい温度になっている。


 服ごと入るのも背徳的な感じがしてまた良かった。

 正確にはお風呂でもなく、怒る人もいないのでなんでもいいだろう。


 魔物は倒したし石を集めなくてよいので気楽なものだ。

 警戒はしなくてはいけないが、あの人数がやられたのなら近い周辺の奴隷のほとんどが集まっていたと見てよい。


 バチバチに警戒もしなくても大丈夫なはずだ。


 タオルもないのでバシャバシャと顔や体を手で軽く擦るぐらいにしてリュードの入浴は終わった。

 一応トーイにも聞いてみたけど苦笑いで断られてしまった。


 どっちにしろ水溜りに突っ込んでしまったので入浴しようがしまいが濡れていてしまったので大きく気にしない。

 固く絞って水気を払ってよしとする。


「さて、進むか」


「ええっ、先に行くんですか?」


「少なくともここで魔物と沢山の奴隷たちと仲良くしてるつもりはないよ」


 もう石は集まったので危ない橋は渡りたくない。

 最初にいた部屋に閉じこもっていれば安全なのではないかとトーイは考えていた。


「まあ戻ってもいいけど、安全だとは限らない。


 それに石を集めたらどうするのか分からないし、何より引きこもっていても食料も何もないだろ」


「あっ……」


 リュードの方は多少節約しながら食べていたのでまだ少し残っていたけれどいつ終わるか分からない状況下で2人が長らえるほどの量は到底ない。


「籠もってても腹が空くだけだ。


 こんな地下に食べ物があるかは分からないけど長く続けるつもりならどこかに食べ物ぐらい用意してあるはずだ。


 危険は伴うけど移動するしかない」


「……そうですね」


 このくだらない殺し合いの終わりがいつで、どうやったら終わるのかリュードたちは知らない。

 今はとりあえず生きねばならない。


 最後まで希望を捨てず、足掻いて、命を諦めないでいなければならないのだ。


 石は集まったから目的を生存にシフトして動くことができる。

 先に敵がいることを察知できるなら危険は避けても問題なくなったのだ。


 もっと植えてたならネズミを食べられるか検討するけどネズミはちょっとご遠慮したい。

 食はそれほど太くないのに遠慮なく食べてしまったことをトーイは後悔した。


 どの道数日分しかない食料なら節約したところでそれほど結果は変わらなかっただろうけど。

 戻っても石を抱えて飢えるだけならどこかに行こうとリュードたちは移動することにした。


 トーイもようやくあの小部屋に戻っても未来がないことに気づいた。


「トーイはどこから来たんだ?」


「私はえっと……あっちの道……だと思います」


 流石に広いだけあってこの部屋に繋がる道はいくつもある。

 進むと決めた以上どこか違う場所に向かわねばならない。


 部屋の作りがシンプルすぎてトーイもどの道から来たかやや不安げだったけど間違っていてもそんなに大きな問題じゃない。

 トーイが来たと思われる道とリュードが来た道から遠いところにある道を選ぶ。


 回っていってトーイやリュードの来た道に出ることが無さそうな道を選んだのである。


 武器は交換することにした。

 リュードがハンマーを持ち、トーイが槍を持つ。


 トーイにハンマーは重すぎたが捨てるにはもったいない武器。

 槍とハンマーの両方持つのは出来ないし、槍も置いておくにはもったいない武器なのでトーイに渡した。


 活用出来るかは分からないけどハンマーよりはマシだろう。


「しっかし……ここは一体なんなんだ?」


 歩きながらずっと思っていた疑問を口にする。

 一都市の下にこんな広い空間があるだなんて意味が分からない。


 洞窟があっても別におかしなところはないけれど、掘り進めて広げたような痕跡があちこちにある。

 その上綺麗な掘り進め方をしたところもあれば雑に広げたようなところもある。


 この場所が何なのか疑問に思わずにはいられない。

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