浅き欲望の果て5
「わわっ、待ってください!
い、行きます!」
ギュッと目をつぶってピョンと飛び降りるトーイ。
「よっと」
「ぐぐ……うっ?
痛くない……」
「そりゃ俺が受け止めたからな」
「あ、あはは……ありがとうございます……」
グッと歯を食いしばっていたがリュードはちゃんとトーイをうまく受け止めていた。
魔力に頼っていたとは自覚したが、体を鍛えてきたのは紛れもない事実。
トーイぐらい受け止めること造作もない。
「よく生き残れたな」
トーイを下ろしながら感心したようにリュードがつぶやく。
周りを見ると綺麗な光景とはいかない。
ネズミにやられた奴隷たちの死体が至る所に転がっている。
バトルロイヤルである程度人は絞ったのでトーイより弱い人が残っていない。
なのにトーイは現にここにいて、他の奴隷からも魔物からも生き延びている。
トーイが実力を隠しているのでなければ、とてつもない幸運の持ち主だろうと言える。
「運が良かったんです……」
実際にトーイに隠された実力などない。
なのでとんでもなく幸運が続いている男なのだ。
こんな状況にある時点で幸運とは言えないかもしれないが、死を避けられる運はあったみたいだ。
トーイはあんな高いところに至るまでの経緯をポツリポツリと話し出した。
トーイに与えられたのは重たいハンマー。
部屋から出たくはなかったのだが石を集めなきゃいけないし、食料も遠慮なく食べたのでなくなってしまった。
なんとか肩に担ぐようにしてハンマーを持ってそろりと移動を開始したトーイだったがその決心まではかなりの時間を要していた。
ビクビクと怯えながら歩んでいたのだがトーイはとうとう見つかってしまった。
しかし幸運なトーイは見つかっても襲われなかった。
奴隷たちは数人が集まっていて簡単に倒せそうなトーイを見て、すぐには手を出さなかった。
むしろ簡単に倒せそうだから手を出さなかった。
奴隷の1人がたまたまネズミの魔物を見つけた。
その時にはもうすでに他の奴隷もネズミを見つけて戦いを挑んでいたのだがあっさりと返り討ちにされているのを見てしまったのだ。
1人じゃとても敵わない相手。
今は広い部屋にいるがいつ移動を開始するかも分からないし、倒せればわざわざ何人も倒す必要がなくなる。
奴隷は考えた。
とりあえず他の奴隷に魔物を見つけたことを伝えて協力しないかと申し出た。
奴隷たちとて同じ人と戦うより魔物と戦った方が気が楽に思う者もいる。
そうして何人かを誘い、乗ってこなきゃ複数人で倒した。
魔物を倒した1人だけが先に進めるのだが誰が倒したことになるとかそんな話はひとまず置いておいたのである。
ある程度の人数が集まったのでそろそろネズミを倒しに行こうと思っていたところにトーイに出会った。
明らかに貧弱そう。
戦力にはならない。
けれど大きな問題を解決するのにトーイを使おうと考えたのだ。
それは誰が1番最初に行くか問題。
ネズミに目をつけられれば間違いなく1人は死ぬ。
最初に突っ込んでいったやつはきっと助からないだろうとみんなが思っていた。
トーイが誘いに乗るなら殺さずネズミの前にエサとして置いておいたらいいと奴隷たちはトーイを誘った。
本当は嫌だったトーイだが1人でも勝てない相手が何人もいて断ることもできなかった。
結果的にそのおかげで他の奴隷にも襲われることもなく助かったのである。
半ば連れていかれるように魔物のところに行った。
背中が赤く燃えている巨大ネズミ。
強そうで、とてもじゃないがトーイで勝てる相手じゃない。
1番槍を嫌がった奴隷たちに背中を押されるようにして、トーイはネズミにかかっていくことになった。
後ろは奴隷、前は魔物。
どっちにしろトーイに選択肢はなかった。
トーイはハンマー握りしめて、覚悟を決めた。
やけくそとばかりに叫びながらネズミに襲いかかったのであった。
叫びながら近づいたものだから発見も早い。
しかしトーイの足は遅く、近づくのにだいぶ余裕があってネズミも逆に身構えてしまった。
一応それなりには近づいて、ヘロリとハンマーを振った。
ただネズミは目測よりも遠かった。
謎の位置でハンマーを振り下ろしたトーイとネズミの目があった。
分かっていたが攻撃を当てることすらできなかった。
すぐさまトーイは踵を返して逃げ出す。
戻ってきたら殺すと言われているので別の道に向かって走る。
一瞬呆気に取られたネズミだったが気を取り直してトーイを追いかける。
ハンマーも捨てればいいのに、律儀に持って逃げるものだから遅い足が余計に遅く、簡単にネズミに追いつかれる。
ネズミがトーイの背中目がけて頭を突き上げた。
絶体絶命のピンチの中でなんとトーイは、転んだ。
迫り来るネズミに焦って足がもつれた。
幸運にも転んだおかげでネズミの突き上げた頭はかわせたがネズミの長く伸びた歯が服に引っかかった。
空中に軽く投げ出されたトーイ。
たまたま上の方にあった出っ張りの上に落下したトーイが振り返ると奴隷たちが一斉に飛び出していた。
注意は明らかにトーイの方に向いていたのでチャンスだと思ったのだ。
結果は惨敗。
逃げられるものもおらず、最初に犠牲にされたトーイだけが生き残ることになった。
その時にリュードがやってきたのだった。
一時的に奴隷たちが組むことになって助かり、転んでネズミの攻撃をかわして出っ張りの上に投げられて助かり、リュードが魔物を倒して助かった。
トーイの豪運にリュードはただただ驚くしかなかった。
「……石でも集めるといいよ」
周りには奴隷の死体が転がっている。
リュードはネズミを倒したので次に進める権利とやらを得ることができたはずだ。
トーイがこの先魔物や他の奴隷を倒せる可能性はほとんどない。
自分が倒したのでもない死体を漁るのは気分が良くないかもしれないが死体が持っていても石になんの価値もない。
トーイはチラリと死体を見て怪訝そうな顔をした。
中にはネズミに食い荒らされているものもあって、綺麗な死体ばかりではない。
生きるために必要なこと、そう自分に言い聞かせてトーイはえずきながら死体の石を取りに行った。
「さてと……」
部屋の様子を確認する暇もなかったので隅にこんな水溜りがあるとは気づかなかった。
よく見ると壁から水が染み出してそれがリュードの来た方にも流れ出している。
リュードは槍を回収しようとネズミに近づく。
ちょうど水溜りにつかっているかのように半身が水溜りの中に入っていた。
頭に深く刺さった槍を掴んで引っ張る。
槍は抜けないでネズミの体が引っ張られて水溜りの中からズルズルとネズミが出てきてしまった。
固い頭に深く刺さってしまっていたのでそう易々とは抜けない。
横に弾いてみたりグリグリと回してみたりしても槍は抜けない。
しょうがないとネズミに足をかけて体ごと使って槍を引っ張る。
ズズッと槍が動き出して、いきなりスポンと抜けた。
リュードが後ろに転がり、水溜りに突っ込んだ。
槍を引き抜こうと色々しているうちに位置が変わって水溜りが背後にくる場所に移動してしまっていたのである。
「いつつ……あれ?」
水溜りにつかって気がついた。
それなりの深さがある水溜りはネズミの背中の炎で温められてお湯になっていた。
それも熱すぎず、入っていて悪くないと思える適温。
お尻をさすりながらリュードが立ち上がる。
槍を地面に放り投げて服を絞っていると石を回収し終えたトーイが戻ってきた。
「リュードさんは石は入りませんか?」
両手にジャラリと石を持っている。
思っていたよりも石の数が多くて、ネズミに挑んで散っていったものがいたことを知った。
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