浅き欲望の果て4
ネズミはグッと頭を引っ込めて口を開きながら頭を突き出した。
大きな火の玉が口から飛び出してリュードに襲いかかった。
これまで単純な攻撃だったのにいきなり謎の魔法攻撃が放たれてリュードは慌てて横に転がって火の玉をかわす。
壁に当たって爆発した火の玉が壁を黒く焦がした。
火を吐いてくるなんて思ってもなかった。
裸の上半身にあたったら火傷じゃ済まない。
ネズミは地面に転がったリュードに突進してくる。
「あっちい!」
これまでと同じようにかわしてしまった。
しかしネズミの燃えている範囲は広がっていた。
頭や手も燃えているので同じようにかわすと火が体を掠めてしまった。
一瞬掠めただけじゃ火傷はしないがこれは非常にまずいと思った。
どうにか槍だけでも回収したい。
リュードは覚悟を決めてネズミの突進を回避すると岩に足をかけて飛び上がる。
「あっづ!」
燃える顔の熱さに耐えながら槍に手を伸ばしたリュード。
槍に手は届いたリュードだったが苦痛に顔を歪めて槍から手を離してしまった。
顔も燃えているネズミ。
槍が刺さった頭の辺りも燃え盛っている。
そのために槍は炎で熱されてアッツアツになっていた。
柄を金属で補強してあるので熱が柄にまで上がってきていたのである。
槍を抜くまでの短い間すら掴んでいられずにリュードは槍を手放してしまったのだ。
「リュードさん、危ない!」
槍の予想外の熱さに空中で怯んでしまった。
ネズミが立ち上がりながら前脚を振り上げる。
鈍い衝撃を受けてリュードはさらに高く打ち上げられる。
燃えるところで攻撃されなくてよかったなんて思うこともできずにリュードは背中から地面に落下した。
肺の空気が飛び出していき、痛みに目の前がチカチカする。
「来ますよ!」
痛みにのたうち回っている暇はない。
非常に体が痛くてトーイの言葉がなかったら危なかった。
何も分かっていないがリュードはとりあえず転がるようにその場から移動した。
直後リュードのいた位置を突進したネズミが通り過ぎていった。
リュードは素早く立ち上がってネズミの位置を確認する。
大きなケガはないが背中が痛い。
こんなダメージ負うのはいつ以来だろうか。
「リュ、リュードさん……ど、どうしよう……」
もやは酷いやけどを覚悟するしかない。
殴りつけるにも槍を取るにもダメージ覚悟の上でやるしかない。
リュードにはネズミに対して打てる手がなくなってしまった。
「なにか……何かないか……ん?
そ、そうだ!
リュードさん、これを使ってください!」
リュードが必死にネズミの攻撃をかわし続けている。
万策尽きたような状況にトーイの顔が青くなる。
何か手立てを講じないとリュードはこのままやられてしまう。
その時トーイ手に固いものが触れた。
それはトーイに与えられた武器である大型のハンマーであった。
重たくて自分でもあんまり使えないものなのですっかり存在を忘れていた。
「私の武器です!
よいっ、しょ!」
トーイはハンマーを掴むとリュードの方に向けて投げた。
重たいハンマーはトーイの力に余る代物だった。
ハンマーを扱うにはトーイは非力すぎてリュードのところまで飛んで行かずにかなり手前で失速して落ちた。
こんなところでハンマーを遠くにすら飛ばせない細腕をトーイは恨んだ。
「ナイスだ、トーイ!」
武器があるだけいい。
自分のところまで届かなければ拾いに行けばいい。
ネズミの突進をかわしたリュードはハンマーのところに走った。
急ブレーキをかけたネズミはすぐさま走るリュードを追いかける。
「……反撃だ!」
あと少しでネズミが追いつく。
そんな瞬間にリュードの手がハンマーに届いた。
振り向きざまにハンマーで横振りにネズミを殴りつける。
鈍い音がしてネズミの頭が弾き飛ばされ、転がる。
文字通りに刃が立たない相手なら鈍器攻撃はどうだろうか。
リュードの力なら重たいハンマーも扱えて、刃物よりもダメージを与えられる。
魔力を込めなくても高い打撃ダメージならネズミにも有効なはずである。
今の状況にピッタリの武器だ。
ネズミは何が起きたのか分かっていなかった。
いきなり横から衝撃が来た。
それぐらいの認識しかなく、リュードの方に顔を向けるとすでにリュードのハンマーが迫っていた。
目の前に星が散り、衝撃と痛みにネズミが悲鳴を上げた。
状況が分かっていないが危険を感じたネズミは全身から炎を噴出させた。
強い熱気にリュードは足を止めて飛び退く。
追撃を止めたネズミはゆっくりと立ち上がりリュードを睨み付ける。
あのまま押し切れなかったことは痛いがハンマーはネズミに効いているし勝てなさそうな状況が一変した。
仕切り直しになったリュードの顔には余裕すら浮かんでいる。
通じる武器があるだけでとても心強い。
「ははっ、それも分かっていれば怖くない!」
接近することに及び腰になったネズミが火の玉を吐き出す。
けれど突進にしろ、火の玉にしろ軌道は直線で分かっていれば大きな脅威でもない。
掠める熱さは勝利の希望が見えてアドレナリンが出ているリュードは感じていない。
連続して放たれる火の玉をギリギリで回避して素早く距離を詰めた。
ネズミが前足を振り下ろす。
リュードが前足も難なくかわして、ネズミの頭を上から殴る。
大きく後退するネズミ。
しかしリュードは足を止めずにまた距離を詰めてネズミを殴りつける。
あっという間に壁際に追い詰められる。
ダメージのせいか、迫り来るリュードに恐怖を感じ始めたせいか、ネズミの背中の炎の勢いが弱くなっている。
「口閉じてろ!」
ここまで来るとネズミが火の玉を吐き出す時には首を引っ込めることが分かっていた。
首を引いて火の玉を出そうとしていることに気づいたリュードはネズミの頭を下から殴り上げた。
火の玉を出そうとしているタイミングを完璧に捉えられたネズミは無理矢理口を閉じられた。
出るはずだった火の玉が行き場を失ってネズミの口の中で爆発する。
ボフッと黒い煙を吐き出してネズミが倒れた。
「トドメだ!」
それでもネズミはまだ死んでいない。
結構殴りつけたのにネズミの頭は固くて殺すのに苦労しそうである。
ならばあるものを利用するのがよい。
ものを思いっきりハンマーを振りかぶったリュードはゴルフでもするかのようにハンマーを振り下ろした。
狙いすました一撃。
狙ったのはネズミの頭に突き刺さっている槍。
スイングしたハンマーは上手く槍を殴りつけると、反動で槍が深くネズミの頭に突き刺さった。
ひどい叫び声を上げてネズミがのたうち回る。
壁に体を打ち付け、頭をブンブンと振ったネズミは部屋の隅にあった水溜りに体を突っ込ませて息耐えた。
背中の炎が水溜りに浸かって消え、むわっとした白い水蒸気が部屋に広がる。
「あっつぅ……サウナみたいだな」
湿度と温度が急上昇。
乱れた息を整えていると少しずつ水蒸気が晴れてくる。
水溜りに突っ込んだネズミはピクリとも動かず、リュードはホッと胸を撫で下ろした。
ネズミとの戦いがすぐに始まってしまって周りを見る余裕がなくて気づいていなかったが周りにはいくつかの死体が転がっていた。
何回か悲鳴も聞こえていたしネズミに挑んでやられたことは想像できた。
「おーい、降りられるか?」
「う、受け止めてくれませんか?」
「……分かった」
なんで野郎を優しく受け止めてやらなきゃいけないのか葛藤はあったけれどハンマーのこともある。
断ってやろうかという意地悪な考え追いやって手を広げる。
「い、いきますよ!
……絶対に受け止めてくださいね!
ではいきますよ!
いや、ちょっと呼吸を整えて……」
「いいからさっさと飛べ!
放っておいて行ってしまうぞ!」
何回か飛ぶ飛ぶ詐欺を繰り返すトーイにリュードはイラつく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます