あの人を追いかけて4
悪いことするなら顔を隠すか魔人化してしまえ。
リュードはそう言った。
真人族の間で竜人族や人狼族の魔人化した容姿はあまり知られていなかった。
言えば分かるのかもしれないがパッと見てあれが魔人化した人狼族だとすぐに断言できる人は少ない。
このトゥジュームに来るなど2度とないだろうから別にバレても構わないが動きにくくなるのは面倒だ。
ラストとミュリウォは顔を隠して、ルフォンは魔人化する。
鍵もかかっていないドアを開けてルフォンを先頭にして中に入っていく。
「だいぶ儲かりましたね!」
「そうだな、これならしばらくは遊んで暮らせそうだ!」
劇場の古い客席でお金を数えて人攫いたちが笑い合っている。
奴隷のオークションで得られた利益だけじゃない。
人攫いをしてオークションをしてほしいなんて変な依頼があったのだがそれで得られた金もまた大金だった。
全員で分けてもそれぞれが遊んで暮らしていけるほどに儲かった。
底辺で犯罪行為を繰り返して生きてきたがこれで足が洗えると思っていた。
「ん、なんだ?」
1人の人攫いが気づいた。
劇場の入り口に黒い影のようなものが見えた。
人のようだけどなんだかやたらとモコモコしていて姿がよく見えない。
次の瞬間影は消えた。
「誰が知ってるかは分からないから出来るだけ殺さないようにするよ」
「分かった」
冷静に聞こえる2人のその声がミュリウォには怖かった。
警告も何もなく無言で人攫いたちに飛びかかったルフォン。
ルフォンに気づいた人攫いの肩にナイフを突き刺して、引き寄せて顔面に膝を入れる。
「な、なんだ!」
「て、敵だ!」
突然現れた黒い人影。
単純に魔人化したルフォンなのだが窓を板で塞いだ薄暗い劇場の中ではルフォンの全貌を把握することはできていなかった。
人攫いたちは一斉に立ち上がったが、その時にはルフォンは次の相手を殴りつけていた。
「1人じゃないぞ!」
全員の視線がルフォンに集中しているので楽勝だった。
ラストの矢が肩を貫いて人攫いの1人がうめき声を上げて倒れる。
一方的。
ためらいもなく人を倒していく。
殺しはしていないが腕の一本ぐらいは切り落とされた人もいてミュリウォは影に隠れながら吐きそうになるのを堪えていた。
人攫いが剣を構えた時、残っていたのはあと1人だけだった。
ルフォンが正面に立ち、ラストが後ろから弓を構える。
「て、てめえ、何者だ!
何がしたくてこんなことする!」
とてもじゃないが勝てる相手ではないと人攫いは悟る。
せめて自分だけでも助かりたいと目的を探ろうとする。
「あなたたち、人攫いでしょ?」
「な、なんでそれを……
くっ、国の人間か!?」
「違うよ。
私たちはあなたたちが攫った人を返してほしいだけなの」
「……そ、そんなことのために私たちを探してこんなことをしたってのか!」
「そう、私たちにとってはそんなことじゃないんだよ」
興奮したルフォンの瞳が黒から狼を思わせるような黄金の輝きを見せる色に変わっている。
強い殺気を孕んだその視線に人攫いは剣が持つ手が震える。
「攫った人たちはどこ?
リューちゃんはどこにいるの?」
「ぐ、ぐぁっ……」
ルフォンが人攫いの剣を持つ手首を掴んだ。
ミシミシと音を立てて異常なまでの力で握られて人攫いが苦悶の表情を浮かべて剣を落とす。
一瞬にして脂汗が額に浮かんで、手の色が変色し出す。
「ルフォン!」
「……攫った人たちはどこにいるの?」
「も、もういません……」
このままでは手首を握り潰してしまう。
ラストが声をかけるとルフォンが手を離して人攫いが床にへたり込む。
「もう……いない?」
「お、お金ならあげますから!
どうか命だけは……」
「お金なんていらないから、攫った人たちはどこ?」
「ささ、攫った人たちは全員売りました……
もうここには1人も残ってません……」
震える人攫いをルフォンは冷たく見下ろす。
ここでウソをつく必要はない。
人攫いにとっては人は商品で、貴族の奴隷大会が近々行われることを考えるともう奴隷を売ってしまったという話は当然にあり得る話である。
「リュード……シューナリュードというあなたたちが攫った奴隷に聞き覚えは?」
「ど、奴隷にするものの名前は聞きません……」
どうしてこうなったのか人攫いには分からなかった。
この人攫い行為の裏には貴族がついている。
圧力がかかっていて捜査の手が伸びてもこず、その上で簡単に人攫いをできるように相手の意識を混濁させる毒までくれていた。
人攫いに会ったことは分かっても追いかけることなんてできないはずなのに。
ちょっと前までお金を数えて気分が良くなって、分け前はどれぐらいになるのかウキウキとしていたのに。
「頭に角のある黒髪の男性に心当たりはある?」
「そ、それは……あっ!
あります!
そのお方なら多分……」
「どこにいるの?」
特徴的な外見をしていて、体つきも悪くない。
中でも高値で売れたし、少し前のことなので覚えていた。
「貴族に買われていきました!
た、多分貴族がやるっていう奴隷を使ったなんかがあるって聞いたことがあるんでそれに出すつもりだと思います……」
顧客について正体を聞くこともない。
お金さえもらえればよく、仮面をつけて直接名前を呼ばないようにしていたので人攫いたちはそれぞれの貴族の名前も知らない。
ただ買った貴族は知りませんじゃ無事に済まなそうなので必死に頭を回転させて、奴隷がどうして必要だったかを導き出す。
チラリと貴族たちが話しているのを聞いた。
どうして人攫いなんかやらせるのか不思議だったけれどそんなことをしているなら納得だと思った。
少しでも相手に有意義な情報を出せば命は助けてもらえると思った。
「どうしてこんなことしたの……」
怒りが萎んでいき、悲しみが胸を占める。
なぜ人を攫うなんて行為ができるのか。
攫って、それをモノのように誰かに売ることなんてできるのか。
やってはいけない行為で、とてもルフォンは悲しくなった。
「人攫いについては……依頼されたから」
「依頼?
誰かがあなたたちに人攫いをしろと命じたの?」
「その通りです。
私たちはただ……依頼…………され」
「ラスト!」
突然人攫いの胸から剣が飛び出してきた。
方向的にはラストがいる方からだが、ラストの武器は弓矢。
いきなり剣を投げる必要もないし、新たな敵襲だとすぐに感づいた。
ラストが振り返り様に矢から手を離す。
ちょうどラストの後ろには劇場のステージがあり、その袖に黒いクロークを着た人がいた。
咄嗟に放った矢にしては狙いは良かったが謎の人物は矢をすんでのところでかわすとステージ裏に逃げてしまった。
「く……どうして……」
口から血を流して絶望した表情を浮かべる人攫い。
胸を剣が貫いている。
ルフォンたちではとても助けられない。
「私たちは言われた、だけ……
なのに……どうして…………」
「きゃあ!」
いきなりステージの方が爆発して火の手が上がる。
「な、なに!?」
「……ラスト、ミュリウォさん、逃げるよ!」
訳がわからない。
ステージのところにいたのは人攫いの仲間ではなかったのか。
仲間に剣を投げ、ステージの裏を何かで燃やし始めた。
状況が把握できないときは1度離れるのがいい。
もう1度爆発が起きて、ルフォンたちは慌てて劇場から逃げ出す。
「な、何が起きてるの!?」
古い、木造の劇場はあっという間に火が大きくなり燃えていく。
ルフォンも何も分からないがあの謎の人物はきっと人攫いの仲間ではなかったのだと思った。
もしかしたら口封じにでもきた、人攫いを依頼した人の差し金なのではと思ったのだがなんの証拠も、確かめる術もない。
人が集まり始めて、水をかけて消火をしようと試みている。
ルフォンたちはこれ以上人が集まる前に劇場から離れていった。
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