あの人を追いかけて2
カディアは焦った。
優位に立とうとして不利になってしまった。
ルフォンにそんなつもりはなくてもルフォンは優位な立場となった。
かなり高めのふっかけた金額をルフォンが払ってしまった。
情報ギルドが得をしたように聞こえる話だが少し高いどころでない金額を受け取ってしまった。
ルフォンはまだ得体の知れない相手。
言った金額を払われてしまった以上は引き受けるしかなくなった。
今更お金を返して断ることもできず、ふっかけているとバレてなくても完璧な仕事をしなきゃいけなくなった。
金貨は見た限り本物。
多少は出し渋りもするはずだと軽率に金額を提示してしまったことにカディアは後悔した。
全く意図しないところでルフォンはカディアの仕掛けた心理戦を押し返していたのであった。
金貨5枚も払ったと聞いたらリュードも呆然とするだろうがルフォンはリュードのためなら全財産はたいてもいいと考えている。
「……きっと奴隷全部を知りたいんじゃなくて、特定の誰かを知りたいんだろう?」
情報取引には何より信頼が大事だ。
相手を見誤り下手な手を打って意図せぬ大金を受け取ることになってしまった。
ならば全力を尽くすしかない。
相手が望む情報、欲しい情報を得て少しでも受け取った金額に見合うものにしなければならない。
わずかに迷ったルフォンだが探している人物をカディアに伝えた。
探すのは2人。
リュードとトーイである。
リュードの方は見た目にも特徴的で分かりやすいのでカディアとしても助かるがトーイの方は正直難しい。
写真もなく、一般人が肖像画も持っているはずがない。
顔や身体的特徴はごく普通の一般人で挙げられた特徴で人を探せばどれほど見つかることだろう。
区別化が難しい相手なので多少料金的には上乗せとなり、金貨5枚に少しだけ近づいた。
「貴族の大会はマヤノブッカって都市で行われる。
開催そのものはいつってのが明確じゃなくて、人が集まり次第開始みたいな感じだが、集まり始めるのはあと数日後くらいからだ。
そんなに先じゃない」
「マヤノブッカ……ですね」
「会場はマヤノブッカにあるコロシアムで行われるが入場には参加者になるか、招待客か、チケットが必要だ。
サービスだ、こちらでチケットも探しておこう」
実際にはそんなサービスなんか普段はしない。
サービスではなく、料金分の働きをするとそれぐらいは軽くやらなきゃいけないのだ。
「お願いできますか?」
「もちろん。
ただマヤノブッカはあまり治安のいいところじゃない。
今はトゥジュームの勢力が強くて女性がメインだがどんな奴がいるか分からないから気をつけるんだよ」
「ありがとうございます!」
「……よせよ、頭なんて下げるんじゃない」
カディアは素直に頭を下げるルフォンに苦々しい顔をする。
情報屋なんて利用する人は大体金持ちかヤバい奴。
どちらにしても情報屋相手に雑な態度は取らないがへりくだった丁寧な態度を取ることもない。
カディアが情報屋をやっていて感謝され、頭を下げられた経験なんてありはしない。
ましてふっかけた金額を払った相手が頭を下げるなんてこと絶対にあり得ない。
笑顔でお礼を言ったルフォンにバツの悪さを感じてしまう。
「これを持っていきな」
「これは何ですか?」
「いきなり人が来て、情報ギルドですって言ったって信用ならないし、あんたたちの使いで情報が欲しいと言われてもこっちじゃ分からない。
だからそれがあんたたちと私たちを繋ぐ証なのさ。
割符のもう片方は私たちが持ってる。
その割符も見せずに情報ギルドを名乗って近づいてきたら、私以外だったら切り捨てな。
仮に情報ギルドの奴でも割符を持っていない方が悪いから」
カディアはルフォンに割符を投げ渡した。
四角い1枚の金属製の板で一方向がギザギザになっている。
辛うじてサドゥパガンと書かれていることが分かる文字もギザギザのところで分断されている。
おそらくギザギザのところがピタリと合わさってちゃんとサドゥカパンと読める1枚の板になるのだろう。
「どうせマヤノブッカに向かうのだろ?
あんたたちのことはこちらで探すから調査の報告なんかがあればこちらから接触するよ。
道中冒険者ギルドなんかあったら顔を出してくれると探しやすいがね」
「分かりました。
本当にありがとうございます!」
「ありがとう!」
「ありがとうございました!」
3人して折り目正しく頭を下げてお礼を言う。
ルフォンたちが出ていくのを確認して、カディアは背もたれに背中を預けて大きくため息をついた。
「失敗したね……」
最後に見せた笑顔は年相応ぐらいの女の子の笑顔に見えた。
会った時の威圧感はすごく、カディアでも手に汗握るほどだった。
若いし払えないだろうと思った金額をサラリと払ってみせたルフォンという人物をカディアは完全に見極めきれていなかった。
「……それに金貨5枚払っても惜しくない男か。
果報者だね」
自分の亭主のことをカディアは思い浮かべてみる。
もう結婚してからかなり時間が経つ。
何か起きたら全力で助けたい相手ではある。
「だけど金貨5枚は……少し考えちゃうな」
聞いてもいない自分の亭主に悪く思うなよと心の中で謝罪する。
流石に金貨5枚をポンと払って助けられるか、その時でないと分からない。
何とか3枚ぐらいで助けられないかと考えてしまうような自分もいて、このことを話したら大笑いされてしまいそうだ。
ルフォンたちの事情は聞いていないが、事情は察せる。
貴族が行う奴隷の大会と人攫いについての情報が欲しいということに何の関連もないと考えることが不自然になる。
自分の愛しい人を何としてでも探しら助けようとするルフォンの愛の深さをカディアは羨ましいとすら思った。
暇だからと冒険者ギルドで窓口業務兼情報収集をしていればこんな仕事が舞い込んできた。
部下だったらどうしていただろうか。
面倒そうな仕事。
貴族の大会はなんて関わらなくてもよく、知らなきゃ知らないでも構わない。
依頼を受けられないと追い返したかも。
それは分からないがとりあえず亭主になんか美味いもんでも買っていってやろうとカディアは思った。
しばらくは忙しくなりそうだ。
ーーーーー
「ごめんなさい!」
見つけられる可能性が大分出てきたと希望も持てる。
リュードに近づいているとルフォンはなんとなく感じていた。
また冒険者ギルドまで帰ってきてマヤノブッカまでの道のりやマヤノブッカの情報を集める。
できることならその大会が始まる前にマヤノブッカに行きたいところだけれど場所を確認したところ、トゥジュームの端まで行かなきゃいけなくて少し大変そうだった。
宿まで戻ってきて、今後のことを話そうと思っていると泣きそうな顔をしたミュリウォがルフォンとラストに頭を下げた。
「どうしたの?」
頭を下げられる理由が分からなくて困惑する。
2人は顔を見合わせるが互いに理由も思いつかない。
「わ、私……そんなお金なくて…………」
ルフォンが払った金額の大きさに驚いていたのはカディアだけでなく、ミュリウォもであった。
ミュリウォもトーイを探している以上は半分ほど費用なりなんなりを負担するべきである。
リュードだけでなくトーイのことも依頼したのだから情報ギルドに払った金額の半分を払わなきゃいけないとミュリウォは思ったのだがとても払える金額じゃない。
もう払ったものを戻せとも言えないしミュリウォはない袖も振れなくて泣きそうになっていた。
「いつか……いつかお返ししますので少しだけ待ってください!」
「……必要ないよ?」
「えっ?」
「あれは私がリューちゃんと、ミュリウォさんの婚約者さんを助けたくて払ったお金だから。
それにミュリウォさんがヒントをくれたからこうして探すこともできるんだし、お礼みたいに思ってよ」
朗らかに笑うルフォン。
費用を折半しなければなんて考えていたのはミュリウォだけであった。
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