実は君のこと3
「どうしてなの……」
勢いがあったのは一瞬。
レストはすぐにしおらしくなる。
「それは……」
「分かってるわ」
「えっ?」
どうしてと聞いておきながら分かってるという。
自分の気持ちに気づかれたのだとバロワはドキッとする。
「ラストのためでしょ?」
「……えっ?」
「分かってるの。
今でも綺麗だけど、あの子はこの先もっと綺麗になる。
大領主だし、それに王座にも近いわ」
「ち、ちが……」
「ラストは知らないけどヴィッツがラストの身に危険が迫るとちゃんと調べてくれていたの」
ただやられているだけではない。
ベキーオやプジャンがラストにやった嫌がらせや命を狙った策略などはヴィッツが調査を行っていた。
ベキーオは自分で手を下さず人を使ってやるので関与が疑わしいがその証拠までは掴むことができなかった。
「あなたが関わっていると見られる時、ベキーオの計画は大体失敗していたわ」
故に敵なのか味方なのか分からない相手がバロワだった。
ヴィッツの調査でバロワの影が見える時にはその計画が前段階で失敗しているようなことが多かった。
バロワも直接出てこないので下の者の失敗ではあるのだけどそのような関連性があるかもしれないとヴィッツは報告をまとめていた。
それらはラストには伝えられなかった。
ラストはまだ幼かったし、そのまま伝えるようなタイミングを逸してしまった。
レストは昔のバロワを思い出した。
少し気弱でどことなく影があったけど、他人を思いやれて優しい少年だった。
もしかしたら敵じゃなく味方なのかもしれないと期待していた。
味方である理由は多分ラストなんだろう。
そう思いながら。
「隠さなくてもいいのよ。
もうベキーオも死んだし、プジャンもきっと全てを失うわ。
あなたがラストに気があって、それでこっそり助けていたことは分かってるんだから……」
「違うんだ!」
悲しそうな顔をしている。
そんな風に見えてバロワは思わず声が大きくなった。
「ご、ごめん。
大きな声を出して。
でも、違うんだよ。
いや違くないところもあるんだけどそうじゃないんだ」
納得させられる答えが見つからない。
正直に答える他にこの勘違いをうまく収めて、全てが上手くいくような説明なんてできはしない。
「俺がラストを助けていたのは事実だ。
でもそれはラストのためじゃない」
「……じゃあどうして?」
ラストのためじゃなく、ラストを助ける。
そんなことあり得ない。
「…………それは……」
「言えないのね……
権力のため?
それともベキーオが気に入らなかった……とか?」
「……君のためだ!」
「…………へっ?」
絞り出すようなバロワの言葉にレストは理解が追いつかなかった。
「俺は君が、サキュルレストが好き、なんだ……」
視線を伏せるバロワ。
引かれていることだろう。
これまで兄妹として育ってきた相手に恋慕しているなんて。
レストが泣きそうな顔をしているから、泣かせたくなくて正直に話すしかバロワにはなかった。
終わった。全てが終わったと思った。
レストの顔が見れない。
嫌われてしまったのなら、嫌われてしまうぐらいならベキーオの剣で死ぬ方がマシだった。
「…………レスト?」
なんの反応もない。
どうせならキッパリと終わってくれればよかったのに。
平手打ちでもして病室を出て行ってくれればバロワも諦められたのにレストは何も言わなかった。
伝えないつもりでいた思いを伝えた。
もうこれ以上失うものは何もないのだとバロワが顔を上げてレストの顔を見た。
相変わらず泣きそうな顔をしていた。
けれどレストは耳まで真っ赤になっていて、目には涙を溜めていた。
「れ、レスト……?」
「わ、私のことを……?」
「……そう。
ずっと昔、レストは俺の手を引いて連れ出してくれた。
不安で、寂しくて塞ぎ込んでいた俺に優しく笑いかけて遊ぼうよと声をかけてくれた。
その温かさに、俺は惚れてしまったんだ」
バロワは寂しそうに微笑んで自分の胸の内をさらけ出す。
いいさ、どうせ実らぬ思いならここで話してしまっても構わないだろう。
もう、止められない。
「君がベキーオにやられそうになって体が勝手に動いたんだ。
俺はどうなってもいい。
君が傷付くのだけは許せなかった」
レストにはそんな気がないだろうとバロワは思っている。
兄妹だから恋愛感情なんて持つのはおかしいし、こんなことを言われても困るだろうと思いながらも最初で最後の機会だと思いの丈をぶつける。
どんな言葉、どんな反応が返ってきても受け入れる。
「…………?」
しかし待てど暮らせどレストから反応は返ってこない。
「好きって、その、どういう……」
「……俺の言う好きってのは、1人の女性としてレストを好き……もっと言えば愛してしまっているんだ」
恥ずかしさが込み上げる。
そんな風に踏み込んで聞かれるとバロワも思っていなかった。
最初は勢いで言ったけど段々ととんでもないことを言ってしまった後悔と恥ずかしさで胸がいっぱいになる。
「……私のこと、嫌いだったんじゃないの?」
「そんなことない!」
ポソリとつぶやいたレストの言葉をバロワが強く否定する。
「嫌いになんてなるはずないじゃないか!」
「じゃあ、どうしていきなり冷たくなったの?」
「うっ、それは……」
毎日のように遊んでいたレストとバロワ。
しかしある時からバロワはレストに対して線を引いたような態度を取り始めて、一緒に遊ぶことも減り始めた。
当時のレストは何か嫌なことをしてしまったのかとか、お姉さんぶったのが嫌われたのかとか色々と悩んだ。
思い返してみても原因は分からず、そのままバロワは今自分が治める大領地の前大領主の元に行くことになった。
関係の修復はならず理由は分からずとも嫌われたのだとレストはひどく落ち込んだのだった。
「毎日遊びに誘うのが嫌だった?
それとも年下の私がお姉さんぶったのが嫌だった?
どうしていきなり冷たくしたの……」
「……好き、だったからだ」
レストはずっと泣きそうな顔をしている。
泣かせたくないバロワは内心狼狽えつつも全てに答える。
「好きならどうして……」
「俺とお前は兄妹じゃないか!」
幼心にバロワは気づいてしまった。
レストとは血が繋がっていなくてもヴァンに引き取られた以上兄妹であると。
血縁的な遠さでは結婚に障害はないが名目上兄妹であるレストと将来の関係を築くことはできない。
「好きになってはいけない……そう思ったんだ。
でもレストが来てくれるのが嬉しくて、笑顔が見たくて……思いを断ち切れなくて。
だからそっけない態度を取ったんだ。
俺がこれ以上好きにならないように、好きになってしまわないように……」
距離をおけばこの気持ちは消えていくだろうとバロワは思った。
でも思いは消えなかったし、嫌われているのだと思ったレストは関係を修復したいとまた近づいてきた。
そこで物理的に距離を空けることにした。
頭も良くて優秀だったバロワは大領主の元で学びながら過ごすことになり、レストと離れることになった。
それで自分の感情に蓋をしたつもりだった。
けれど運命の悪戯だろうか、バロワはまたレストと会う機会があった。
王城などへの挨拶なんかでは時期をずらしたり領地経営が忙しいなどと理由をつけていたのだけど、ラストが大領主になることになった。
そして若いラストの補助としてレストが付くことになったのだ。
久方ぶりに見たレストは美しい女性となっていた。
蓋をした思いは心の奥底に隠れていただけで消えてはいなかった。
その笑顔を見た時にバロワはまだ自分に伝えてはいけない思いがあることに気づいてしまった。
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