実は君のこと1

「まさかラストがキッス魔になるなんてねー」


「もう!


 その話はやめてよー!」


 ラストとクゼナとレストはラストの元領地で書類仕事に勤しんでいた。

 

 ベギーオやプジャンの領地は不正も疑われ、かつトップとなる大領主もいない。

 そのために直轄地として行政官が王城から派遣されて領地の安定を図っていた。


 ラストの領地は一応監査は入ったけれど不正なんてしていないので当然クリーンな経営だった。

 勝手知ったる人がそのまま仕事をやってくれた方が領民も安心するし、仕事も早い。


 ということでラストの領地についてはラストがとりあえず経営をすることになった。

 ラストの領地も今は直轄地なので一時的な領主代行という形である。


 重要案件は大領主であったラストじゃなきゃ処理できないし途中レストもいなくなって領地における仕事は山積みだった。

 当然にラストだけじゃ手が回らないのでレストとクゼナも手伝うことになった。


 ピークの時は王城から派遣された行政官も手伝っていたけれど山場は越えたので今は行政官は帰っていって3人で作業している。


 大きなものは終わっているので細々としたものが中心になり、会話する余裕も生まれた。

 会話の内容はラストのお祝いの食事会での変貌ぶり。


 ラストは思い出すと今でも顔が熱くなる思いがしている。

 覚えていなきゃ楽だったのにほとんどのことを覚えていた。


 お酒によって全てを忘れてしまう人もいる。

 そんなだったら良かったのにと今ばかりは思う。


 ルフォンやクゼナ、レストにキスをした。

 口ではなかったけれど何回もやったし、口にもしようとはしていた。


 さらにリュードにもご褒美にキスしたいなんて迫ってしまったし、最後には部屋まで連れて行ってくれたレストを無理矢理ベッドに引っ張って行っちゃやだ!とわがままを言って一緒に寝てもらった。


 それらを醜態と呼ばずして何と呼ぶ。


 お酒を飲んだわけでもないのにラストが酔っ払ってしまった。

 あの現象は血酔いと呼ばれるものだった。


 生の血を大量に摂取したり、あまりにも上質な血を取ることでまるでお酒に酔ったかのようになることがある。

 要するに酒に酔ったのとほとんど変わらない。


 あまりにもリュードの血の質が良すぎた。

 美味しくて、リュードの血が飲めることが嬉しくて一気飲みしてしまった。


 2杯目は止められたので1杯で打ち止めだったけれど初めてのラストにとっては1杯でも十分だった。

 ラストは血に酔ってしまった。


 体の高揚感に身を任せて鈍った思考のままに行動した。


 この血酔いもまた大人たちが身近にいる場で初めての飲血をする理由でもある。

 どれぐらいで酔うかは本人の資質やその日の体調、血の質によって変わってくる。


 自分がどれぐらいで酔うのか分からないために大人の見張りがついているのだ。


 初めての生の血なので大体の人は酔うまで飲むし、酔うまで飲ませる。

 それで自分の限界を推し量っていく。


 酔って多少の粗相はするもの。

 みんな笑って許してくれたのだけど笑い話にされてしまうことは避けられない。


 きっとこの先何かあるたびに言われることだろう。


「はぁ……会話も仕事もこれで終わり。


 そう、これでおーわり!」


 山のように積まれていた書類がとうとう最後の1枚となり、ラストは署名のサインをする。

 レストに渡して確認してもらって、最後にクゼナが全ての書類をまとめる。


「んー、終わり!」


 しばらく机にしか向かってなかったので体が痛い。

 ラストは立ち上がってグッと体を伸ばすと痛くて気持ちがいい。


「タイミングが良かったようですな」


 開け放たれていたドアからヴィッツが顔を覗かせた。

 ヴィッツはカートを押していて上にはカップが6個とティーポットやお湯の入ったヤカンなどが置いてある。


 後ろからはお皿を持ったルフォンとリュード。

 お皿の上にはお菓子や切られた果物なんかが載せてあって、それを部屋にあった大きなテーブルの上に置く。


 ヴィッツとルフォンは仕事で疲れているだろうみんなのためにお菓子を焼いて持ってきたのだ。

 運ぶことを手伝うという名目でリュードもついてきていた。


 リュードとルフォンはラストの協力者なのでラストの預かりとなって、領地に戻ることになったラストにと共に領地に来て、ラストの屋敷に泊まっていた。

 そして屋敷にいる間にルフォンはヴィッツから料理を学んでいた。


 お菓子作りもみんなを気遣うことに加えて料理の練習も兼ねていた。


「ナイスタイミング!」


 仕事もひと段落ついた。

 ヴィッツの淹れる紅茶の良い香りが部屋に広がり始めてラストは我先にと席についた。


「ん、美味しい!」


 紅茶を待ちきれず、先にお皿のお菓子を1つ口に放り込んで、大きくうなずく。


「それ、私が作ったんだ」

 

「本当に!?


 じいが作ったものかと思ったぐらい美味しいよ!」


「へへ、本当?


 それなら嬉しいな」


 これまでは旅の途中で外だったので分からなかったけれどヴィッツの料理の腕前はすごかった。

 知識が幅広く深い。


 ルフォンの質問にも何でもサラリと答えてしまう。

 今でも趣味は料理というほど料理を続けていて、こうして屋敷にいる間はいつもはヴィッツがラストの料理も担当していた。


 ルフォンには教えるだけじゃない。

 ルフォンもルフォンでこれまで培ってきた経験や知識があり、ヴィッツの知らないようなことではヴィッツもしっかりとルフォンから教えを受けていた。


 互いが互いを成長させている。

 ちょっとした師弟関係のようなものが料理という分野において出来上がっていた。


 わいわいとお茶を飲みお菓子を食べる。


 楽しい時間。

 何の心配もなく本当にただただ食べて話して素敵なことである。


「あのね、みんなにお話があるの」


 まったりとした時間が流れて、ラストもこれから暇になったら自分も料理ぐらいならってできなきゃダメだなと考えていた。

 そんな時にレストがゆっくりと口を開いた。


 真剣で少し迷いも見える目をしている。


「……なに、お姉ちゃん?」


 いつもニコニコとしているレストにしては珍しい表情。

 みんなもレストの方に真面目に視線を向けている。


「驚かないで聞いてほしいんだ。


 私ね、その……」


 言いにくそうにモゴモゴとするレスト。

 何があったのかとラストは気が気でない。


 他のみんなもジッとレストの言葉を待つ。


「私、バロワ君と結婚しようと思ってるの」


「……え、えぇぇぇぇ!」


 みんなが驚く中一番驚いたのはラスト。


「な、なになに、どういうこと!?」


「け、結婚ってあの結婚だよね!


 どうしてバロワと?」


「まさか政略結婚でもするつもり?」


 ラストの顔が青くなる。

 最終的には味方してくれていたけれど基本的には無関心、あるいは敵側だったバロワ。

 

 なぜバロワとレストが結婚するのか、パッと思いついた理由がそれだった。


 大領主から王を出さねばならないという決まりはない。

 けれど歴史上ほとんどの王が大領主を経て王となっているのであり、実質的に大領主にならずして王になることはない。


 ラストはベギーオもプジャンもいなくなった今、王になる第一候補でラストに比肩する候補は他にいないのが現状である。


 今回の騒動についてバロワは敵側なのか味方なのかよく分かっていない。

 レストを身をていして守ったことがあるので処分自体は保留。


 混乱を避けるためにこのまま領主として悪いところが見つからなければ不問に付されるだろう。

 しかしバロワの立場は微妙なものとなることは避けられない。


 危うい立場に追いやられたバロワが今後王になるであろうラストの姉であるレストと結婚することで自分の身を守る。

 そのための結婚であるとラストは考えたのだ。

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