みんなに感謝を2

「今は血を取ってから飲むから大丈夫だよ。


 リュードがいいなら今から取りたいんだけどいいかな?」


「それならまあ……今でもいいけど」


「ありがとう!」


 ラストは嬉しそうに笑う。

 大人になったのだし何かお祝いでもしてあげたかったから血が欲しいというならお祝い代わりにあげようと思う。


 ラストは部屋の前に待機していたヴィッツを呼んだ。

 小さい黒い皮のカバンを持っていたヴィッツはその中から採血道具を取り出した。


「針は大丈夫ですか?」


「……むしろ安心したよ」


 どんな風に採血するか気になっていたけどヴィッツの持っている道具はリュードのいた前の世界のものに比較的近いものであった。

 ナイフで切ってジワジワ絞り出すようなことにならなくて、そちらの方を安心した。


 血人族は血液の凝縮もそうだし、体質のために他とはまたちょっとだけ違う技術も持っていた。

 意外なことに採血方法も針と管を使ったものでリュードにも不安の少ないものであった。


 やるのは医者でなくヴィッツ。

 なんでもできるヴィッツなので出来るとは思うけど資格者じゃない人に針を刺されるのは緊張する。


 ブスリと針がリュードの腕に刺される。

 採血方法は進んでいる血人族だけど医療が魔法に依存しているこの世界の医療技術はだいぶ遅れている。


 ヴィッツがリュードに刺した針は前の世界に比べて太く、痛みが強かった。


「ほわぁ……」


 瓶の中に溜まっていく血を眺めて、ラストがうっとりとした表情を浮かべる。

 普通の女の子に見えても魔人族なのだ。


 真人族にはない変態性がラストにもあった。

 これも真人族基準というか、前世の価値観があるからそう思ってしまう側面がある。


 ただ血が溜まっていく様子に恍惚とするのは血人族から見ても若干変態っぽい。


 生の血を飲むことは血人族にとって憧れである。

 お酒を飲んだことがない子供がお酒に憧れてしまうような、ちょっとした熱を帯びたような視線を自分の血に向けられてリュードは恥ずかしい気持ちになった。


 いつまで取り続けるのか聞けないまま血は取られ続け、そこそこ大きな瓶が一杯になるまでリュードは血を取られた。


「リュードありがとう!」


「お、おう……」


 嬉しそうに血の入った瓶を抱えるラストを見ては文句も言えない。

 貧血気味でぐったりするリュードを残して、ラストは軽やかな足取りで部屋を出て行った。


「ありがとうございました」


 ヴィッツもペコリと頭を下げて部屋を出ていく。

 こんなに大量に血を取られるのが普通なら2回目はないなと思いながら回復に努めようとリュードは眠った。


 ーーーーー


 寝て少しは回復したけどまだ血液が全部回復しきってない感がある。


「ぷはぁ〜!」


 カップいっぱいの血を一息に飲み干したラスト。


「これは……なんていうか……胸がカーって熱くなって」


 そして非常に甘美な味をしていた。

 若く、健康体で魔力も多いリュードの血。


 世界中を探しても間違いなくトップクラスの血だろう。

 飲んだ瞬間から体が熱くなっていき、まるで体にリュードの血が染み込んでいくようだ。


 感じたことがない新たな感覚。

 血を飲んでこなかった今までの自分が鈍かったかのように感じられる。


 感覚が研ぎ澄まされて、気分が高揚する。

 体の中からカッカしてきて、ラストの瞳が赤みを増す。


 うっとりとした表情で空になったカップを見つめていると料理が運ばれてくる。


「今日は無礼講だ。


 好きに飲み食いするが良い!」


 血人族が大好きなのは血が滴るようなレアステーキ。

 リュードも血を作るために肉を食う。


 流石は王族の用意する食事は質がいい。

 レア加減も絶妙なステーキは絶品で、リュードはこっそりと料理人にミノタウロスの肉も渡して焼いてもらった。


 貧血の気だるさも忘れてひたすらに肉を食べていた。


「ねぇ、リュードぉ」


 フードファイトでもしているのかの如く肉を食い、それに応じて運ばれてくる。

 思う存分に肉を食べるリュードの横にラストが椅子を持ってきて座り、リュードの肩にしなだれかかる。


 甘えたような声。


「ラスト?


 なんだか目が……」


 リュードが目をラストに向けるとトロンとしたラストの目と視線が合う。

 酔っ払っているはずがない。


 ラストは2杯目以降はぶどうジュースだったので酔うような要素がなかった。


「リュードぉ、私ね、頑張ったと思うの」


 リュードの肩に頭を乗せたまま囁きかけるように甘えた声を出すラスト。


「ご褒美があってもいいと思わない?」


「そうだな、でも……」


「だからぁ〜」


 血をあげただろ?と言う前にラストはリュードの頬に手を伸ばして、無理矢理自分の方に顔を向けさせた。


「ちゅー、しよ?」


「ら、ラス……ラスト!?」


 リュードも動揺を隠せない。

 ラストは据わった目を閉じでリュードの唇に自分の唇を近づける。


「んに?」


 ラストの唇がリュードの唇に触れるほんの僅かな間に反応したのはヴァンだった。

 唇に当たったのは細かい毛のような感触。


「……お父さんは許しませんよ!」


 好判断だった。

 手を伸ばしても間に合わないと判断したヴァンは魔人化した。


 背中に生えた翼を広げてリュードとラストの間に差し込んだ。


「うわぁ!


 何すんの!」


 父親の翼にキスしてしまった。

 ラストは怪訝そうな顔をして口を拭う。


 そんな様子に傷つくヴァンだが娘の唇を守ることには成功した。


 ラストは布を水で濡らして口を拭いている。

 そこまで嫌だったかとヴァンがしょぼんとする。


「ラスト、何してるの!」


 とんでもないことをしようとしたラストにルフォンが怒る。


「いいところだったのに、お父さんったら」


 キスぐらいさせてあげればよかったのにとレストはため息をついた。


「何怒ってるの〜?」


 フラっとラストはルフォンに近づいた。


「んー……ルフォンもちゅーする?」


「えっ?」


「えーい!」


「わわっ!」


「えへへっ」


 ルフォンに飛びついたラスト。

 首に手を回して抱きついたラストはルフォンの頬に唇を当てた。


「へへっ、ちゅ!」


 ちょっとだけ照れ臭そうに笑う。


「もっと、ちゅー」


「く、口はダメだよ!」


 思いがけないラストの行動にルフォンはたじたじになってしまう。

 今度は口にキスをしようとするラストの顔を押さえて抵抗するルフォン。


「こらこら、ラスト。


 そんなことしちゃ……」


「クゼナ!


 ああ、治ってよかった!」


 このままではルフォンの唇が奪われてしまう。

 クゼナがラストを止めようと肩に手をかけた。


 パッと振り返ったラストはクゼナを見て満面の笑顔を浮かべる。

 今度のターゲットはクゼナ。


 まだ病み上がりのクゼナはリュードの血でパワーアップしたラストに敵うはずもない。

 地面に押し倒されたクゼナはラストに顔中キスされる。


「これはこれは……」


「相手が男じゃなきゃ微笑ましいな」


「ちょ、誰か助けて!」


 リュードがキスされそうになっていた時とは違って微笑ましく様子を伺っているオヤジたち。


「こーら、ラスト、クゼナが困ってるでしょ」


「あっ、お姉ちゃん、えいっ!」


「はいはい、良い子ね」


 困り果てるクゼナを助けにレストが割り込む。

 ラストはレストに抱きつくが大人の余裕でレストはラストの頭を優しく撫でた。


「えへへっ、ちゅっ!」


 嬉しくなってラストはレストの頬に優しくキスを返す。


「いつもありがとうお姉ちゃん。


 感謝してるし大好きだよ。


 みんなも、たくさんたくさんありがとう。


 みんなもすごく大好きだよ!」


「ラスト……」


 ネコのようにすりすりとレストに甘えるラスト。

 大人になったとはいえ、まだラストだって甘えたいところがある。


 ラストが物心つく時に母親が死んでしまったのでラストは甘えたくてもそうできる相手がいなかった。

 今日ばかりは無事に助け出せたレストに甘えてもバチは当たらない。


「お部屋に行きましょ。


 このままじゃラストの唇が腫れてしまうわ」


「うん、分かった」


 流石にレストはラストの扱いに慣れている。

 サラッとラストを連れてレストは部屋を後にした。


「俺にキスはなしなのか?」


「私にもありませんでしたね」


 ラストのキスの対象にならなくてひっそりとダメージを受けるオヤジたち。

 主役もいなくなってしまった。


 最後にちょっとしたデザートを食べてラストのお祝いの食事会はお開きとなった。

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