みんなに感謝を1
ベギーオは助からなかった。
お腹に穴まで空いていたのだからポーションでもまず助からない。
事後の処理はコルトンに任せてリュードたちは町に戻ることになり、頼み込んでモノランの背中に乗せてもらった。
でなければプジャンがいることに気づいたモノランがプジャンを引き渡せと騒ぎ立ててしょうがなかったのだ。
リュードがケガ人を早く町に連れていくのにどうしてもモノランの力が必要だと言わなければそのままプジャンは山を降りることがなかっただろう。
ベギーオの死体と拘束されたプジャンはコルトンによって騎士団に引き渡された。
バロワはモノランの背に乗せられて町に搬送されて、治療も受けて命に関わることもなかった。
モノランは不満そうだったけれどベギーオの言うことを聞いて色々やったことはイセフに扮したコルトンの前で言ってしまった。
自白してしまったので庇いようもないはずなのでプジャンも引き渡されることにヴァンも同意せざるを得ないだろうとリュードは思う。
ベギーオは死に、プジャンは拘束され、バロワは入院。
大領主のうち3人がその責務を果たすことが困難になった。
ラストだけ無事で仕事ができる体調ではあったが他の領地における混乱も考えるとまともな領地経営は難しい。
そこでヴァンは一時的な緊急措置として大領主の座を一度白紙にし、大領地を全て王の直轄とすることにした。
それぞれの領地で落ち着くのを待つのではなく全体的に大局を見て、国として混乱に対応する必要があると考えた。
「サキュルラスト、我が娘よ。
よくぞ大人の試練を乗り越えた。
これによって血人族はサキュルラストを一人前の大人であると認めよう!」
しかし祝うべきことは祝うべきだ。
数日、ラストも含めてリュードたちは軟禁状態にあった。
王城まで連れてこられて、事情を聞かれ、調査のために外出も許可されずに王城の室内で過ごすことになった。
国内の混乱については聞き及んでいた。
リュードの世話をしてくれたメイドさんがおしゃべりな人で色々と話してくれたからだ。
結局今回の件についてラストが被害者でベギーオが加害者。
リュードたちは巻き込まれただけでプジャンは共犯ということになった。
バロワの立場は微妙なところらしくまだ調査が続いていた。
問題が起きてしまったにせよ、ラストは大人になった。
こんな状況の中で一番の明るいニュースだし政務に追われるヴァンが少し休息を入れる口実としてもラストを祝うことになったのだ。
元々小規模のパーティーを予定していたのだけど、さらに規模は小さくなって身内だけの小さな食事会になった。
「おめでとう!」
ヴァンが赤い液体が注がれたカップを高く掲げる。
「おめでとう!」
「おめでとう、ラスト!」
「みんな、ありがとう!」
お祝いの言葉を述べてみんな一斉にカップに口をつける。
リュードたちはブドウのジュースが、ヴァンにはぶどう酒、そしてラストのカップには血が注がれていた。
血人族なんて言うからには、血と関わりがないはずがない。
血という文字がつくのには理由がある。
それは血人族が他種族の血を取らなきゃいけない種族であるからである。
はるか昔の血人族はそれこそ吸血鬼のように他種族血を摂取していた。
それは必要であるからで、何か血に含まれるものが血人族には自分で作り出すことができなかったのである。
始祖と呼ばれる血人族は日常的に他種族の血を必要としていたなんて噂話もあるが、世代が進んで他種族との交わりもできた今の血人族はそこまで他種族の血を必要としていない。
ただし定期的な摂取は必要で、実はヴィッツやラストも血を摂取していた。
けれどそれは血液を飲んでいるのではなく、今は血液の成分を固めた錠剤があってそれを飲んでいたのであった。
大人になることはただ大人として認められるだけではない。
大人になると大体のところでは何ができるようになるか。
それは酒が飲めるようになるところも多い。
血人族にも似たようなことが言えた。
それは血人族に大事な血に関わること。
大人になった血人族は生の血を飲むことが許されるのだ。
錠剤の血を摂取していても問題なくなった血人族であるが生の血を飲むことと血の錠剤ではやはり差は生まれてしまう。
生の血を飲むと血人族は非常に体の調子が良くなる。
高い魔力を持つものの血であるほど血人族は調子が良くなってくるのだ。
大人の試練を乗り越えて大人になった血人族はまず周りの目があるところで生の血を飲むのが昔からの習慣だった。
だからラストのカップには血が注がれているのである。
さらにその上その血はただの血ではなかった。
ーーーーー
「リュード……お願いがあるの…………」
調査のために軟禁状態のリュードの部屋にラストが訪ねてきた。
緊張したような神妙な面持ちのラスト。
なんの問題もないのにラストがお願いになんてくるはずがない。
リュードはそう思ってラストを部屋に入れた。
厄介な問題でも発生したのかと緊張が走る。
「お願いってなんだ?」
ベギーオはもういない。
反ラスト派の旗頭のベギーオがいなくなったのだからラストを脅かすような存在はいなくなった。
それなのにラストがこんな顔をするなんて、理由が想像できない。
モジモジとしてラストは非常に言いにくそうにしている。
リュードは根気強くラストが話題を切り出してくれることを待った。
「その……リュードの血を分けて欲しいの!」
静かな部屋の中にラストの声が一度だけこだました。
「は……俺の血?」
「う、うん」
よく見るとラストの顔がうっすら赤くなっている。
「私たち血人族って他の種族の血を飲まなきゃいけないんだ」
「ああ、それは知っているよ」
旅の途中でヴィッツが赤いクスリのようなものを飲んでいるところをリュードは目撃してしまった。
目があってマズイものを見てしまったかもしれないと気まずそうにするリュードにヴィッツはなんてことなく説明してくれた。
赤いクスリは血を濃縮して固めた錠剤で血人族が生きていく上で必要なものであると言っていた。
時々町に赤い液体みたいなマークの書かれたお店があることが気になっていたけれど、それは血のお店と言われていて他種族の献血を受け付けていたり血の錠剤を売っている場所であることも教えてもらった。
金に困ったりした他種族の血を買い取ったりして血を集めているらしかった。
「私も大人になったから血を飲むことになるんだけどさ、初めて血を飲むなら……リュードの血がいいなって」
要するに大人になって初めての飲酒みたいなものだとリュードは理解した。
健康体で魔力も高いリュードの血ならおそらく血人族にとって良い血なはず。
初めての血がマズイものだとラストも可哀想だ。
自分の血が血人族にとって美味いなのかはリュードに判別は出来ないけど、これまでラストは頑張ってきたのだ、血ぐらいあげてもバチは当たらないだろう。
「俺は構わないぞ」
「本当!?
ありがとう、リュード!」
不安そうな顔をしていたラストがパッと笑顔になる。
リュードは前世の記憶があるので献血的なものに抵抗が少なかったが、この世界でいきなり血をくださいなんで言えば良い顔はされない。
「けどどう血を取るんだ?」
まさかナイフで切って絞り出してくださいというならちょっとお断りすることも頭をよぎる。
首筋にラストが牙を突き立てるぐらいなら我慢してやろうとは思う。
「昔は首から直飲みだったみたいだけど、今はそんなやり方はしないよ」
ラストが思わずリュードの首を見る。
顔を近づけて首に牙を突き立てることを想像してしまって顔が赤くなる。
頭だけ出して首にかじりつくのは難しいので自然と抱き合うような形が頭の中に浮かんでしまった。
ちょっとだけ直飲みも悪くないかもと思う自分があることにラストは恥ずかしくなる。
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