孤立2

 さて山の入り口まで来たはいいものの、そこからどうしたらいいのか分からない。

 ざっくり山を指定されたが麓から山頂まで山の範囲は意外と広い。


 山頂にはモノランがいるので山頂まではいなくてもどこに行けばいいのか言われていない。


「お待ちしておりました」


 入り口付近には誰もいない。

 とりあえずと思って少し山を登ったところにリュードたちを待ち受ける人がいた。


 頬のこけた怪しい目つきをした長身の男。

 どうやら血人族らしく、リュードも剣に手をかけて警戒する。


「あれはイセフよ。


 ベギーオの右腕ね」


 ろくに話したこともないけどベギーオの腰巾着だったイセフの顔は知っている。

 ベギーオよりも直接的に嫌味を言うクソ野郎だとラストは思っていて、イセフのことは嫌いだった。


 兄にはお似合いの副官だとは逆に思う。


「お姉ちゃんはどこ、無事でいるの?」


「……こちらに」


「答えなさいよ!」


「落ち着け」


 ラストの質問を無視してイセフは背を向けて歩き出す。

 今にもイセフに襲いかかりそうなラストを止める。


 イセフは道案内に来ているだけだ。

 ここで後ろから襲い掛かってもレストは助けられないどころか不利になってしまう。


 人質を取られている以上は慎重に動かねばならない。

 ラストは強く手を握り締めてイセフの後を追う。


 イセフは一言も口を開くことなく道を歩いていく。

 リュードたちが通るはずだった山の中腹ぐらいのところをグルリと通って反対側にいく道だった。


 道中でモノランにあって山頂まで行ってそこから下りていったから途中からは知らない道となる。

 入り口側から来て4分の3ほど進んだところに山がえぐれたような平らなところがあった。


「よく来たな、我が妹よ」


「お姉ちゃん!」


「おいおい、俺は無視か?」


 そしてそこにはレストに剣を突きつけるベギーオの姿があった。


「勢揃い、だな」


 ベギーオだけではなく、プジャンとバロワの2人までベギーオの後ろにいた。


「あんたお姉ちゃんに何をしたの!」


「はっ、うるさいから少し教育してやったのさ。


 自首しろだのこんなことやめろだの俺の耳を煩わせてくれたからな」


 剣を突きつけられたレストの頬は赤く腫れ上がっていた。

 話し合いで解決出来ないかと説得を試みたレストにベギーオは暴力で答えていた。


「何が目的なの!」


 今すぐにでも助けたいけどレストの首に剣が迫っていて動けない。


「お前だよ」


 ベギーオの目は濁っていてそれでいながら深い恨みと怒りが見える。


「俺はお前のことが昔から大嫌いなんだよ!


 俺も昔は天才と呼ばれていた。

 王になるべく血の滲む努力をしてきた。


 なのに! なんで! 先祖返りというだけで!


 お前が可愛がられて、俺と比較されて、俺の方が劣る扱いを受けなきゃならないんだよ!」


 昔からとは言ってもラストが生まれてすぐの頃はベギーオも妹に殺意を向ける人物ではなかった。

 守るべき妹だとそんな風に思っていた時期もある。


 長兄だからではなく本当にベギーオも才能があって努力もするし、勉学にも勤勉で周りも未来の王様だともてはやした。

 ベギーオ自身もそのことを強く意識して過ごしていた。


 しかし喜ばしかったはずの妹の誕生で全てが狂い始めた。

 生まれ持って背中に小さな翼を生やしたラストは先祖返りだった。


 魔力があって身体的な能力に優れていた。

 その上才能があって賢く、可愛らしくもあったのでヴァンにも可愛がられた。


 先祖返りとして生まれただけの幼子が注目を集め、すぐに政治的なことも動き出した。

 ラストは特別だ。


 ベギーオに取り入ることに失敗した人やベギーオに気に入られなかった人はラストを王様にと担ぎ出そうとした。

 先祖返りで才能があるなら自然な流れなのだけどベギーオからするとこれまで安泰に思えた王様への道がひどく揺らいで、自分の地位を脅かされることになった。


 ベギーオを未来の王だと担いでいた人たちも態度が変わった。

 より擦り寄ってくるか、冷たく手のひらを返すか両極端になった。


 まだ分からない以上は完全に突き放されることもなかったが周りはベギーオに対してイエスマンしか居なくなった。

 怒られることも咎められることもない。


 けれどベギーオ本人にも手が出せないところで王位争いは加熱する。

 これまで優しくて立派な王様になりなさいと言ってくれていた母親までもが変わり始めた。


 優しかった母親は目が普通ではなくなり、ベギーオの肩を強く掴んで絶対王になれと何回も言った。

 王にならなければならない。


 いつしかベギーオの心はガチガチにがんじがらめにされてしまっていた。


 一方でラストはのほほんと暮らしていた。

 末娘だったラストは特に可愛がられ、王位争いにも特に興味がなかった。

 

 ヴィッツなどはそんな大人の醜い争いからラストのことを守ってくれていたし、レストも優しくラストのことを見守っていた。

 ラストだってツラい環境にはあった。


 でも真っ直ぐに育つことができた。


 けれどもベギーオはそんな中で歪んでしまった。


 王にならなければいけない思い込みが膨らみ、ラストを敵視するようになった。

 敵意はやがて恨みになり、そして恨みは殺意に変わった。


 ダンジョンブレイクが起きてしまって大きな失敗をしてしまった。

 全てを失うような失敗をしてベギーオは考えた。


 これは全部ラストのせいだ。


 アイツがいなければ、アイツさえ劣れば、死ねば、生まれなければ。

 黒い考えが胸の中に渦巻き、ダンジョンブレイクの失敗も全てラストの責任であるとベギーオは思い込むことに成功した。


 自分のことは棚に上げて、こんなことになった原因はラストであり、たとえこの先に何があろうともラストだけは許せないとねじ曲がった考えに支配されていた。


「待ってくれよ兄さん、こんなことをやるだなんて聞いてないよ!」


 プジャンは状況をいまいち理解できていなかった。

 この状況を作り出したのはベギーオであり、元々計画されていたものでもない。


 プジャン自身もラストたちと同様にいきなり手紙を受けて呼び出されたのであって、ベギーオが人質をとってラストと対峙するつもりなことは知らなかった。


 自分の領内でのことでもあるし慌てて駆けつけただけなのである。


「うるさい、この無能が!


 誰がお膳立てをしてお前を大領主にしてやったと思っている!


 お前が俺のいう通りにここでラストを消していればこんなことにならずに済んだんだよ!」


「兄さんの言う通りにしたけど奴らは死んでないんだよ。


 ペラフィランなんて魔物はいなかったんだよ!」


 ベギーオの策は上手くいっていた。

 途中までは。


 モノランがリュードたちを襲うことになった悲惨な出来事。

 あれをやったのはプジャンであったのだが、そうするように仕向けたのはベギーオであった。


 最終的にはラストを殺したペラフィランをベギーオが倒すことで実力の証明にもなるし、妹の仇を討ったといういかにもないエピソードまで得られる。

 ただその計算にリュードは存在してなかった。


 たまたま雷の神様の加護を受けていたリュードがいたことであと一歩のところで計画は破綻してしまった。

 未だにプジャンはペラフィランなんておらず、暗殺者たちはペラフィランがいなかったのでしょうがなくラストを暗殺しようとして失敗したと思っている。


 プジャンはその実、能力の高い男ではなかった。

 なのに嫉妬深く虚栄心が高くて自分に合わない地位を欲する野心家だった。


 そこにベギーオは目をつけた。

 実に操りやすかった。


 目の前に餌をぶら下げればなんでもやるし、それを自分の手柄だと勘違いして1人で気持ち良くなっていたので楽だった。

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