孤立1

 せっかくいい雰囲気だったのに台無しだ。

 リュードたちは馬車を飛ばしてラストの領地に来ていた。


 元々レストを迎えに来るつもりだった。

 けれどかなり予定を前倒しして、馬にはかなり無理をしてもらった。


 そうしたのには同然理由がある。


『サキュルレストは預かった。


 無事に返してほしければマガミタ山に来い。


 ただし王や騎士団にこのことを伝えたらサキュルレストの命はないものと思え。


 サキュロベギーオ』


 矢に結び付けられていた手紙の内容。

 姿をくらましたベギーオからのものでレストを誘拐してラストを誘い出そうとしているものであった。


 マガミタ山とはリュードも知っている山だ。

 ペラフィラン、もといモノランが住んでいる山のことで山頂にモノランがいることを除けば周りに人や魔物はおらず、寄ってもこない隠れるのに最適な場所である。


 真っ直ぐにマガミタ山に向かわないでラストの領地に来たのは確かめるため。

 前触れもなく怒りの表情を浮かべて帰ってきたラストに使用人たちは驚いていた。


 誘拐してないけど誘拐したと嘘でラストを誘導している可能性もある。

 そのために一度屋敷に立ち寄ったのだ。


 使用人たちはすっかり困り果ててしまっていた。

 ラストは大人の試練のためにいないし、レストは数日前からいきなりいなくなって行方知れずだからだった。


 処理すべき案件も溜まっているが使用人ではどうしようもない。

 レストのことは探しているが誰も何も聞いてなければ行き先も知らなかった。


 手紙の内容はハッタリではない。


「こんなやり方許せない。


 俺たちにも手伝わさせてくれ」


 リュードはラストが何かを言う前に自分から申し出た。

 近々捕まるか、逃げ切るだろうと思っていたベギーオがまさかこんなことをしでかすなんて思いもしなかった。


 レストは知らない仲じゃない。

 ラストの姉だし、誘拐して人を誘き出そうとするなんて卑怯なやり方に怒りが湧いてくる。


 レストだって腹違いであってもベギーオの兄妹であるはずなのに、よくこんなことができるものだ。


「……うん、私からもお願い。


 お姉ちゃんを助けるの手伝って」


 迷った時間はほんの一瞬だった。

 嫌だと言っても、断ったとしてもリュードたちがこんなことを見逃すはずがない。


 こんなことをしておいて話し合いで解決する気はベギーオにはないと誰でも分かる。

 自分だけで解決できる問題ではない。


 リュードとルフォンの手助けがあるなら心強く、ベギーオも仲間を連れてくるなとは言っていない。


「私も……」


「それはダメ」


 クゼナもレストのことは友人だと思っている。

 ラストほどクゼナとレストの仲は良くなくても、クゼナがラストを大事にしてくれていたことは知っているのでレストはクゼナのことを大切な友達だと思っている。


 クゼナもレストを助けに行きたい。

 だけどクゼナには石化病があって、まだ完治していない。


 灰色の足はまた固くなり始めていて、無理をすれば折れてしまうかもしれない。


「嫌よ!


 私にも手伝わさせてよ!」


「クゼナにはお願いしたいことがあるんだ」


「……なに?」


「私の領地をお願い」


 足が悪い以上クゼナが一緒に来ることはリスクであり、足手まといになってしまう。

 でもクゼナにはクゼナしかできないことがある。


 レストがいなくなって数日が経って領地の経営は滞りつつあった。

 文官として処理できる仕事を処理する人はいても好き勝手に出来るものではない。


 誰かがこの溜まった仕事を回していかなきゃいけない。

 けれどラストはすぐにでもレストの元に向かわなきゃならず、レストは誘拐されてていない。


 信頼できる身内はおらず、どちらも立てられない状況に見えるがクゼナがいる。


 兄であるユゼナがプジャンに領地を奪われる前はユゼナが中心となって、クゼナがその補助をしていた。

 領地経営の心得はクゼナにもある。


「私やお姉ちゃんの代わりに領地を任せられる人はクゼナしかいないの。


 だからお願い。

 私の領地を守ってほしい」


「…………ラスト、強くなったね」


 頭を下げるラストにクゼナはうなずいて答える。

 ラストは少し見ない間にすごく強い子になっていた。


 力の話ではない。

 クゼナが連れていけない理由をクゼナの出来ることで傷つけないように考え出した。


 素直に頭を下げて最後は真っ直ぐにクゼナの目を見据えた。


 昔は物静かでお人形さんみたいな子だった。

 環境がそうさせたのか人と目を合わせることをしなくて、自分の意思を貫き通すことが苦手だった。


 クゼナが少し強く見つめるとすぐに折れてしまうような繊細なラストはいなくなってしまった。


 今はしっかりと自分の意思を伝えて、クゼナの目を見返して信頼し、そんな姿にクゼナもラストを信頼した。


 自分にしかできないこと。

 そんな風に言われては断ることもできない。


「分かったよ。


 ラストの領地は私に任せて。


 だけど絶対に、レストを助けてね」


 石化病が治っていたらとは思わずにはいられない。

 足手まといになってしまうのはクゼナとしても本望ではない。


 レストとラストのピンチに自分で出て行きたいと思わずにはいられないのだ。


 しかし側にいるだけが助けるということではない。

 今はリュードやルフォン、ヴィッツがラストの側にいる。


 ならばとクゼナは思う。

 自分の出来ることでラストを助ける。


 少しでもラストが領地のことを心配せずにレストのために全力を尽くせるように、クゼナは自分の出来ることでラストを助けようと思った。


「必ず助けて戻ってくるよ。


 そしたら今度こそ王城に行ってお祝いしよ」


「うん。


 ……ラストとレストの2人を頼みます」


 石化病を治す方法も見つけてくれたこの2人なら。

 頼れるのはこの2人しかいないけどこの2人に頼れるならきっと大丈夫。


 クゼナはリュードとルフォンの2人に頭を下げた。

 馬車の中でもラストは自慢げにリュードのことを話していた。


「任せとけ。


 こんな卑怯な野郎に負けはしないさ」


 レストを誘拐するなんてバカな真似をしたものだ。

 大人しく国から出て一生怯えて暮らしていればよかったものを。


 レストを取り戻してベギーオに罪を償わせる。


 クゼナに領地のことを任せてリュードたちはすぐさまマガミタ山に向かって出発した。


「それにしても目的は何だろな」


 クゼナも降りたし全速力で走るためにリュードも馬車の中にいた。

 ラストを呼びつけたいことは分かるのだけどその先をどうしたいのか理解に苦しむ。


 問題を起こした挙句に逃げ出したのはベギーオでそれらラストのせいじゃない。

 ラストに何かをしたとしてもベギーオが許されることはなく、むしろ罪は重たくなってしまう。


 国内に留まれば留まるほどにベギーオのリスクは上がっていくのに最終的な目的はどこにあるのだろうか。


 まさかラストを人質に王様と交渉でもする気なのかと考えてみるけどどれも無理がある話で、丸く収まりそうな答えは出てこない。


 王様であるヴァンが特に可愛がっているラストに手を出せば残った慈悲すらなくベギーオは窮地に追い込まれることは目に見えている。

 狂人の考えは理解し難い。


 リュードはため息をついた。


 ベギーオを倒してレストを助ける。

 そして全てを終わらせて美味いもんをたらふく食べるのだ。


 徒歩では何日もかかった道のりでも馬を使えば早い。

 ずっと走り通しで馬にはかなり無理をさせることになってしまったが渓谷手前の町までかなり早く来ることができた。


 そこで宿を取り、馬車と馬を預ける。


 どの道山は馬車で登っていくことができないのでここで置いていき、残りは徒歩で移動することにした。

 休憩もそこそこにマガミタ山に向かった。

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