灰色の汗と白い肌1

 大人の試練は全て乗り越えた。

 ツィツィナが報告を上げ、国で認められた。


 ラストは血人族の大人となったのである。

 長かったラストの旅も終わりを迎えるのだが、やるべきことはまだ残っている。


 最後のダンジョンを終えたラストたち一行は一度王城に戻ってヴァンに報告した。

 今度は謁見するための場所で多くの人に見られながらの報告となり、ヴァンもラストを抱き上げて喜びを伝えたいのを抑えて満足げにうなずくだけにした。


 そして1夜だけ休んで大きな馬車を借りて王城から出発した。

 向かうはクゼナのいるプジャンの領地である。


 結局最後の最後までクゼナのことは後回しにしてしまったがなんの策もなかったのではない。

 ようやくクゼナを堂々と連れ出す口実が出来た。


 ラスト成人のお祝いである。

 プジャンでも逆らえない相手は当然父親である国王になる。


 王様主催でラストの祝賀会を開き、クゼナを招待することとなればプジャンを止めるわけにはいかない。

 名目としては送迎。


 途中で何か起きないとも限らないのでクゼナとレストを直接ラストたちで拾っていこうというのである。

 ラストがヴァンにお願いをしたら二つ返事で祝賀会をやることが決定し、とりあえずラストがクゼナとレストの分の招待状を書き上げて足速にクゼナのところに向かったのであった。


 実はヴァンはクゼナの詳細な病状を知らない。

 不治の病石化病だと知っていればクゼナは王城に連れていかれて治療を受けることになる。


 だけどヴァンにクゼナを治すことはできず、またそうなるとプジャンは薬を渡さないことや自分でなければ進行を遅らせることができないと何かと理由をつけてクゼナを手近に置こうとするだろう。

 知っていても知らなくても同じだがその短い王城での検査の間やプジャンとヴァンの話し合いの間にも石化病は進む。


 今が最も病気の進行が進んでいない時なのだ。

 プジャンにとってもヴァンにバレることはリスクであるし、それでもクゼナは療養中ということにはなっている。


 療養もクゼナが申し出たことになっているでヴァンは細かくは知らない。

 調べれば分かるのだけど病気のことを勝手に細かく調べることはしなかったのである。


 ラストとクゼナが仲がいいことも知っているので祝賀会にクゼナを呼ぶことに周りは違和感を抱きはしない。


 自然とクゼナを連れ出すことができ、しかも王城の方に連れて行ける。

 よくできたアイデアである。


 さっさとクゼナのところに行ってさっさと次に行きたいのだけど、まずはプジャンへの挨拶が先である。

 面倒なマナーだがここで焦ってはことを仕損じてしまう。


 大人の試練を乗り越えたこと、そして祝賀会をやることと招待状、さらにはクゼナも招待することを伝える。

 ラストの状況がどうなっているか知らなかったプジャンは驚きの表情を浮かべて、取り繕うこともできずに目元をひきつらせた。


 兄であるベギーオの領地で大事件が起きたことはその余波がプジャンの領地にも及んでいて、仕事が増えたから知っている。

 嫌な予感はしていたがまさかラストが無事に大人の試練を乗り越えてしまうことは予想外であった。


 しかもクゼナを連れ出すなんてと思ったが招待状には王様のサインが書いてある。

 自分はともかくクゼナが拒否することは難しい招待となっている。


 プジャンがどうするかは目に見えて分かっている。

 なので無理に来ることはないとだけ最後に伝えて屋敷を後にした。


「チッ……」


 盛大に舌打ちしてプジャンは招待状を破り捨てた。

 連れて行かれるのは癪だけどどの道自分が用意する薬がなければ石化病でクゼナは死んでしまう。


 連れ出されたところでその期限は薬がなくなるまで。

 それほど長い期間でもなく、最終的に戻らねばならないのだから問題はない。


 招待状も行かないのだから必要ない。

 王様のお誘いとなっているので断るのには正当な理由が必要だけどちょうどまだベギーオの領地で起きたダンジョンブレイクの余波による仕事が多く残っている。


 領地維持のため仕事があると断りを入れてもウソではないし、それで何かを咎められはしない。

 浅はかなやり方。


 せいぜい楽しむがいいとプジャンは破り捨てた招待状を片付けるように部下に指示をした。


「あんな顔したプジャン初めて見た」


 クスクスと笑うラスト。


 目があるのか分からないほど細目のプジャンの中の瞳を初めてみた気がした。

 面倒だと思った挨拶もあんな驚いた顔を見るなら悪くないとラストは思った。


 大領主ともなると表情に感情を出さないものだけど驚きを隠せないぐらいにラストのやり遂げたことはすごかったのだ。


 怒りの感情を見せなかったのでプジャンはまだ自分が上であるとでも思っている。

 しかしプジャンはモノランに狙われていることを知らず、そのために王城に捜査されていることも知らない。


 まな板の上の鯉とでもいうのか。

 知らないというのは幸せなことである。


「ラスト!」


「クゼナ!」


 ベッドの上のクゼナとラストが抱擁を交わす。

 病床に伏せるクゼナのところまでは外の話があまり入ってこない。


 プジャンの手の者も多いので無駄な話をクゼナの前ですることも少ない。

 大事件のダンジョンブレイクのことでさえもつい先日聞いたばかりだった。


 多分ラストのことと関係がある。

 ダンジョンブレイクの顛末さえも知らなかったクゼナはラストのことを心配していた。


「体は大丈夫?」


 ペタペタとラストの体を触って無事を確かめる。

 ラストぐらい健康体でいて欲しいとクゼナは本気で思っている。


 元気そうなのは見て分かったけれど確かめずにはいられなかった。


「私は大丈夫……くすぐったいよ。


 クゼナの方こそ体はどう?」


「大人しくしてたから薬はちゃんともらえてる。


 だから病気も大きくは進行してないから元気だよ」


 ラストと会って以来、ラストの計画に気づかれてはならないとクゼナは特におとなしくしていた。

 プジャンはそんなしおらしくしているクゼナに満足して何も疑わなかった。


 薬もいつも通りもらって飲んでいたのでほんのちょっと石化した部分が広がったぐらいでほとんど変化はなかった。

 まあダンジョンブレイクのおかげでプジャンも忙しくてクゼナを気にかける暇もなかったのもある。


 ラストは大人の試練を乗り越えたこととそれに伴って祝賀会を開くのでクゼナを王城に連れて行くことを話した。


 プジャンにも報告済みで気兼ねなく出発出来ることもちゃんと伝えておく。


「ラスト……おめでとう!」


 自分の治療のことよりもまずラストが大人の試練を乗り越えられたことのお祝いを述べるクゼナ。

 ラストの手を握りしめて、うるっとして泣きそうになっている。


「へへっ、ありがとう。


 あとはクゼナを治すだけだね」


 クゼナは自分のせいでラストが大人の試練を失敗することになったらどうしようと思っていた。

 これで完全に憂いはなくなった。


「私も準備は必要だし時間もこんなだから泊まっていく?」


「そうだね。


 そうさせてもらおうかな」


 時間的には昼時を過ぎたぐらい。

 出発に遅すぎることはないけれどクゼナにも出発する準備というものが必要だ。


 今から準備して出発となると遅い時間になってしまう。

 早急に準備をして、明日出発するのが賢いやり方である。


「……じゃあどうだ、もう治療を始めてみないか?」


 リュードがニヤリと笑う。

 実際のところクゼナの準備はそんなに時間もかからないとは思う。


 それにやるのはクゼナが動けないのでクゼナに使える使用人がやる。


 半日リュードたちはクゼナも含めてフリーであることが確定している。

 軽く石化病の治療を始めちゃってもいいのではないかと考えた。


 王城についてから治療を始めてもいいのだけど、一回二回で終わる治療でもなく、複数回分けて経過観察もする必要がある。

 あまり長時間留め置くとプジャンに怪しまれる可能性が高くなるので今からやれるならやっておけば後々楽になる。


 あとは薬の加減も見て首都に戻ったら調整し直すべきかどうかも見ておかねばならない。

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