灰色の汗と白い肌2

「どう、クゼナ?」


「……うん、やってみる」


 どうせ今やれることは少ない。

 治すことが本当に可能なのか不安だし、得体の知れない針治療なる方法に対しても不安がある。


 でもいつかやらなきゃいけない。

 ならば今やって後でやっても同じだ。


 ここで一歩を踏み出さねばならないのだ。


「1つやる前に言っておくべきことがある。


 針治療はここでは俺しかできないから、俺が針治療をやることになる」


「うん、それは知ってる」


「その……裸になってもらうことが必要なんだけど、それは大丈夫か?」


「はぁ?」


「リューちゃん?」

 

「えっ、ええ?


 裸!?」


 3人が動揺を見せる。

 いや、リュードも動揺している。


 聞いてないと全員が叫びそうになる。

 言い出しにくくて、言い出せなくて、いつしか忘れていた。


「ちゃ、ちゃんと大事なところは隠してもらうから!


 ただ服の上からだとちょっと難しいんだ!」


 村にいた爺さんクラスならそれも可能かもしれないけどリュードにはとてもそんな芸当はできない。

 それに針に薬を塗る都合上布の上からでは薬が拭われてしまう。


「よくないけどクゼナのためだからしょうがないけど針治療2人きりでは絶対にやらせないかんね?」


「私も側で監視するから」


「信用ないなぁ」


「えっ、私の意思は?」


 裸になるのはクゼナなのに、なぜかやる前提でラストとルフォンが答える。

 病気の女の子を治療と称して襲うようなゲスな真似をするケダモノではないことは2人にも分かっている。


 それでもリュードも若いオス。

 普段はそうした一面を見せることがないのでふとした瞬間に欲望に支配されてしまうことだってないとは言い切れない。


 クゼナも2人ほどではなくてもそれなりに美形な顔出しをしている。

 ラストの姉妹、ヴァンの娘なら美形なことも当然である。


 触るまでいかなくても見るぐらいの魔がさしてしまう可能性が少しでもあるなら監視すべきだ。

 なんだかちょっと険しくなった2人の顔に少しショックを受けたリュードだった。


 リュードとしても手伝ってもらうつもりだったし、やましいことがなくてもやましいことがあったなんて冤罪の疑いをかけられても困るのでいてくれると助かるとは思っていた。


「じゃあ準備して始めようか」


「準備って何が必要?」


「清潔なタオル……かな?」


「私まだ裸になっていいって言ってないよー?」


「タオルね、オッケー。


 ほら、リュードは出てって。

 脱ぐとこまで一緒にいることないでしょ」


「おーい…………はぁ、やるっきゃないか」


 最終的にため息をついてクゼナも治療を始めることに同意する。

 やるつもりだったのだからそれが変わらないだけの話。


 近い年齢の男性に肌を晒すことは非常に恥ずかしいことであるけれど治療のためだと自分に言い聞かせる。


 リュードと実はひっそりといたヴィッツは部屋を追い出される。

 ラストがクゼナの味方であるメイドさんに王城へ行く準備ととりあえず清潔なタオルの用意をお願いする。


「治療にかこつけてうら若き女性の肌を見られるとは役得ですな?」


「冗談でもやめてください……」


 そんな風に言われると意識してしまう。

 考えていなかったのに言われてしまったのでもう考えずにはいられなくなる。


 リュードだって集中しなきゃいけないのに。


 あくまでも健全たる治療だけどリュードも健全たる男子なのである。


 目をつぶって頭の中から邪念を追い出す。

 時間もかからずラストが準備ができたと呼びにきたので薬と針を持ってクゼナの部屋に向かう。


「あ、あんまり見ないでくださいね!」


 ベッドの上で一糸纏わぬ姿となり、仰向けで真っ直ぐ体を伸ばしているクゼナ。

 胸など大事なところはタオルを被せてあるが薄布一枚では裸と変わりない。


 なぜかピンと体の横に手をつけて気をつけでもするようにしているクゼナは顔を真っ赤にしている。


「その……ごめん。


 まずは仰向けじゃなくてうつ伏せでいいんだ」


「……2人の馬鹿ぁー!」


 プルプルと震えて泣きそうな顔をして叫ぶクゼナ。

 体を起こすとタオルがはだけてしまうので下手に動くこともできない。


 リュードを早々に追い出して準備を進めたのはラストとルフォンである。

 聞けばよかったのにとりあえず仰向けだろうとよくも分からずに進めてしまって、クゼナにもそうするように言った。


 リュードもリュードで伝えなかった責任はあるけれど準備を始めてしまったので勝手に部屋に入るわけにもいかず、ヴィッツの余計な一言のせいで集中力を高めるのに時間を使ってしまった。


 仰向けでやることもあるのだけど、今回は恥ずかしさとあるだろうし背中からやっていこうと思っていた。

 仰向けで受けたいなら別にリュードは構わないけどきっとうつ伏せの方がいいだろう。


 パッと顔を隠したクゼナは首まで真っ赤になっている。

 石化する前に恥ずかしさで死んでしまいそう、あるいは死んでしまいたいぐらいの気持ちであった。


 何回も部屋に出入りするとプジャンの監視に気づかれるかもしれない。

 リュードは後ろを向かされて目を瞑る。


 ゴソゴソと音がしてクゼナが体をうつ伏せにする。


「よし、完璧!」


「完璧!じゃないわよ!


 後で覚えときなさいよ!」


「も、もう大丈夫か?」


「はい…………もうどうにでもしてください…………」


 よかったといえばよかった。

 極度の緊張でガチガチになっていたのが多少ほぐれた。


「とりあえず、まずは顔をこっちに向けて」


「顔、こう?」


「ん、そう」


 まだ顔が熱くてあんまり見られたくないけどわがままも言ってられない。

 このまま枕に顔を押し付けていたかったけどリュードの言う通り横を向いて頬をさらけ出す。


「まずはここからだ。


 痛いかもしれないけど我慢しろよ」


 痛いなんて聞いてないぞ。

 そう口を開きかけたクゼの頬に何かが触れた。


 頬の石のところ。

 石のところは感覚がないのだけどその周りは感覚がある。


 何かが頬に触れている。

 リュードはハケに薬をつけると慎重に石の部分にだけ薬を塗り込む。


「……んっ…………」


「……よしっ」


 変化が見られず失敗も頭をよぎった瞬間、少しだけ頬の石化部分が小さくなった。


「どうだ、大丈夫か?」


 薬が体にどんな影響を及ぼすかリュードには分からない。

 もしかしら痛みがあるかもしれないと思って先程は警告しておいたのである。


「うん……なんていうのかな、頬がすごく熱いような感じがするけど痛くはないよ。


 まだ我慢できるかな」


 何か熱いものでも頬に押し付けられているようだ。

 痛みよりも熱さに近い感覚が頬にあって、クゼナは顔を歪めた。


 頬を拭い去ってしまいたい衝動に駆られるが枕を握りしめてグッと我慢する。


「す、すごいじゃんリュード!」


「うん……うん!


 良さそうだな!」


「な、なになになに!?


 どうなってんの。

 教えてよ!」


 自分の頬の上の出来事。

 当の本人のクゼナにはその変化が見えていなかった。


 小さくなり始めたら早かった。

 みるみる間に頬の石化部分は小さくなっていき、頬には灰色の液体が付着して残されていた。


 それをラストが慎重に拭き取ってやると、そこは薄く赤くなったクゼナの肌であった。

 

 石化の治療が成功している!

 ラストは1人大喜びで目を輝かせている。


「どうやら薬は本物みたいだな。


 ルフォン、ラスト、これを石化しているところに直接塗ってくれないか」


 足を見ると際どいところまで石化してしまっている。

 おそらくちゃんと薬を塗るのにリュードではダメだ。


 リュードは安全策を取って2人に任せることにして針の用意に取り掛かった。

 薬が効くとわかれば、リュードからしてみればここからが本番である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る