最後の挑戦6

 うまく注意がラストの方に向き、ゴーレムが腕を振り上げて襲いかかる。

 動きは重鈍。十分な広さのあるボス部屋ではラストを捉えることはできない。


 攻撃する意思を見せるためにムチを叩きつける。

 ゴーレムに対してダメージにはならないが戦うつもりがあって敵であるとしっかり見せつけることができる。


 そうしてラストが2体のゴーレムの気を引いてくれている間にリュードが後ろに回る。

 リュードが後ろに回ったのを見てラストも単純な回避から少しだけ知恵を働かせる。


 敵対せず同じくラストに襲いかかるゴーレムであるがその動きは協力や連携しているものではない。

 それぞれのゴーレムが好き勝手に動いてラストに攻撃している。


 ラストは上手くゴーレムの攻撃のタイミングや方向をコントロールして、ゴーレム同士をぶつけた。

 バランスが崩れるゴーレム。


 リュードが後ろから大きく剣を振った。

 狙うはスノーゴーレム。


 メルトロックゴーレムよりも柔らかく、切りやすいから先に倒してしまう。

 袈裟斬りにされたスノーゴーレムは上半身と下半身がズレていき、二つに分かれて地面に倒れる。


 脅威にならないラストと脅威になるリュード。

 すぐさまメルトロックゴーレムはリュードの方を敵とした。


「下半身!」


「分かった!」


 ターゲットから外れたラストはジッとスノーゴーレムの倒れた体を見ていた。

 大きくてもゴーレム。倒すにはコアを狙わなきゃいけない。


 ただ二つにしただけでは倒したことにならず、魔力の粒子となって消えもしない。

 最初は動かなかったスノーゴーレムだけど見ていると足がズズズと動いた。


 下半身が動いて再生しようとしている。

 つまりコアは下半身にある。


 コアの正確な位置を把握するのはリュードとラストにはできない。

 真魔大戦ぐらいの頃にいた魔法が得意で感知能力に長けた人なら大まかな場所は感知することができただろう。


 リュードはメルトロックゴーレムの攻撃の間を縫って倒れたスノーゴーレムをさらにそれぞれの足に両断する。

 コアの場所が判別できないからやたらめったらと攻撃してコアに当たることを期待するのはナンセンスだ。


 このようにゴーレムは切られたりしてもコアがある限りは動き、再生してしまう。

 けれど動いたり再生したりするのはコアがあるところだけなのでこうして分解して観察しているとどこの部分にコアがあるのかは分かる。


 今度は左足が動き、コアの場所が段々と特定されていく。

 再生力も高くないので切っては観察を繰り返し、手のひら大までスノーゴーレムはリュードに切り刻まれた。


 そろそろ出てきてもいいと思ってさらにスノーゴーレムを割ると、剣が固いものにぶつかる感触があった。

 地面にぶつけたのではない。


 みると白い断面に丸い琥珀色の断面も混ざっている。

 上手いことゴーレムの角も一緒に叩き切った。


 途端に残っていたスノーゴーレムのバラバラにされた体が溶けていき、そして魔力の粒子となる。


「さて、残るは1体だな!」


 もうこうなるとメルトロックゴーレムも敵ではない。

 最後なので出し惜しみもしない。


 ラストの矢がメルトロックゴーレムの肩に当たって爆発する。

 腕が吹き飛んで倒れかけたメルトロックゴーレムにリュードが素早く近づいて真横に切断する。


「これが最後か……」


 思わず呟く。

 早く終わらせたかった大人の試練。


 大人として認められたかったけどきっと無理だろうと諦めていた大人の試練がとうとう終わりを迎えようとしている。


(なんで……?)


 終わるのは嬉しいこと。

 ようやく乗り越えられるはずなのに。


 胸が痛い。


 ギュッと何かに掴まれでもしたかのように胸が締め付けられて、終わりだと考えることを頭が拒否する。

 訳が分からない。


 なんで。こんなダンジョンさっさと終わらせて、自分は周りからも大人として認められるんだ。


「どうして……」


「ラスト!」


「キャッ!」


 腕を掴んでリュードがラストを引き寄せる。

 上半身と下半身どちらが動くか見ていたら最後の抵抗なのかメルトロックゴーレムが腕を振り回した。


 ボンヤリとしていたラストに当たりそうだったのでリュードはラストを引っ張った。


「おいっ、戦いの最中だぞ。


 大丈夫か?

 何かケガでもしてたのか?」


 リュードの胸に抱かれるような体勢になっている。

 心配そうな顔をしているリュードを見上げて、不思議な感情の理由が分かった。


「ラスト?


 本当に大丈夫か?」


 リュードの顔を見ることができなくてトンと胸に顔を預けた。


 終わってほしくないんだ。


 ラストは気づいた。

 まだクゼナの件が残っているとは言ってもリュードが一緒にいてくれたのは大人の試練を手伝ってくれるためだ。


 大人の試練が終わればリュードとはお別れとなる。


 それが大人の試練を乗り越えられる喜びよりも上回って嫌なのだ。

 嫌で苦しくて、寂しくて、別れを迎えたくなくて、自分は何とワガママな子なのか。


 自分がとても悪い子になってしまった気がする。


 この期に及んで大人の試練が終わらなければいいのにと思ってしまった。

 大人の試練を終わらせるためにリュードは必死に頑張ってくれているのに、ラストはそんな時間が終わってほしくないと考えている。


 頬が熱くて、少しだけ泣きそうです。

 今まで生きてきてこんなにワガママなことを考えたことがあっただろうか。


 ラストの様子がおかしいこともリュードはわかっているけど何も言わない。

 震えるラストに何かがあった。


 ラストが自ら言う前に聞き出そうとするのは野暮である。


 ラストが落ち着くまで待った。

 その間、幸いにもメルトロックゴーレムは腕を振り回すだけで再生まで出来なかった。


 これまでと同じようにメルトロックゴーレムを細かくしていく。

 もはや作業と変わりない。


「おっと」


 元は左胸付近だったところ。

 切ると中から赤っぽい拳ぐらいの球が転がり落ちてきた。


 メルトロックゴーレムの中から出てきた球なので少し警戒して触ってみたけれど熱くはなかった。

 これがメルトロックゴーレムの弱点であるコアだった。


「はい、これで終わりだ」


 リュードはコアをラストに手渡す。

 メルトロックゴーレムの体が少しずつコアの方に動きいてきていて気持ちが悪い。


「……大丈夫か?」


 沈痛な面持ちのラストはリュードの問いかけにゆっくりとうなずく。

 もう終わりは止められない。


 ここまできたら終わってしまうのだ。


「……長々と…………苦労させやがってー!」


 ちゃんと終わらせよう。

 ここで終わらせたくなくても終わらせなきゃいけないのだから。


 ラストは思い切り叫んでメルトロックゴーレムのコアを全力投球した。

 壁に叩きつけられてコアが砕ける。


 ガラスが割れるような音がしてコアが壊れて地面に散らばる。

 動いていたメルトロックゴーレムの破片たちの動きも止まり、一瞬周りが静まり返る。


 そしてメルトロックゴーレムが魔力の粒子となってダンジョンに還りはじめる。


 そこら中にバラバラになったメルトロックゴーレムの破片が落ちているので魔力の粒子に包まれて、幻想的な光景が短い間だけど繰り広げられた。

 まるで攻略をダンジョンが祝福してくれているようであった。


「おめでとうございます!


 ……んん、どうかしましたか?」


 ボス部屋の扉が開いて、興奮したツィツィナが飛び込んでくる。

 道中も含めて文句のつけようのない完璧な攻略だった。


 喜んでいるだろうと思ったのだけどラストはなんだか考え込んだ表情をして、ツィツィナの予想とは全く違ったリアクションをしていた。


「なんでもないさ。


 終わることには喜びもあるけど、寂しさだって感じる奴もいる」


 ちょっと当たりだけどちょっと違うリュードのフォロー。

 ラストの胸の内にあるのが寂しさだけでないことはリュードにも分かっていない。


 だがしかし、これで終わりではない。

 帰るまでが遠足という。


 これがゲームなら外までテレポートでも出来る魔法でも出現するかもしれないけど現実は甘くない。

 地下13階から地上まで戻らなきゃいけないのである。


「そうだね……無事に帰ってこそ、終わり……だね」


 階段の位置は入っている間には変わらない。

 それに上る方は壁際、端にあるし場所も覚えているので簡単に見つけられる。


 ボスが倒されたからか魔物も出てこなくて、溶岩地帯と雪原の暑さ寒さ以外は問題もなく進むことができた。


「う……暗っ」


「あっ、帰ってきたよ!」


 中が明るいというのも考えものだ。

 ダンジョンから出てみると辺りは暗く、ルフォンたちは近くで野営していた。


 もう真夜中。朝が近づいてきている時間であった。


 つまりほとんど丸一日の時間が経ってしまっていたのである。


「どうりで、眠くて、腹が減っているわけだ」


「ルフォン、私やったよ!」


 ダンジョンから出るまでの間にラストの様子は普通に戻っていた。


「おめでとー!」


 抱き合う2人。

 こうしてラストの大人の試練は幕を閉じたのであった。

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