甘いケーキと苦い薬1
ラストの父親にも挨拶したし早速大人の試練に向かう、前にやることがある。
忘れてはならないクゼナの治療薬作りである。
泊まった次の日に合流してきたヴィッツが見つけてきた場所は元薬の研究施設で資金の問題から差し押さえられて貸施設となっているところで設備は完璧だった。
民間が貸していて金を払えば特に他には何も言ってこないので邪魔をされる心配もない。
必要な薬草は首都なので物流も多く様々な種類が取り揃えてあって比較的珍しめな薬草も簡単に手に入れることができた。
イェミェンについてもリュードたちがミノタウロスを討伐している間にヴィッツに細かく刻んで乾燥させておいてもらった。
魔物の皮で作った厚手の手袋やゴーグルを着けて、リュードは研究所に1人でいた。
ルフォンも薬作りに関してリュードを手伝っていたこともないこともないのだけど鼻が良すぎて薬の調合作業にはあまり向いていなかった。
ラストは薬学の知識がないのでいても役に立たず、ヴィッツは2人に付いているように頼んだ。
「じゃーいくよ、ルフォン!」
なのでルフォンたちは今リュードとは別行動をしている。
葉っぱと格闘するリュードを他所にラストの提案で町に繰り出しているのであった。
リュードの治療薬作りが終わらない事にはラストも大人の試練には向かえない。
ただ城にいても暇なだけなので羽を伸ばす事にしたのである。
まさか王様のお膝元でラストを狙うような愚か者はおるまい。
「その前に……付いてきすぎ!」
せっかく自由に歩けると思ったのにラストの周りには大勢の兵士。
ヴァンが付けた護衛の兵士たちであるが人数も多く3人を取り囲むように守っているので物々しすぎて気楽なお出かけとは言えない。
こんな風に兵士に囲まれていては逆に目立ってしまうし周りの人も引いてしまう。
以前にレヴィアンが護衛を撒いていたがその気持ちが分かってしまうようである。
「しかし命令ですので……」
「ヤダ。
これじゃ楽しくない」
「そう言われましても……」
「それではどうでしょう、2人ほど近くで護衛するものを選び、残りは少し離れて待機するということにするのは」
兵士だって王様からの命令な以上引き下がれない。
互いに引かずぶつかり合う両者にヴィッツが折衷案を出す。
周りを威圧しない程度の護衛は近くに置いて、何か有事があれば飛んで来られるように他の護衛も少し離れたところに待機させておく。
「ううむ……わかりました。
我々としても撒かれては大変ですしヴィッツ殿の言う通りにいたしましょう」
渋々といった表情で兵士がうなずく。
王都で狼藉を働く阿呆がいるとは考えにくい。
ヴィッツが実力者であることは兵士も知っているし、ヴィッツと何人か側に護衛がいれば問題の対処もできる。
もし対処しきれなくても他の兵士が来るまでの時間も稼ぐことはできるはずだ。
「ツィツィナです。
よろしくお願いします」
「ユーディカでっす!
お2人を護衛させていただきます!」
側に付く護衛の選任が始まったのだがラストはそこにも口を出した。
顔や体格がゴツくて目立つ人は嫌。
そこでも多少の衝突はあったものの兵士側が折れる形となって、ラストが指名した2人が護衛につく事になった。
血人族のツィツィナと猫人族のユーディカである。
どちらも女性兵士で装備はしているが冒険者も多くいる町なので悪目立ちすることはない。
2人とも女性ながら兵士内での評価も高く護衛に付けるにしても及第点の腕を持っていたので2人を護衛にすることを受け入れられた。
ラストの方が指定したので当然文句もなく、護衛の役割もちゃんと期待することもできる。
現時点での人員で出来るベストな人選である。
ツィツィナはラストと同じ血人族であるが血の濃さが違う。
容姿の特徴としては似ているのだけれどラストの方がより顕著であった。
顔の造形は個々人のものなので当然に違うけれど真っ白に見える髪もラストの方が透き通ったような白さで、赤い瞳もツィツィナは黒っぽくくすんだ赤色であった。
先祖返りであるラストは特別血が濃いこともある。
それに血人族も世代が進んで他の種族の血が入ったりして純粋な血人族の血よりも薄まっていることがあるのである。
王族であり、血統が守られているレストやヴァンにしてもツィツィナよりもこうした特徴が鮮やかである傾向にはあった。
ユーディカは明るい茶色の毛色をした猫のようなケモミミがある獣人族の女性である。
獣人族の中でも猫人族と呼ばれる種族で軽い身のこなしが得意。
ツィツィナとユーディカは対照的に見えた。
いかにも真面目でピシッとしているツィツィナとニコニコと柔らかい態度のユーディカ。
ただ心のうちに抱える思いは同じだった。
王族の護衛。
ある種の重要任務に2人は燃えていた。
問題が起きないことが1番ではあるけれど問題が起きて、それをうまく乗り越えられれば大きな評価に繋がる。
こんなチャンスそうそう巡ってくるものではない。
若干話がこじれているので無難にこなすだけでも評価はされるはず。
「よろしくね、2人とも。
それじゃあ今度こそいくぞー!」
意気揚々と歩き出すラスト。
ちょっと離れたところに待機する話なのに周りを囲まないだけでそのまま少し後ろを付いてくる兵士たちとの再びの衝突はあった。
けれど兵士たちがもうちょっと距離を空けてわかりにくくついてくることでどうにか妥協したのであった。
ラストが向かったのは町でも有名なケーキのお店であった。
前々からチェックしていた。
王都から離れたラストのところにまで評判は聞こえてきていたのでいつか行ってみたいと思っていたのだ。
ドアベルが鳴ってラストたち5人が中に入る。
可愛らしさもありつつ落ち着いた店内。
ガラスで作られたケースの中には様々なケーキが並んでいた。
ディスプレイされたケーキは色とりどりでどれも美味しそう。
「どれにする?」
「えっ、食べるの?」
「もー、ここまできて何言ってんのさ!」
とりあえず付いてきていたルフォンは自分も食べるだなんて思ってなかった。
お金は持ってきているけどラストが来たかったお店だし高そうだしで眺めるだけになりそうだと思っていた。
村社会で生きてきて買い食いとかこうした経験のないルフォンはどうしたらいいのか分かっていなかった。
「ふふっだいじょーぶ。
ここは私の奢りだしリュードが結構お金持ちぃなことは知ってるのだよ。
仮にルフォンが払ったとしてもこんなところでお金使ったって怒りゃしないって」
「そうかな……」
実はルフォンもケーキ食べたい。
ジーッとケーキを見つめたままルフォンがここの中でした葛藤は一瞬だった。
「そうだね!」
「よしよし、どれにする?」
「これだけたくさんあると迷っちゃうよ〜」
念願のお店、しかも友達と。
ラストは食べる前から楽しくて、嬉しくてしょうがなかった。
ルフォンも美しいとも思えるケーキの前にフリフリと尻尾を振っている。
美味しそうだし、ルフォンから見ると作り方も気になる。
許されるなら全部食べてみたい。
けれどそんなにたくさんのケーキも食べられない。
目を輝かせてケーキを眺める2人は年相応の女の子であった。
「どれにする……ハッ!」
これからの予定もある。
ここでケーキだけでお腹いっぱいにも出来ない。
多くあるケーキの中から選ばなきゃいけない悩ましさの中でラストは閃いた。
「……2人は甘いもの、好き?」
ラストやルフォン、あるいは外の警戒ではなくてケースの中のケーキを凝視してしまっているユーディカ。
このケーキ屋は女性兵士の間でも超有名店。
憧れで、お金を貯めて剣を買うかケーキを買うかで論争になるほどのお店なのである。
買わないのに店内に入れるはずもなくてケーキすら見ることも滅多に出来ないので思わず自分ならどれを選ぶか目がいってしまっていた。
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