甘いケーキと苦い薬2

「私たちは護衛ですので……」


「甘いものは私もツィツィナも大好きです!」


「ユーディカ!」


「甘いものが好きかどうか聞かれただけじゃにゃーい。


 答えない方が失礼ってもんよ」


「ツィツィナさんも甘いもの好きなの?」


「私は……はい、私も好きです」


 ただ聞いただけではない。

 そう思いながらも質問の意図を勝手に曲解して答えないのも確かに失礼だとツィツィナも答える。


 ニマァとラストが笑う。


「いろんな種類食べてみたいんだけど私たち2人じゃそんなに食べられないと思わない?」


「それはそうかもしれませんね」


 何が言いたいのか薄々勘づくツィツィナ。


「ねぇ、2人も食べない?」


 ラストの閃きとは2人じゃ食べられる数も多くないならもっと人数を増やせばいい。

 ちょうどここにはもう2人女子がいるじゃないか。


「……私たちは護衛ですので」


 一瞬の迷いはあるものの突っぱねたツィツィナ。

 ユーディカは隣で目を見開き、とんでもないものを見る目でツィツィナを見ている。


 この2人ではツィツィナの方がユーディカよりも先輩である。

 基本的にはユーディカはツィツィナの判断に従うしかなく、ツィツィナが断ればユーディカにはどうしようもなくなってしまう。


「いいじゃない。


 どうせ私のお父様の支払いよ」


 ちなみにだけどドレスの代金も王様支払いだった。

 いいのかそれでと思うけど王族には品格維持費なる名目の費用があってそこからお金が出ている。


 ラストは自分に割り当てられた費用を使うことがないので有り余っていた。

 ケーキ代金を品格維持費で賄っていいのか突かれるのは痛いがそんなことをついてくる人はいない。


「いえ、仕事ですので」


(……すごい顔してる)


 キッパリ断るツィツィナの後ろでユーディカがすごい顔をしていることがルフォンには気になっていた。


「うー……じゃあさ、護衛ってことは安全の確保もお仕事なわけでしょ?」


 こんな時ばかりラストは頭の回転が速い。


「ま、まあ、そうですね」


「例えば〜、食べるものの安全も確保しなきゃいけないと思わない?」


「うっ……それは…………そうですね」


「もしかしたらこれから食べるケーキに毒が入っているかもしれないから毒味って必要だと思わない?」


(……面白い顔だな)


 ケーキ屋からするととんでもない物言いだけど今はツィツィナを説得するためだからしょうがない。

 それにラストの言葉も間違いと言えない。


 確かにそうした食べ物に至るまで安全を確保することは護衛として必要なことである。


 流れがラストに傾いている。

 ユーディカの顔が輝き出し、ラストに期待する眼差しを向ける。


 コロコロと豊かに変わる表情が面白くてルフォンはユーディカの方ばかりを見ていた。


「た、確かに。


 毒味……は必要かもしれません、ね」


 ツィツィナも甘いものが好き。

 そしてこのお店のケーキは食べてみたい。


 護衛であるという責任感とケーキの誘惑がツィツィナの中でぶつかる。

 毒味であるなら必要だし、理由も説明できる。


 そもそも誰もみてもいないのだからそんなに気にする必要もない。


「どれが毒かも分からない以上は色々食べてみないといけないじゃない?」


「そう……ですね」


「先輩、毒味は必要だと私も思いますよ!」


 グラつくツィツィナの様子を見てユーディカも援護に入る。

 この場にツィツィナの味方はいない。

 

 押せば落ちる。


 もうツィツィナの頭の中ではどのケーキがいいかを考え始めていた。

 

「ど、毒味必要ですか?」


「必要だねぇ」


「…………分かりました。


 危険な毒味役、このツィツィナにお任せくださいますか?」


「ごほん、ツィツィナさん、危険な役割ですがお願いします」


 店の中の様子など離れて待機する他の兵士には分かるまい。

 ラストとユーディカの説得にとうとうツィツィナは折れてしまったのであった。


 軽い茶番は乗り越えて4人はケーキを選び出す。

 あまり食べすぎてお腹いっぱいになってしまってもよくないので1人2個までの縛りでどれが良いかとキャッキャッする。


 お店にはカフェのような飲食スペースもある。

 選んだケーキをそこで食べることになり、計8個のケーキが置かれたテーブルを4人で囲む。


「ん! 美味しい!」


「わっ、こっちもいいよ」


「ほわぁ、これが話にあったやつかぁ」


「これも美味しいですよ!」


 毒味という建前はどこにいったのか。

 4人で8個のケーキをシェアして食べる。


 もうただの女子会である。


「ルフォンはどれが好き?」


「んーとね、私はこれかな?」


 単に甘いだけよりも少し果物の甘酸っぱさが口に広がるケーキがルフォンの好み。


「おっとな〜。


 私はこの甘々なやつがいいかな」


 一通り食べたら味や好みの感想を言い合うこともまた醍醐味である。


「んじゃあ、リュードにも買ったげよか」


 4人でケーキを平らげた。

 8個のケーキの中でも評価の高い2個のケーキをリュード用に購入してお店を出た。


 1人で治療薬を作ってくれているリュードのこともちゃんと忘れていないのである。


 その後も服やアクセサリーを見たり、ご飯を食べたりして4人は色々なお店を回った。

 ヴィッツは一流の執事らしくそんな雰囲気を壊さないように気配を消してついていっていた。


「あー、楽しかった!」


 こんな風に遊んだのは初めてだった。

 それはラストにとってもだけどルフォンにとってもそうであった。


 村じゃこんな風にお店巡りなんてできないし、やろうとも思ったこともなかった。

 ショッピングを楽しむことがこんなに楽しいことだなんて初めての感覚だった。


「こちらは?」


 色々巡って最後の場所。

 町の繁華街から外れたところにある大きな建物。


 古ぼけた看板が掲げてあって、研究所というところだけがかろうじて読める。

 これまでに回ってきたお店とは毛色が違っていて、すっかり打ち解けたツィツィナも首を傾げた。


「ちょっと差し入れと様子を見にね」


「ご様子ですか?」


 誰とか何のとか聞く前にラストが中に入る。


「うへぇ……」


 ルフォンがすごく渋い顔をする。


「なんというか、独特な匂いがしますね」


 これまでに嗅いだことのない臭い。

 いくつかの臭いが混じっていて何の臭いだと断定することも出来ない。


 強く感じるのは葉っぱのすりつぶしたような青臭い臭いがする。

 ツィツィナやラストでも感じる臭い。


 鼻のいいルフォンにとっては相当キツイものであった。

 ユーディカも同じく鼻が効くので鼻をつまんで口で呼吸している。


「リュード、きたよー」


 奥の部屋に入るとそこは薬を作る場所というよりも実験施設であった。

 すりこぎのようなものや薬剤を熱する器具、ガラスの瓶やなんかもたくさんあった。


「ん?


 おう、来たか」


 ゴーグルにガスマスク姿のリュードが手を上げて来客を歓迎する。


「リューちゃぁん……」


「おっと、悪いな。


 ほれ」


 リュードは泣きそうな顔をしているルフォンにマスクを手渡す。


「スーハー……うぅ、しょうがないんだけどすごい臭いだね」


「ル、ルフォンさん、それなんでふか?」


 もう1人、涙目のユーディカ。

 ルフォンがマスクを付けて落ち着いて呼吸しているのを見て羨ましそうにしている。


「ええと、こちらの人たちは?」


 一緒にいるので敵ではないけど知らない人なので多少警戒する。


「私たちの護衛。

 お父様が付けてくれた人でツィツィナとユーディカ。


 こちらは私の大人の試練で同行者をしてくれているリュードだよ」


「ツィツィナです、よろしくお願いします」


「ユーディカでふ……」


「よろしく。


 これ予備だけど使う?」


「ありがとうございます!」


 リュードが予備のマスクを渡すとすぐにユーディカがそれを身につける。

 このマスクはいわゆるガスマスクであり、リュードのお手製。


 目の細かい布のフィルターの中に臭いを吸着してくれる素材が入れてある。

 ついでに少しでも気分が良くなればとルフォンが好きな香りがする香草も入っている。


 どうしても臭いがダメだけど側にいたいと言ったルフォンのためにリュードが試行錯誤したものであった。

 リュードがポーションを作るときにはよくこのマスクを付けてルフォンはリュードの様子を眺めていた。


 ルフォンが大丈夫というまで試しに試して作ったものだから結構な効果がある。

 ラストとツィツィナも欲しそうな顔をしているけどリュードとルフォン、そして予備の3つしかないものなのでもう余りはない。


「それで調子はどう?」


 ならば早く用事を済ませてここを出よう。

 さっさと切り上げる方向でラストはリュードに進歩を聞く。


「たぶん上手くは出来てるけどなんせ試すわけにもいかないから分からないな


 ぶっつけ本番にはなっちゃうけどしょうがない」


 モノランの言った通りに治療薬を作った。

 治療薬というが健全なものに使えば毒にもなりうるレベルのものである。


 出来たからと言って効果を確かめる相手もいない。


「まあ、あとは俺の趣味でポーションでも作ってたよ」


 道中でポーションを使う機会は意外とある。

 細かいケガをすることは外にいればあるし、焚き火の火の粉が飛んで火傷したなんてこともある。


 治せるなら治した方が絶対にいい。

 リュードは誰かがケガするたびにポーションをさっと出していたのである。


 ガンガン使うので残りも少なくなってきていたのでここらで作っておこうと思ったのである。

 設備が村にいたよりも良く、薬草も良いものが多いので村の時よりも良いポーションが出来上がっていた。


「まあとりあえずは準備はできたと思ってくれて構わない」


 治療薬も出来た。

 となると後は治療するのであるが治療薬の出来も治療そのものも自分の腕にかかってきている。


 そう考えると緊張してくるがやるしかない。

 何となくだけどこの薬は上手くいきそうな感じがすると手ごたえは感じていた。

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