王様の前に1人の父親2
「お父様?」
やたらと長い握手。
疑問に思ったラストに声をかけられてヴァンはようやくリュードから手を離した。
誰も気づかない地味な勝負。
さっとラストにバレないように引いた2人の手は人の手の形に赤くなっていた。
「……ラストを助けてくれたことに感謝はするがお父様と呼ぶことは許さないからな!」
「お父様!」
ヴァンの宣言にラストが悲鳴のような声を上げる。
まあ気持ちが分からないでもないのでリュードは否定も肯定もしないで黙っておく。
変に何かを言うとこじれてしまう可能性があるのでこういう時にはとりあえず口を出さないでおくのだ。
顔を赤くしてリュードとの関係を否定するラストを見てヴァンはもう遅かったかと1人落胆していた。
ふらふらとヴァンがソファーに腰掛け、ラストたちもそうする。
ラストはヴァンの横に座ってこれまでの旅について話し始める。
モノランのことやプジャンがモノランにしたこと、ベギーオの領地で起きたことなど包み隠さず父親に報告する。
「うむ、ダンジョンブレイクのことは聞いている。
その事について問うために人をやったのだが……
ベギーオはもう屋敷にはいなかった。
何も知らない使用人しかおらず、当人は少し出かけているなんて言われてしまったようだ」
悩ましげにヴァンが首を振る。
ベギーオは最悪の選択をしたものだとヴァンは思った。
責任を取らずに全てを捨てて逃げてしまった。
確かに管理しているダンジョンでダンジョンブレイクを起こしてしまい、町一つが壊滅しかける損害を出してしまったことは大領主剥奪ものの失態である。
そうではあるがそれについて弁明もなく逃げてしまっては庇いようもなくなる。
王族である温情で死罪とはならなくてももっとどうにか出来ることもあったはずなのに逃げてしまえば厳罰に処するよりほかなくなる。
このままでは全国に指名手配をかけて探さなくてもいけなくなり、やってしまったことも白日の元に晒されてしまう。
ヴァンは父親の前に王様である以上そのようなところで甘さを見せるわけにいかないのである。
「ベギーオの右腕として活躍していた側近の者……イ、イソフだかなんだかは捕らえて話を聞いているが思っていたよりも話は深刻そうであるのだ」
その上、このダンジョンブレイクはただのダンジョンブレイクではなかった。
単に管理を怠ったり放置したからダンジョンブレイクが発生したのではない可能性があった。
調査を進める中で看過できないベギーオの暗い部分が出てきてしまった。
こうなることも察知してベギーオは逃げたのだろう。
「ペラフィラン……今はモノランだったか。
そちらについては初耳だ。
ダンジョンブレイクについて終わらせたことは聞いているのでその中に神獣がいたのも知っている。
それがまさかこの国を悩ませる凶獣だったとはな」
モノランの話もまたヴァンにとっては衝撃的な話だった。
「ベギーオに続いてプジャンまでもか……
話を聞くとまた国を挙げて戦わなければいけないところではないか」
リュードがいなければモノランは今ごろラストたちを倒して怒りに任せて国中を暴れ回っていたかもしれない。
そうなるとヴァンもモノランを討伐せざるを得ない。
血で血を洗う戦いになって被害は大きなものになっていたはずだ。
ダンジョンブレイクの時の暴れ方が罪もない人に向いていた考えると背筋が凍る思いだ。
それにモノランがいなかったらダンジョンブレイクは解決することができず、国とスケルトンの戦争になっていた。
町を陥落させるスケルトンの群れと戦うのはそれこそ骨が折れる話である。
ダンジョンブレイクは実際に起きてしまったことでモノランについては起きなかったことなので比較するのは難しい。
けれどプジャンがやってしまった行いは国を危険に晒す行いだった。
その上知らなかったとはいえ神獣の子を殺してしまったことは神に対する重大な冒涜行為である。
雷の神を祀る神殿が今のところないので騒ぎになっていないが大きな勢力を持つ神の神獣を殺したとなると神敵となり、一生その神様の信徒に追われる事になる。
しかしその話についてはラストたちだけしか知らない話で証拠もない。
プジャンがやったとは推測ができるけれどプジャンがやったとは証明することができない。
不自然な渓谷の崩落事故なんかについては調べれば分かる事なので状況証拠からプジャンが犯人だとは言えるかもしれない。
ただしそれで国王が息子を差し出せるかと聞かれると中々難しい判断になる。
プジャンを差し出さなければモノランによって被害が出てしまうがそれではプジャンを生贄に捧げることと大きな変わりがない。
それなりの規模でもある宗教なら多少の声も封殺出来るが雷の神様ではちょっと名声不足なところがある。
「とりあえずプジャンについてもこちらからも調査させよう。
モノラン様にはもう少し待っていただけるように伝えてほしい」
「ダンジョンブレイクでも暴れたししばらくは大人しくしていると思います」
恨みを忘れることはないだろう。
でもダンジョンブレイクで魔力を使い果たすほど戦ってくれたので回復に努めるはず。
リュードたちよりもずっと魔力を使って戦っていたので完全回復までは時間があるはずである。
モノランがいつまで堪えてくれるのかはリュードにも分からないし、コントロールもできない。
今すぐ限界を迎えることはない、はずだ。
「ふぅ……どうしてこう問題ばかり」
「お疲れですか、お父様?」
目を揉むヴァンに苛立ちが見える。
ダンジョンブレイクのせいで国中のダンジョンの再点検をする事にもなった。
ベギーオがいなくなってしまったのでヴァンがチッパの復興を指示し、自分の息子を探すようにも人を出している。
仕事が山積しているのだ。
「ちょっとやることが多くてな。
だがお前の顔が見れてかなり良くなったよ。
今日はここに泊まっていきなさい。
お連れの2人も一緒に」
「うん、そうするよ」
なんだかこれもこれで激動の1日。
大量の紅茶を飲んで時間を過ごし、気づいたら王城にいて、気づいたら王城に泊まることになっていた。
使用人にリュードたちが連れられて部屋を出ていく。
「くぅ……なかなか力も強かったではないか……」
実力はあるとコルトンの報告書にもあった。
ただ力は自分の方が上で、握った手に情けなく悶えるリュードの姿を見せつけてやろうと思ったのにリュードは負けなかった。
1番頭を悩ませるのはラストについた悪い虫だ。
王様の前に父親だ。
娘がどんな男と付き合うのか気になってしまうのはしょうがないのである。
「マルア……君の娘はもう私の手を離れていってしまったのかな…………」
娘の成長は早いものだとヴァンはこの日1番のため息をついた。
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