分かってるよ1
ラストの顔が険しい。
これまでラストの領地から始まってプジャンの領地、バロワの領地と回ってきた。
こうなれば次の流れも自然と予想できていた。
次はまだ行っていない最後の大領地が大人の試練の舞台であった。
4つある大領地の中でも大きな領地であり、大領主は長兄であるベギーオという男であった。
ラストはベギーオが嫌いだった。
ベギーオもまたラストが嫌っていた。
ベギーオがラストを嫌うのには理由があった。
大領主の立場に任ぜられることはすなわち王位継承争いにおいて1つ抜きん出ることになる。
大きな領地を任されるベギーオは兄弟の中でも王に近い存在であった。
長兄であるし、才能もあって、努力もしていた。
小さい頃から次の王はベギーオだと言われていたしベギーオ自身も自分が王になるものだと意識していた。
そんな時に現れたのがラストであった。
相当歳の離れた妹のラストは先祖返りだった。
才能があると言われたベギーオよりも強い魔力を持っていた。
何をやらせてもラストはそつなくこなし、才能の鱗片も見せていた。
2人の父親である王様もラストのことを可愛がり、チヤホヤとされていた。
なのにラストは王座に興味はなかった。
幸せそうでただ可愛がられて、自由だった。
先祖返りで魔力があるだけなのに努力を続けるベギーオはラストと比較され、今ではラストの方が王に近いとまで言われるようになっていた。
納得のできないライバルの出現にベギーオは嫉妬した。
自分は王になるべく努力しているのにラストはただ生まれ持ったものだけでもてはやされている。
心の底に醜い感情が渦巻いた。
ラストが努力をしていないなんてことはないのだけれど実際にどうであったかはベギーオに関係なく、努力していないように思えた。
そう、思いたかったのかもしれない。
ヘラヘラと笑って才能だけの存在だと思い込みたかったのである。
王座に興味もなく、自分の邪魔になるなら死んでくれた方がいい。
暗くて重い嫉妬心はいつしか殺意にまで変わってしまっていた。
当然王座につくのに邪魔だからと妹を害することは許されるものではない。
バレたら王位継承権を失うし、王様がラストを寵愛していることを考えると王族であっても重たい罰は避けられない。
まだ若かったベギーオはラストに対する妨害を試みたがあまり上手くはいかないまま、心にラストに対する負の感情を積み重ね続けた。
そうしている間にラストも成長し、大領主として大領地を任されることになった。
地形的なことでも遠くなり、自分も大領主の立場となって忙しかったのでラストに手を出す機会が減った。
自分と接するときだけ目が笑っていない。
いつ頃からか殺気を孕んだような目をラストに向けることがあることにラストも気づいていた。
事故に見せかけてラストを亡き者にしようとしてきたこともあった。
たまたま運が良くて生き残ることができたのだけれど、ただの事故にしては出来すぎであって、仕組まれた事故であったことは一目瞭然。
その首謀者が誰であるのかも考えるまでもなかった。
ラストはベギーオが嫌いだったというよりも相手が嫌ってくるから嫌いになったのである。
これからそんなベギーオの領地に向かわなきゃならない。
腹をすかせた魔物の口に飛び込むようなもの。
すでに移動は開始しているけれどラストの気分は重たかった。
ベギーオはバロワほど緩くない。
自分の領地で隠密の活動を許すような人ではなかった。
次に向かっているところが分かったのかプジャンの付けていた監視はいつの間にかいなくなっていた。
「やる。だけど迅速に、さっさと終わらせる」
長くベギーオの領地に留まることはリスクも高めてしまう。
そしてさらにクゼナの治療薬問題も絡んできていた。
高度な製薬のための設備が必要になる石化病の治療薬。
バロワのところで探そうともしたのであるがなんせ大人の試練に指定された場所がど田舎だった。
軽く探したが設備の貸し出してくれるところも見つからず、大人の試練に向かわないことも不自然なのでバロワの領地で治療薬を作ることは断念した。
次はベギーオの領地だけどここは危険なので大人の試練で訪れることになったら大人の試練だけ終わらせて次に行くつもりだった。
ベギーオの領地の次がラストたちの本命であった。
次の大人の試練で4つ全ての大領地を回ることになった。
するとさらに次はどうなるのか。
このティアローザにおける大きな領地の分け方は4つの大領地と首都を中心とした王の直轄地となっている。
となると次の大人の試練は直轄地である可能性が高いと踏んでいた。
直轄地は首都を中心としていてラストは当然挨拶として首都を訪れることになる。
ティアローザで1番栄えているのは首都である。
設備のある場所を探すにしてもティアローザで探すなら首都以上の場所はない。
その他の薬草についても物流が盛んなので問題はなく、留まる理由も作りやすい場所である。
だからベギーオの領地で行われる大人の試練を早く終わらせてしまいたい。
早くしないとクゼナの石化が進んで手遅れになってしまう。
とは言ってもベギーオの治める領地は4つの中でも1番大きい。
能力的にも王位継承を期待されているのが分かる。
広い分だけ移動にも時間がかかる。
さらにラストはどれだけ嫌であってもベギーオのところに挨拶に行かなければならないのでもある。
この先に何が待ち受けているのかを考えると不安になる。
顔も自然と険しくなるのも仕方ないのであるがもう1つ顔が険しくなる理由があった。
「いや、すまないな!
しかしだ、大人数で旅をするというのも悪くはないものだろう?」
何の因果なのか赤獅子人族の王子レヴィアンもリュードたちに同行していた。
人数的にみるとレヴィアン一行にリュードたちが同行しているといった方が正しいかもしれない。
ラストの大人の試練を手伝いに来たのでも、ルフォンを追いかけてきたのでもない。
たまたま、偶然に出会ったのである。
レヴィアンはレヴィアンで任された仕事をこなすためにティアローザ国内を回っていた。
幸か不幸か運命的にも一時的に道程が一緒になってしまったのである。
同じ道を同じ方向に向かっている。
同じく歩きでの移動だし、顔を知らない中ではないので変に距離を空けるのも何だかおかしい。
レヴィアンからの申し入れもあって一緒に行けるところまでは一緒に行くことになったのであった。
予想はしていたけど物静かとは遠い獣人たち。
比較的穏やかにしていた旅が一気に賑やかなものとなる。
短い間だしこれはこれでいいとリュードは思う。
ラストはまだまだ旅慣れておらず獣人たちの勢いに押されて少し疲れていた。
あとはバラーとレヴィアンがリュードに近くてラストはそれも不満であった。
時々ちょっと近づいたり、ふと話すことができなくてムッとしているところもあったのである。
特にバラーがリュードに近い。
ヴェルデガーの昔話なんかをリュードにするのでリュードも興味を持って聞いていて、ラストに入り込む余地なんてなかった。
面倒でも一緒にいることを承諾したのには理由もあった。
仮にもレヴィアンは一国の王子。
ティアローザにとっては貴賓であり、国内で問題があっては困る相手でもある。
そんなレヴィアンと一緒にいればベギーオが何かをしたくても手を出すことができない。
ラスト憎さに国交問題に発展させるほどベギーオも馬鹿ではない。
打算的な考えもないこともなかったのである。
多少ゲンナリする獣人たちの元気さを除けば悪くはない人たち。
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