手負いの牛肉5

 いつでも次の矢を放てるようにつがえて、集中力を保っていた。

 落ちてくるリュードを待つミノタウロスは背筋を伸ばして動かない。


 ラストが矢を放ち、ミノタウロスに飛んでいく。


 リュードが早いか、矢が早いか。

 矢がミノタウロスに刺さる方が早かった。


 ラストの放った矢は潰れたミノタウロスの左目に再び突き刺さり、今度は込めた魔力が爆発する。


「助かった!」


 またも穴が開くことを回避したリュードは地面に着地してすぐにミノタウロスに切り掛かる。

 やはり手負いの獣は油断ならない。


 目の周りが爆発して酷いことになっていてもミノタウロスは死んでいない。

 一回り大きいミノタウロスの頭を狙うのは難しいのでリュードはまずガラ空きの喉を切り裂いた。


 爆発の衝撃で怯んでいるミノタウロスは隙だらけだった。


「ラスト、畳み掛けるぞ!」


「オッケー!」


 それでも倒れないミノタウロス。

 頭を狙うことはやめて、リュードはミノタウロスの胸に剣を突き立てた。


 爆発の衝撃から立ち直って戦意の戻りつつある瞳が大きく揺れる。


「トドメだよ」


 ラストは3本目の矢を放つ。

 相変わらずの正確な射撃。


 今度の矢は魔力を爆発させずに魔力をまとわせたまま貫通力を重視した。

 三度ラストの矢はミノタウロスの左目に突き刺さった。


 2回の射撃によって傷ついたミノタウロスの左目にはこれまでよりも深くに矢が突き刺さり、力なく頭が下を向く。


 同時にミノタウロスの体から力が抜けて、リュードを覆うように前屈みに倒れてくる。


「よい、しょっと」


 剣を抜きながらミノタウロスの体を横に倒す。

 ミノタウロス血が地面に広がり、湖に流れていく。


 少し様子を伺ってみるがミノタウロスが動く気配はない。

 あっけない勝利。


 簡単に勝ててしまったけれど簡単な相手ではないことが直接戦ったリュードには分かった。


 片腕があったら、ケガがなかったらと考えるとこんなに簡単な相手でなかった。

 これでミノタウロスに勝ったとはとても言えるものじゃない。


「お見事です」


 相変わらずムッとした表情のコルトンが心のこもっていない賛辞を送る。

 本当にお見事だと思っているのか怪しいものだ。


「手負いであってもミノタウロスはミノタウロスです。


 見事3つ目の大人の試練を乗り越えなさいました。

 早速ですがこちらが次の大人の試練です」


 今度は4と書かれた黒い封筒をラストに手渡す。


「それでは私は次に向かいますので」


 ミノタウロスを倒した余韻に浸る暇もない。

 封筒を渡すとコルトンはさっさと村の方に向かっていってしまった。


「お堅いことだな」


 少なくとも悪人ではないのだろうけど気を使わなさすぎるのも多少は問題であると言えよう。

 あんな正確だからラストの不正を許さないとして派遣されてきたのかもしれない。


「ま、いいや」


 コルトンの愛想の無さは最初からである。

 賄賂をもらってラストに不利なようにする人が来ることに比べてみればしっかりと仕事してくれるのだから文句もなしである。


 そんなことよりもやるべきことがある。


「ふふふっ……」


「どうしたのリューちゃん?」


 妖しい笑みを浮かべるリュード。


「ルフォン、ラスト、ミノタウロスを解体するぞ」


「えっ?」


「こ、これを?」


 2人が驚いた顔をする。

 これまで魔物の解体なんてほとんどしてこなかった。


 マジックボックスの袋があるので解体しなくても持ち運べるし、解体して持ち運んでもいいのであるがリュードは大体魔石だけを取って魔物の死体は燃やしてきた。

 時々食べる分だけ解体する魔物もいたけれど基本は面倒だし血に濡れるのが嫌で解体はしてこなかった。


 ましてミノタウロスなんてデカいし解体することも難しそう。

 リュードが解体しようなんて言い出すのは意外であった。


「ミノタウロスはな、超高級食材なんだ!」


 ミノタウロスと聞いてリュードが最初に思ったのは食べてみたいであった。

 要するに牛なミノタウロスは超がつく高級食材でありその肉は高値で取引される。


 滅多に現れず、また強力な魔物であるので市場には出回らないのがミノタウロス肉。

 本でミノタウロスのことを読んだリュードは最初から勝って解体して肉にするつもりだった。


 本の中では厚めのステーキにして食べた記述があった。

 今まで食べた肉が革製の靴だったのではないかと思えるほどの美味さを誇るらしい。


 魔物の解体は専門ではないけれど近くに解体を専門にする業者や解体を引き受けてくれるギルドもない。

 大きな町ならそういったところもあったろうが小動物しかいない村ではそんなところがないのである。


 個人の解体スペースぐらいはあるだろうけどミノタウロスを解体できるほどの広さがなく、このまま外で解体した方が結果的に楽である。

 自分で解体するしかない。


 町まで持っていったら目立つし、解体してもらうと確実に噂になる。

 ミノタウロスの肉を売ってくれなんて付き纏われたら嫌である。


 一応解体するので素材も分けてみるつもりだけど肉メインなので価値が下がったところでリュードは問題にもしない。

 解体が苦手ではないルフォンと嫌な顔をするラストにも手伝ってもらってミノタウロスをいそいそと解体する。


 肉の部位もなんとなくで分けているけど素人なのでそこまで気にしない。

 どこまで食べられるのかとかも分からないのでできるだけ多く肉を取って冷凍ボックスに入れておく。


 豚肉ももうほとんどなくなってしまっていたのでいい補充ができた。

 平然とマジックボックスの袋を使っているリュードはすっかり監視が付いていることを忘れていた。


 しかし監視もまたニヤけながらミノタウロスを雑に解体していくリュードに恐怖を感じてろくに見ておらず、マジックボックスの袋を使っていることに気づいていなかったのであった。


 今度機会があるなら解体の仕方というものをしっかり習っておきたいとリュードは思った。

 冒険者学校でも教えてくれていたけれど小型の魔物の解体を軽く座学で教えてくれただけだった。


 ミノタウロスまではいかなくても大型の魔物の解体ぐらいできても損はなさそうだ。

 ある程度解体したら残りの部分は残念ながら土に埋めて火をつけて燃やしたら埋め戻す。


 綺麗めに取れた皮もいくらか確保できたので上出来。

 割と上手く解体出来のではないかと自画自賛する。


 ただリュードは気になっていた。

 解体した時に見たミノタウロスの傷跡。


 リュードやラストが付けたもの以外にもミノタウロスの体には傷跡があった。

 腕もそうなのだけど、ミノタウロスについていた傷は綺麗なものであった。


 まるでちゃんとした武器で切りつけたようであったとリュードの目にはそう見えた。

 魔物が扱う武器は大体錆びていてしまったりして品質が悪い。


 そんな感じではなくスパッと切れている感じがしていた。

 爪や牙で出来ないこともないので断定することは出来ないが人の手によって傷つけられたのではないか、そんな気がしてならなかった。


 冒険者と戦って逃げてきたと仮定してもおかしな話ではない。

 追いかけてこなかったことに説明がつけられないけれど冒険者が追い詰めたミノタウロスを逃してしまった可能性が大きい。

 何にしても推測の域はでないのだけど。


 かなり楽に大人の試練を終えることができた。

 ついでに肉も手に入れることができた。


 今はそれでいいのである。


 村でもミノタウロスがいなくなって平和が戻ってきてまたのんびりとした日常が帰ってくる。

 村人に感謝されつつ家に戻ったリュードたちはミノタウロスの肉で焼き肉パーティーをして楽しんだのであった。

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