手負いの牛肉4
ヴィッツは荷物番として家でお留守番もいうことになっている。
別に盗みを働く不逞の輩がいるなんて思っちゃいない。
やってもらうことがヴィッツにはあったのである。
お手伝いができるとルフォンはやる気を見せていたのだけど魔物はいなかった。
正確にはいたのだけれど好戦的で戦いになる魔物がいなかったのである。
頭に小さなツノの生えたウサギとか飛べるのかも分からないサイズの羽があるシカとかそんなのはいた。
けれど人の気配を感じるとさっさと逃げてしまって戦いにはならなかったり
若干見た目に違いはあっても動物レベルの魔物も存在するのだ。
戦わなくていいのはいいことなんだけどせっかくルフォンが出したやる気も発揮される場面がない。
歩いていると段々と水音が聞こえてきて目的地が近づいてきていることが分かった。
結局ルフォンの出番は訪れないまま湖に到着してしまった。
「ここからはより慎重に行くぞ」
村の人々の話によるとミノタウロスは湖周辺での目撃情報がある。
村で軽く地図を見せてもらった湖は半分が森に囲まれ、もう半分が草原になっている。
草原なら見通しがいいけれど森の中なら突然の遭遇もあり得る。
「あっ、いた……」
ばったり出くわすことだけは避けたいと思って森から隠れるように湖を見渡すとすぐにミノタウロスを見つけた。
タイミングが良かった。
ミノタウロスは湖に顔をつけて水を飲んでいた。
森に溶け込む見た目でもない。
見れば簡単に見つけることができた。
下級と聞いていたミノタウロスは体格的にはリュードより一回りほど大きいぐらいであった。
下手するとリュードがいた村の村長の方が大きかったかもしれない。
「うーん、なんかおかしいな」
「そだね、あの子腕がないね」
「あ、なるほど……」
ミノタウロスに違和感を感じたリュード。
その正体が分からないでいたけれどラストの言葉を受けて違和感の正体に気づいた。
ミノタウロスの片腕がない。
湖の縁に手をかけて顔を水に突っ込んでいるのだけれどよくよく見ると右手しかついていない。
左腕の肩から先が綺麗になくなっている。
「なんかツノの先もなくない?」
「足も引きずってるね」
水を飲み終えて移動を始めるミノタウロス。
頭に生えた2本のツノのうち、左側のツノの先が欠けている。
さらに歩くミノタウロスは足を引きずって、どこかをかばっているように見えた。
異様なミノタウロスの状態。
なぜこんなところにミノタウロスが現れたのかが分かった。
あのミノタウロスは負けたのだ。
相手が何であるのかまでは知らないけれどミノタウロスは何かに負けて、そしてここまで逃げてきたのだ。
腕を切り落とされたりツノを欠けされられたりしてどこからか流れてきたのだろう。
ナワバリ争いが起きて戦ったとも考えられるけどミノタウロスなら冒険者に追われたとも考えられる。
家庭はどうであれ、ミノタウロスはこんなところにいる理由は納得ができた。
「……手負いの獣か」
ミノタウロスがケガを負っている。
このことはリュードたちに取って幸運と言える。
片腕もなく足も引きずるぐらいのダメージを負っているミノタウロスは本来の強さに遠く及ばない。
当初考えていた難しさよりもずっと戦うことが楽になった。
けれどミノタウロスはリュードの言った通り手負いの状態である。
追い詰められた相手はなりふり構わず激しい抵抗を見せることがある。
油断するとミノタウロスの命がけの反撃に危険な目にあうかもしれない。
「どうする?」
「やるなら今が1番いいだろうな。
……だけど正面から行くしかないか」
ケガを負っている今がチャンス。
こうなると逃げられることが最も面倒なので、湖の近くで逃げるところが制限されているこの場所で戦うことも望ましい。
ただ今は湖に背を向けてミノタウロスが立っている。
木は湖から少し離れたところまでしかなくて本当の湖周りは視界が開けている。
ミノタウロスの両目が潰れでもしていない限りは接近するまでに見つかってしまう。
「いける?」
「やってみようか。
片腕ならミノタウロスにも力負けしないかもしれないしな。
俺がどうにか隙を作るから1発頼むぞ」
「任せて」
ミノタウロスはケガのために体を動かすのが辛いのか湖近くでボーッとしている。
リュードたちはミノタウロスにバレないように出来る限り接近する。
「それじゃ行くぞ」
剣を抜いたリュードが大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。
「ケガしないでね」
「さっさと終わらせて無事に帰るぞ!」
両足に力を込めて一気に走り出す。
かけてくるリュードに気づいて力無い目をしていたミノタウロスに生気が戻ってくる。
ミノタウロスは武器まで持っていた。
戦闘用のバトルアックス。
ところどころ錆び付いていて、刃は鋭さを失って丸みを帯びている。
それを見るに過去に冒険者から奪ったものでだいぶ使い込んでいる武器である。
切れ味なんてものがなさそうなバトルアックスは切るというよりも押し潰してちぎるような感じなので当たったらとんでもなく痛いだろう。
接近したリュードが剣を下から思いっきり振り上げる。
ミノタウロスはリュードに向かってバトルアックスを振り下ろす。
リュードの剣とミノタウロスのバトルアックスがぶつかり合う。
「おおっ!」
手を出しちゃいけないので応援係になったルフォンから驚きの声が漏れる。
響くような金属音が鳴り響き、リュードは剣を振り切ることに成功した。
ミノタウロスに対してリュードは力勝ちをしたのである。
酒の肴にもなりそうなリュードの武勇伝が1つ増えた瞬間だった。
力いっぱいに切り上げた剣はミノタウロスのバトルアックスに打ち勝ち、大きくミノタウロス腕が跳ね上がる。
そのままさらに足を一歩踏み出して振り上げた剣を振り下ろしに持っていく。
ミノタウロスも雄叫びを上げてバトルアックスを引き戻し、ギリギリのところでリュードの剣を防いだ。
上から切りつけるリュードとそれを防ぐミノタウロスで押し合いの力勝負再び。
やはり魔物であるミノタウロスの力は強い。
手負いで、片手であるにも関わらず全身に力を込めるリュードをじわじわと押し返している。
押し切れれば良かったのだけどそこまでできなくても別にいい。
「ナイス、リュード」
ラストが目一杯引き絞った弓から手を離す。
ほとんど真っ直ぐ一直線に飛んでいった矢はミノタウロスの左目に突き刺さった。
悲鳴を上げるミノタウロス。
片腕しかないので矢を引き抜くにもその腕を使うしかない。
バトルアックスを投げ捨てて目に刺さった矢を引き抜こうと手をかける。
「その腕ももらうぞ!」
矢を掴むミノタウロスの手首をリュードがまっすぐに切り落とした。
再び悲鳴を上げるミノタウロス。
グラリと頭を項垂れるようにしたミノタウロス。
倒れる前兆であるとリュードは思った。
「や……ばっ!」
そのままゆっくりと倒れる。
と思ったらミノタウロスは頭を下げて前傾姿勢で足を前に踏み出した。
「う、のわぁぁぁあ!」
倒れるのではなくて、自分のツノを使った突進攻撃の前兆だったのだ。
間一髪迫り来るミノタウロスのツノをかわしたリュードだったが服がミノタウロスのツノの先端に引っかかる。
上半身ごと頭を跳ね上げるとリュードは空中に投げ出された。
結構な高さまで投げ飛ばされたリュードだがいつまでも上昇が続くわけもなく、一瞬空中で止まったような感覚がして、下に落ち始める。
真下にはミノタウロスのツノが待ち構えている。
「リュード!」
「リューちゃん!」
リュードが危ない。
ラストは矢に大きく魔力を込めてミノタウロスに向けて放った。
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