手負いの牛肉1
「あっ、帰ってきた」
ルフォンたちがダンジョンの前に帰ってくるとすでにリュードたちはダンジョンの攻略を終えていた。
ダンジョンは大人の試練としても一般的なレベルといえ、リュードたちにとっては余裕なダンジョンであった。
トロールのダンジョンよりもレベルが低いのでコルトンも特にラストの実力を疑ったりすることもなかった。
そのコルトンはダンジョンから出ると次の大人の試練のことが書かれた紙の入った封筒を渡してさっさと次に行ってしまった。
「どうだ、採れたか?」
「うん、いっぱい採れたよ」
ルフォンはヴィッツの抱えていた袋の口をあえて大きく開けて中身を見せた。
中からは普通の緑色の葉っぱが見えた。
一応薬草の部類には入るけれどそこらに生えているものであるし珍しくもなんともない薬草である。
わざとらしく袋の中からも取り出して見せる。
一連の行動は事前に打ち合わせしていた通りである。
もちろんイェミェンもあるのだけれどそれは袋の底の方に入っている。
このちょっと不自然な行動や薬草は監視対策のためにやっていること。
別行動で山に入った理由付けに薬草取りをしていた事にする。
実は毒草取りだけど上から薬草をかぶせて隠し、監視している連中にも暇だから薬草を取ってきたと思わせるのである。
よくよく見るとリュードも若干演技くさいけれど遠くから監視している連中には分りゃしない。
一通り監視の目にもちゃんと見えるように袋の中を確認して印象付ける。
監視も大人の試練の最中に呑気なものだと呆れ返っているかもしれない。
はたまたルフォンたちにつけた監視が帰ってこない事に焦っているかもしれない。
けれどのほほんと安い薬草を取って喜んでいるルフォンたちがまず監視を片付けたなんて思ってもみない。
魔物にでも見つかってやられたのかとバカを監視に行かせてしまったと監視のリーダーが反省するぐらいのものである。
袋の底まで確認はしないけれどルフォンの様子を見ればイェミェンを採ってこれたことは分かる。
頭を撫でて褒めてやると嬉しそうに尻尾を振っていた。
「次はバロワ兄さんのところですね」
封筒の中を確認してラストがため息をつく。
次の大人の試練もまたさらに別の領地であった。
こうなってくると大領地4つと直轄地1つ、全て回らなきゃいけないのではという気がしてきた。
1つの領地につき、1つの大人の試練。
数的にも一致するし、可能性が高く思える。
「バロワ兄さんのところはそうでもないけど、そうなると次に考えられるところが厄介ね」
「とりあえず材料は揃いましたので計画の次も考えましょうか」
このままダンジョン前にいたってしょうがないので一度町に戻る。
会話は移動しながら。
身を隠せるようなものが道中に少ないので宿で会話するよりも道すがら会話したほうが盗聴されにくいと考えた。
「治療薬を作るのは後回しにしまして、サキュロバロワ様の領地に向かいましょう」
「どうして!」
ようやく治療薬ができると思ったのにヴィッツの言葉を聞いてラストが驚いた表情を浮かべる。
バロワの領地に優先して行くべき理由が分からなかった。
「治療薬を作るための設備が確保できないのです」
町で薬草集めをしながらヴィッツは治療薬を作るための設備があるところを探した。
石化病の治療薬を作るためには高等な設備がいくつか必要であった。
火とガラスの瓶でもあればできるというものではないのであり、そのような設備があるところは相当限られる。
かつ、知りもしないものに設備を貸し出してくれるところはほとんどないのである。
プジャンの領地内にはいくつかその候補があった。
けれどもプジャンはなぜかそうした施設を押さえていた。
実際何かの薬を作っているのかもしれないけれど設備がある施設にはプジャンの息がかかっていてとてもじゃないが隠密には使えなかった。
設備のグレードを落とせば使えそうなところはあったけれど絶対に成功させたいなら設備のグレードは落とせない。
結果としてプジャンの領地で治療薬を作ることは難しいという結論にいたったのである。
ならば早くプジャンの領地を抜けて隣のバロワの領地に行って改めて探した方がいい。
このままプジャンの領地にいてもただ怪しまれるだけでもある。
それにラストの大人の試練だって続けていくにもバロワの領地に行くのが良い。
ヴィッツの説明にラストは不服そうにうなずいた。
理由は分かるのだけど治療薬まであと一歩なのにクゼナから離れるのは嫌だった。
ワガママを言える状態でないことはラストにも分かっている。
それにプジャンに見つかることの方が厄介な事になる。
仮にプジャンの監視が継続しても薬草を見せておいたのでどこかで薬を作ろうとすることの説明はつく。
そんな効果も狙いながら集めた薬草を抱えてラストたちはバロワの領地に向かい始めた。
苛立ちは募っていく。
早く助けたいと焦る気持ちがラストを苛立たせるのだ。
せめてもう少し待ってくれと言いたかったけれど何度もクゼナのところに出入りするのもまた目をつけられる可能性高めてしまう。
時間も惜しいのでそのまま移動してきていた。
「それでバロワってのはどんな奴なんだ?」
敵を知れば百戦危うからず。
バロワが敵かは知らないけど知っておいて損はない。
次もプジャンにみたいに何かしてくる相手なら警戒は怠れない。
強硬な手段を取ってくるのか、回りくどい手を好むのかでも変わってくる。
「私から見るとバロワ兄さんは……あんまり分からない人」
「分からないってなんだ?」
「プジャン兄さんやベギーオ兄様はあからさまに私のことを敵視している感じがするけどバロワ兄さんからはあんまりそんな感じがしないの。
中立って感じだけど、私が何かされてもバロワ兄さんは何もしない。
攻撃も手助けも何もしないの」
敵意のある目で見られた記憶はない。
だからといって味方してくれた記憶もなかった。
「プジャン兄さんやベギーオ兄様がやっていることをただ黙って見ているという点では敵だけど、直接何かされことはないわ。
どっちかっていうとお姉ちゃんの方が近いのかな?
確かほとんど同い年で、2人は挨拶ぐらいしてたと思う」
ラストとは表面的な挨拶を交わすぐらいだけどレストと会話しているところは見たことがある。
レストもあまり他の兄弟とは仲が良くなく、会話する方ではないけれど珍しくバロワとは話していた。
ただ敵対しないのはラストに対してだけではない。
他の兄弟に対しても敵対しないのである。
妨害や監視をつけることはないけれど他の人が領内でそのような行為をしていてもバロワは特に気に留めることもないだろうとラストは思う。
「じゃあこのままプジャンの監視がついてても……」
「気にしないでしょうね」
バロワの領地に差し掛かっても相変わらず監視の目は感じていた。
ラストの話によるとバロワが気にしないのでこのままリュードたちの監視を続けるつもりなのだろう。
自分の領内でコソコソする奴がいても気にしないとはそれでいいのか。
監視がなくなれば楽だったのにとリュードは内心舌打ちをしたい気分だった。
とりあえずはバロワの領地に治療薬を作るための設備があることを願うのみである。
監視がついている弊害は大きい。
監視と言いながらも手を出してこない保証なんてものもないので気を抜くことが出来ず、常に見られていることが分かっている。
旅の最中なので気を抜いていられはしないのだけどいつもよりもひとつ上の警戒を求められるので精神的に疲れてしまう。
それに見られている事によって色々と制限もある。
気は抜けなくても気兼ねなくやりたい事ぐらいいくつかあるのだけどそうしたこともできないでいる。
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