毒草を探せ3

「どうにもあなたの差し金ではないようですが、あれが何か知っていますか?」


 山賊のリーダーが見上げると洞窟の天井に巨大なクモがいた。

 ヴィッツが山賊のリーダーを蹴り飛ばさなかったら地面のように溶けてしまっていただろう。


 サッと山賊のリーダーの顔から血の気がひく。


「も、もうこんな時期だったか……」


「ほら、おじさん立って!」


 地面にへたったままではいい的になってしまう。

 死んだところで構いはしないけれど気分はよろしくない。


「それであれはなんですか?」


「ここにあるイェミェンを時々食いに来ていた奴だ。


 いつもは外に刈り取ったイェミェン置いとけばそれ食って満足して帰っていくんだけど……来る時期なのを忘れていた。

 いや、いつもよりちょっと来るのが早いかもしれないな」


「なるほど。


 こんな強力な溶解液を放つ魔物何かと思いましたがこれがイェミェンの効果なのでしょう」


 地面が溶けるほど強力な溶解液を持つ魔物の種類は多くない。

 どうやらこのクモは元々溶解液を持つタイプの魔物であるがイェミェンを摂取して溶解液を強化している。


 これまではとりあえずイェミェンがあったからそれでよかったけれど自分の領域であるところに人間がいる。

 クモは怒っていた。


「ひとまずここから出て戦いたいですね」


 それなりの広さがあるとはいえ洞窟の中ではやはり行動が制限される。

 地面一面はイェミェンであるし洞窟の中で戦うことは危険が伴う。


「ヴィッツさん先に出て!


 私の方がすぐに出られるから」


 クモと睨み合うルフォン。

 入り口は狭くてヴィッツでも素早く抜けるのは難しい。


 もたつけば危ない。

 ルフォンは細いのでヴィッツよりはスムーズに洞窟を抜け出すことが出来るので、ルフォンがクモと対峙してその間にヴィッツに先に出てもらう。


「分かりました」


「降りてこーい!」


 ルフォンの言葉が通じたわけではないがクモが降りてくる。

 もうイェミェンは取ったから見逃してくれるならその方がいいけれど、どうにもクモにそのつもりはないようだ。


 降りてくるとクモは結構デカかった。

 人ほどの大きさがあり、威嚇するような音を出している。


 クモはまずルフォンを狙った。

 3人の中で1番小柄ですぐに倒せそうだと思ったからである。


 一瞬でルフォンに接近してみせると1番前の足2本を使ってルフォンに攻撃を繰り出す。

 ルフォンがナイフで防ぐと金属がぶつかり合うにも近い音がして、足の硬さと鋭さが分かる。


 力も強く正面から受け切ることはルフォンには難しかった。


 力が入りにくく短いナイフで力強い相手の攻撃をしっかりと受けることはやってはいけない。

 素早く繰り出される2本足の攻撃をルフォンは受け流し、そして回避する。


 その間にヴィッツが洞窟を抜け出し、続いて山賊のリーダーも逃げる。


「近くで隠れていなさい。


 勝手に逃げたら追いかけて私があなたにとどめを刺しますから」


「わ、分かりました……」


「ルフォン様、こちらは脱出しました!」


「分かった!」


 そう返事はしても中々難しい。

 クモの攻撃は激しく、見たところ移動速度はクモのほうが速い。


 入り口に引っかかりでもしたらルフォンは一転ピンチに陥ってしまう。

 焦らないことが大事。


 ルフォンは冷静にクモの攻撃をかわしながらそこに一定のリズムを見出していた。


(上、下、下、横……)


 基本的には左右の足を交互で上や下、横から足を振ってくるのだけど同じく繰り返される攻撃があることに気づいた。


「はっ!」


 リズムの隙を縫ってルフォンがナイフで反撃する。


「浅い……けど十分」


 浅く切り付けられてクモがのけぞる。

 クモなどの虫系の柔らかい魔物は攻撃を受けるとほとんどの場合死に直結するので攻撃そのものをくらう経験が少ない。


 なので痛みに弱く、浅い切り傷でも大きく怯む。


 ルフォンはその隙に後退して洞窟の入り口に走る。

 

「ルフォン様!」


 クモはすぐに立ち直ると走るルフォンの背中に向かって溶解液を吐きかける。


「ヴィッツさん、どいて!」


 ルフォンは飛び込むように入り口に突入してそのまま抜けてくる。

 溶解液のかかった洞窟の入り口が溶けていき、当たれば危なかったとルフォンはホッとする。


 ルフォンを追いかけてクモも洞窟から出てくる。


「私もボーッと見ているだけではありませんぞ」


 ヴィッツが剣に魔力をまとい、魔力が赤い炎へと変わる。

 得意属性が炎であるヴィッツの魔法剣。


 洞窟と違って天井に行くことはできないので出てくるとなれば地面に行くしかない。


 クモの着地に合わせて距離を詰めたヴィッツが剣を振り抜く。

 足で剣を防ごうとするけれど所詮は虫の足。


 硬さにも限度というものがあり、生身の肉体には火属性はよく効く。

 ヴィッツの剣はスッパリとクモの足を切断した。


 悲鳴のような鳴き声を上げるクモ。


「終わりだよ」


 その隙に後ろに回り込んでいたルフォン。

 ナイフをクモの腹に突き立てると一気に引いて、切り裂く。


 緑色の血が飛び散ってルフォンの頬にかかる。


「流石でございます」


 最後の最後まで油断は禁物。

 瀕死の状態であるがまだクモは死んでいない。


 ヴィッツは炎をまとう剣を大きく振り上げると一息にクモを真っ二つに両断した。


「ひぃぃ……アイツら何者だよ……」


 これまでクモを怒らせないようにしてきた山賊たち。

 勝てない相手、勝てても被害が大きそうだから手を出してこなかったのにルフォンとヴィッツは2人で簡単にクモを倒してしまった。


 あれなら洞窟の中でも良かったのではないかと思うけれど溶解液がイェミェンに落ちれば狭い洞窟の中では毒が発生するかもしれなかった。


 機会を伺って逃げようと思っていたのにそんな時間もなかった。


 あんな相手に戦いを挑んでいたのだと思うと背筋が冷たくなる。

 そりゃ敵わないわけである。


「さてと話の続きとまいりましょうか」


 持っていけばギルドで買い取ってくれそうだけど今はそんなことしていられない。

 クモの魔石だけを取ってヴィッツが死体を燃やして山賊のリーダーに向き直る。


「お、俺の命を助けてくださいますか?」


 もはや抵抗は無駄だと悟る。


「正直に話せば考えましょう」


「こ、ここを管理しているのは大領主だ!


 俺たちはたまたまここを見つけて、毒草だなんて知らなかったんだが大領主がここを管理するなら犯罪行為は見逃してやるって……」


「大領主とはサキュロプジャン様のことですか?」


「そ、そうだ!」


 予想通りすぎて何の感想も浮かんでこない。


 ここら一帯はダンジョンが近い。

 ということはちゃんと領主が管理している可能性が高い。


 なのに山賊がいて、毒草を育てているなんておかしな話である。

 こんなお粗末な山賊がバレずに活動できるはずがない。


 ましてイェミェンのような特殊な毒草を育てているなんて話はまずあり得ない。


 そうなると何かしらの後ろ盾があることは簡単に推測できた。

 こんなことをできる後ろ盾も限られているので導き出せる答えとしてはここを管理している領主であるプジャンが関わっていることである。


「こんなことになっちまったことがバレたら俺も消される。


 お前らの目的はあの毒草なんだろ?

 じゃあもう目的は果たされたんだから俺もずらかってもいいよな?」


「好きになさい。


 もう2度とこんなことしないのがあなたの身のためですよ」


「あ、ありがてぇ!


 足を洗って真っ当に生きることにするよ!」


 本当に足を洗うなんてこと信じられたものではない。

 けれども今はこの山賊のリーダーを突き出す時間がないから逃すのである。


 ぺこぺこと頭を下げて山賊のリーダーは逃げていった。


 ギリギリまで切り捨てるか迷ったけれど案内もしてくれたし一度だけチャンスを与えることにした。


「もっと山の中を駆けずり回ることになるかと思いましたが早めに用が済みましたね」


「見つかってよかったね」


「量は確保しましたし……」


 ヴィッツは洞窟の入り口から火の魔法を中に放つ。

 イェミェンに火がついて燃え広がっていく。


「プジャン様が関わっているならあまり良いことでもないでしょうからそのままにはしておけません。


 煙を吸い込んでは危険なので行きましょうか」


「これで薬の材料は揃いそう?」


「あとはすぐに使わなければいけないものを除いて準備はできております。


 すぐに使わねばいけないものも入手は難しくないので揃ったも同然でございます」


「やった!


 これでクゼナちゃんを助けられるね!」


「……ありがとうございます」


「なにが?」


「領主様やクゼナ様を助けようとしてくださいましてでございます」


「友達だからね」


「言うほど友達だからで他人を救おうとしてくれる人はいないものなのですよ」


「でもいるにはいるでしょ?


 私とリューちゃんはね、友達なら全力で助けるの!」


「そのようには存じております。


 けれどやはりそうであってもありがたいことはありがたいのです。


 この私に出来ることはルフォン様に感謝致すことぐらいですので、言わせてください。


 ありがとうございます」


「ふふ、どういたしまして」


 ヴィッツはこれまで神に祈ったことが一度もない。

 血人族の神にもその他大勢の神のどれにもである。


 祈ったり、あるいは感謝を捧げることで何かが変わることなんてないのだと思っていた。

 けれどもルフォンやリュードとの出会いはまさしく神の導きであるとヴィッツにも思えた。


 2人にも感謝をするのだけれどラストに良い出会いをもたらしてくれたこれは幸運とだけで片付けるにはあまりにも運が良すぎる。

 初めてヴィッツもラストが熱心に祈っていた血人族の神様に感謝をしたのであった。

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