愚かなる目論み7

「は、針を刺すってそんな治療あるんですか?」


 動揺した様子でラストがリュードに聞く。


「そういう治療法もあるよ、少ないけどね」


 針治療は単純に針を体に刺すものだけでなく薬を塗ったり時には魔力を針に込めて打ち込むことで体に良い効果をもたらす治療法である。

 主に細い針を使ってやっていくのだけれどメジャーな方法とはいえずラストが知らないのも無理はない。


 どうしてリュードはそんなことを知っているかというと、リュードも針治療が出来るからである。

 村にはなんと針治療が出来る爺さんがいたのである。


 その爺さんはたまたま縁があって針治療を教えてもらったらしく、村では体がほぐれていいと評判であった。

 魔物の毒に侵されて危険な状態にあった若者を針に薬を塗って打ち込んで助けたことも過去にはあったのだ。


 リュードは普通の子供じゃなかった。

 前世の記憶があるからそれも当然なのだけど針治療にも興味を持って爺さんに色々と質問したりした。


 他の子供が興味を持つはずもないことに興味を持って聞いてくるので爺さんはリュードのことをいたく気に入った。

 特別な日に針で父親でも治療してやると喜ぶぞなんて誘い文句もあってリュードは時々爺さんのところで針治療のことを学んでいた。


 何歳だったか誕生日の時にはリュードのために治療用の針まで作ってプレゼントしてくれていた。

 何かの役に立つかとリュードはその針も持ってきていた。


「そうなんですか……」


 知らぬ針での治療もメモを取る。


「これで石化病については大丈夫だろう。


 私の約束は果たした。


 ついでに少し待ってやるからそのクゼナとかいう娘を連れて早く逃げるといい。


 そしたら私はプジャンとかいうやつとしっかりと話し合いをすることにしよう」


「……分かりました。ありがとうございます。


 ただ、すぐに神殿も建てられるものではありませんし、私にもやることがあるので少しお時間はいただいてもいいですか?」


「すぐに神殿が建つものではないことは私も分かっている。


 これまで長い時間を過ごしてきたのだ、もう少しぐらい待つこともできる。

 ただ早く作ってはほしいな」


 ラストは大人の試練をやらなきゃいけない。

 もし大人の試練をクリアすることができなきゃ神殿を建てるという約束も果たすことは不可能になってしまう。


「最後に1つ頼みがあるのですがいいですか?」


「なんでしょうか?」


「お前ではなくリュードに言っている」


 別に一緒に聞いているのだからいいじゃないか。

 雷の神獣であるモノランは雷の神様の加護があるリュードに対してとても敬意を払っている。


 それ以外の人に対してはモノランの態度が悪く、当たりが強い。


「俺も聞いてるから、頼みって何?」


「頼みとはその子を頂上まで運んでやってほしいのです」


 態度悪いし断ってやろうかなんて考えていた。

 そんな考えも一瞬で吹き飛ぶ頼みだった。


 こんなこと断れるわけもなくリュードは血で汚れることも厭わず自分のクロークで亡くなった神獣の子を包む。

 またあんな袋に入れられないし、他にも子がいるらしく姿を見せられないので何かで隠してほしいと言われたためだ。


 布に血が滲み気分が良くない感触が腕に伝わるけれどリュードはしっかりと優しく神獣の子を持ち上げて運び始めた。

 どうせもう眠れはしない。


 モノランが電気の玉を出して周りを照らし、リュードたちはさっさと後片付けをしてモノランの後ろをついていく。


 少し前までは行くとは思いもしなかった山頂への道を登っていく。


「モノお姉ちゃん!」


「お姉ちゃーん!」


 だいぶ登ってきた。

 空がうっすらと赤くなり始めてきた。


 そのぐらいの時間登ってきてようやく傾斜が緩やかになって山頂に辿り着いた。

 山の上は水平に切り取られたように平地になっていて、山肌と違って背の低い草が生えていた。


 登ってきたモノランを見て、ミニモノランのような神獣の子が2匹、モノランに寄ってくる。


「メノランお姉ちゃんは?」


「……ごめんね」


 無邪気な質問。

 無事だと信じて投げかけた質問にモノランはゆっくりと首を振る。


「……ウソだ! ウソだよね、ウソって言うよね!」


「ねぇ、冗談って言ってよ、メノランお姉ちゃんはどこにいるの!」


 グッと胸が締め付けられる。

 どうしてこんな時に出会うのが人の言葉が話せる魔物なのだと思う。


 悲痛な叫びの全てが分かってしまう。

 これが人の言葉でなかったのなら、意味が理解できなかったならどれだけよかっただろうか。


 見ていられなくて視線を落とすとリュードの手の中には神獣の子の遺体が包まれている。

 これが話にあるメノランなのだろう。


 なぜこんなことをしたのか。

 やりようはいくらでもあったはずなのにこんな方法を選んだ意味を知りたい。


 会ったこともないプジャンに怒りが湧いてくる。


「どうして人がいるの。


 こいつらが……こいつらがお姉ちゃんを殺したんだ!


 こんな奴らやっつけなきゃ……」


「ルオラン!」


 2匹のうち体の小さい1匹が体をびくりと跳ねさせる。


「どうして……」


「人と言っても色々な者がいます。


 一括りに悪者でありません。


 この人たちはメノランを殺した人とは違うのです」


「そんなの……そんなの知らない!」


「ルオラン……待ちなさい!」


 ルオランがどこかに走り去っていく。

 どれぐらいの年を生きた子なのか分からないがまだ子供なのだろうことはわかる。


 そんな子供に姉の死を受け入れることとあまり会ったこともない人の分別など出来るはずもない。


「申し訳ありません、リュード」


「あっ、いや、仕方ないよ……」


 部外者のリュードですら今の会話には心が痛む。

 当人、いや当獣の受けたショックは計り知れないものがある。


「こちらに」


 平たい山頂の端。

 土が盛り上がった小山が3つあった。


「ミオラン、穴を掘るの手伝ってくれる?」


「うん……」


 モノランとミオランと呼ばれたもう1匹の神獣の子で3つの山の横に穴を掘る。

 前脚を使って土をかき出していき、みるみる間に穴が掘られる。


「ここにお願いします」


 それなりの深さまで掘られた穴。

 リュードはその中に入るとそっとメノランの遺体を穴の底に横たわらせる。


「ミオラン、ダメよ」


「でも、お別れを……」


「ダメ、ここからでも出来るでしょ?」


 穴の中を覗き込もうとしたミオランをモノランが止める。

 見れば悲しくなる無惨な遺体。

 最後見る姿がそれではメノランが可哀想だと止めたのだ。


 何かを察してミオランが大人しく下がる。


 リュードが穴から出てきて土を埋め戻すが埋め戻した後に出来た小山の大きさは横の3つのものよりもずっと小さかった。

 横のものが成体の神獣のものだとするとモノランぐらいの大きさだろうから土が余って小山になった。


 対してメノランのお墓はメノランがまだまだ小さかったためにほとんど土が盛り上がることがなかった。


「ありがとうございます」


「……ごめんな」


「あなた方のせいではありませんよ」


 責任はプジャンにあると分かっている。

 それでも重たい罪悪感は心に残る。


「もう朝ですね」


 赤らんでいた空はすっかり明けていた。

 空はすみ、風は心地よい。


 気分が良く感じられるはずの朝。

 なのにどこか気分は晴れやかとはいかない。


「これをお持ちください」


「これは?」


「私の毛です」


「いや、見れば分かるけどさ」


 一房の毛が長めの毛で束ねてある。

 触ってみるとフワフワとして気持ちがいい。


「これには私の魔力が込められています。


 私を呼び出したい時にはこれを燃やしてください。

 走って駆けつけますので」


「燃やす……」


 もったいない。

 リュードは欲しかったので言ってみるともう一房魔力の込められていない毛をもらった。


「プジャンをころ……プジャンと話し合いをしていいタイミングになったら呼んでください」


 リュードたちは山頂から出発した。

 本来は山の腹をグルリと回っていかなきゃいけないのだけれど山頂まで来れたのでそうする必要がなくなった。


 直線的に山を降りて反対側に行けば山の腹を回っていくよりも早く進むことができる。

 渓谷を通るルートとほとんど変わらない時間でリュードたちは進行することができたのであった。

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