愚かなる目論み6

 実際大領主ではあっても小娘のラストが振るえる権力はさほどでもない。

 それでもラストは必死だった。


 敵しかいないような周りの中でも数少ない味方。

 自分のことを可愛い妹だと言って守ってくれたのがクゼナだった。


 ユゼナもクゼナほどではないにしろそれなりに可愛がってくれたし、この兄妹にはラストも感謝をしていた。

 死んでしまうのは嫌だしずっと探していた治療法が分かるのなら何でも差し出すぐらいの気持ちであった。


 ユゼナは大領主だったのにクゼナが病気になり、プジャンのせいでなす術もなく権力を奪われていった。

 ラストはそれを止めることもできず黙ってみているしかなかった。


 恩を返せる希望の光が見えた。


「…………分かった。


 分かったからそのような目で見ないでほしい」


 モノランはラストの縋りつくような目、ではなくリュードの視線に耐えかねて折れた。


「神殿を建てるのだ。


 大きくて立派なやつをだ。


 ……そうだな、私とあの子たち……私の姪っ子たちも住めるぐらいの大きさにしてもらおうか」


「し、神殿ですか?


 それはモノラン様の神殿をでしょうか?」


「違う。


 雷の神様のゼウラス様の神殿だ。


 そしてお前は雷の魔法を覚え、雷の力を布教して信者を増やすのだ」


「ちょっと聞いてもいいか?」


「なんでしょう、リュード」


 ラストに話しかける時とリュードに対応する時の声のトーンが違う。


「なんでそんなに雷の神様に執着しているんだ?」


 モノランが雷属性を使うことはわかっている。

 けれどどうしてそこまで雷の神様に敬意を払って、信者まで集めようとするのかが分からない。


 魔物が神様を信仰するのもおかしな話である。


「リュードの質問だから答えよう。


 私は、というか私の祖母であるペラフィランは雷の神獣であったのだ。


 雷属性を扱うものが激減して、信仰の力が失われてしまったので雷の神様が力を失い、私の祖母も神獣としての力を失ってしまった。

 もはや神獣としての格はないがそれでも私には神獣であったペラフィランの血が流れているのです!」


 ドーンと胸を張るモノラン。

 神獣という響きはすごいのだがそれがどれほどのものであるのかリュードにはイマイチ理解できていなかった。


「じい、神獣ってなんですか?」


「今ではすっかり話にも聞かなくなってしまった伝説上の生き物ですね。

 知らないのも無理はありません。


 神獣とは神様の加護や力を受けた神聖な生き物のことで神の使徒や寵愛を受けた者と同等に扱われる尊きものです」


 ラストもよく分からなかったようでヴィッツにこっそりと質問する。


「真魔大戦の時もそれぞれの側についた神様の神獣が争ったなんて話もありましたが現在では神獣とはと話の上だけの存在と言われております」


「し……神獣を知らないのですか…………」


 ショックを受けるモノラン。

 神獣と聞けば人は羨望の眼差しを向け、1つ信仰の対象にもなりうるほどすごいものだと思っていたのに。


 真魔大戦以降神の力が弱まったことで神獣は消えてしまい、長い時間の中で忘れ去られてしまった。


「とりあえずモノランは雷の神様に対する信仰を集めて力を取り戻そうとしているのか?」


「その通りです。


 今ではただの魔物のようになってしまっていますが本来なら私も神獣です。

 私が住むこの山だって神獣が住まう聖域なんですよ!


 あまつさえ、わたしたちを一介の魔物のように扱い、祖母はそれを嘆きながら亡くなりました……」


 どうやらモノランには雷の神獣であることに相当なこだわりや強い思い入れがあるようだ。


「ここに雷の加護を受けし者が来られたことは何かの運命!

 私が雷の信者を増やして再び神獣としての神格を取り戻すのです!」


 フンスと息の荒いモノラン。


「それに、それぐらいしなければ死んだ子がうかばれません……」


「……わかりました!」


 長いこと考えていたラストが意を決したように顔を上げる。


「領主様!」


「神殿も建てます。雷属性の魔法も覚えます。信者も増えるように努力します。


 だから、石化病の治療薬の作り方を教えてください!」


 雷属性の魔法を覚えることはなんら問題がない。

 個人がどんな魔法を使おうと基本は自由である。


 禁忌となっている魔法を習得でもしようとしない限りは誰にも文句は言えない。


 しかし神殿については問題だらけである。

 小規模の神殿ならともかくモノランが要求するような大規模な神殿は建てることに苦労する。


 多種族の魔人族が暮らす国であるので様々な教会や神殿といったものがこの国にはある。

 その点では神殿を建てることに抵抗感はない。


 けれど大領主の地位にあろう人がいきなり町中に大規模な神殿を、しかも信仰者のいない雷の神様の神殿を建てるなんてこと反発は絶対にある。

 大領主は独裁者でもないのだから個人のわがままで押し切ることもできない。


 安請け合いするものではないとヴィッツがラストを止めようとする。


「領主様……」


 どんな批判も、待ち受ける困難も乗り越える。

 ヴィッツはラストの目を見て、いつになく真剣で、昔見たことがある絶対に譲らない時の目をしていることに気がついた。


 止めることはやめた。

 ここで無理に引き止めようとしても成功しない。


 モノランの気を悪くする可能性もあるし、それならば自分も全力を上げてラストを手伝う方向で考えよう。

 それにもう口に出して言ってしまったので撤回もできない。


「よかろう。


 例え口でした約束でも守ってもらうぞ。


 先に私が約束を果たし、治療薬の作り方を教えてやるとしよう。


 破ればどうなるか分かっているな?」


「もちろんです」


「期待はしておこう。


 治療薬だが、難しいことはない。

 材料さえあれば作れるだろう。


 魔物の素材でもなく、自然に生えているもので出来るものであるしな」


「ま、待ってください。


 今何か書くものを持ってきます!」


 ラストは走って荷物の中からペンと紙を引っ張り出してくる。


「はい、お願いします!」


「一度しか言わないからよく聞けよ」


 モノランはつらつらと薬草の名前を言っていく。

 ラストは聞き逃さないようにしながら必死にメモをとる。


「そして1番大事なのはイェミェンを使うことだ」


 一般的な薬草の名前もあれば多少珍しめのものもあった。

 しかし異色なのは最後に挙げられたこのイェミェンだろう。


 リュードには自分でポーションを作れるだけの薬学の知識があったのでイェミェンについても知っていた。

 イェミェンは薬草ではなくて、毒草なのである。


 乾燥させて細かく刻み、お湯で煮出して、長時間かけて煮詰めて濃縮する。

 最後にはドロッとした液体になり、そうなると動物の細胞を溶かす強い毒になるのである。


 そうやって濃縮しないと毒としては使えず、そのまんまではなんともない草である。

 なのでそこらへんで売っているのを見かけるものでもなければ生えているものを見つけるのも難しい。


「なるほど……」


 さらにモノランが製法までサラサラと言い始めてリュードは思わず唸った。


 難しいことはないと言ってのけたモノランだったけど非常にバランスを取ることが難しい製法だとリュードは思った。

 毒も使い用によっては薬になる。


 まさしくそんな感じで上手く考えられた調合と製法で考えた人は天才だ。


「リュードは今のが分かるのですね?」


 モノランが目を細めてリュードを見る。

 さらっと言った石化病の治療薬の製法をリュードは理解している。


 流石は雷の神様が認めて加護を与えた相手であると感心していた。


「そして作った薬は針に塗って全身に打つのです。


 3回ほどやれば完治することでしょう」


「は、針ですか?」


「そうだ。


 分からなければリュードにでも聞いてみてください。

 分かっていそうですから」


 説明が面倒になったモノランはリュードに丸投げした。

 理解していそうだし、知識だけの自分よりも上手く説明してくれそうだと思った。

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