愚かなる目論み5

 見ていられなくて顔を背けたのはペラフィランだけでなくラストもだった。

 魔物に同情をしないルフォンやヴィッツでさえもむごたらしく思える姿だった。


「どうしてこんなことを……」


「雷の加護を受けしものよ」


「……リュードでいいですよ」


「リュード、どうしてあなたたちがここにいるのか聞いてもいいですか」


「ああ、もちろん」


 リュードはペラフィランにここに来ることになった経緯を話した。

 ペラフィランはこの状況、子が殺されてさらわれて、リュードたちがその場にいたことが偶然ではないと思った。


 リュードも話しながらこんなことになった原因が、直接的でないにしろ、自分たちにもいくらか関係があることに気づいて正直に話した。


 ペラフィランは先ほどまでの態度がウソのように穏やかにリュードの話を聞いていた。

 加護をかける必要もない。リュードが嘘偽りなく話し、わざわざ原因の一端は自分たちにもあると言い切った。


「いいえ、これはあなたたちのせいではありません。


 長いこと人が来ることもなく警戒を怠りました。

 あの子たちにもっと警戒するように教えませんでした。


 私がよく確認もせずにあなたたちを襲ってしまったのは私の早とちりでした」


 話せば分かる相手だった。

 怒りに我を忘れなきゃペラフィランはちゃんと会話が通じた。


「そのプジャンとかいう者としっかりと話す必要がありそうですね」


「ま、待ってください!」


 殺気立つペラフィラン。

 話すだけじゃどうにも留まらなそうな気配がしている。


 待ったをかけたのはラストだった。


「何ですか?


 私はリュード以外に会話を許した覚えはありませんよ」


 ペラフィランの鋭い殺気が向けられてラストがたじろぐ。

 けれどラストもグッと勇気を出して一歩前に出る。


「プジャン兄さんを殺さないでください!」


「何故ですか?


 兄というからには兄妹愛ですか?


 理解しなくもないですがそんなもので私は止められませんよ。

 邪魔をするならあなたも許しません……」


 プジャンという兄のこと、ラストも良く思っていなかったのに一体どうしたのか。


「待ってください、ペラフィラン。


 せめて話だけでも聞いてください」


 何かしらの事情がある。

 それを察したリュードは双方の間に入る。


「……分かりました。


 リュードの頼みなら話だけは聞きましょう。


 それに私はペラフィランではありません。

 それは私の祖母の名前で、私はモノランです」


「あっ、はい」


 ペラフィランじゃなかったのか。

 ずいぶんと長命な魔物だと思っていたのだが誰も知らないうちに代替わりしていた。


 祖母ということはモノランにはペラフィランという祖母がいて、モノランの母がいて、モノランがいる。

 さらに子がいてもう4代目まできていることになる。


 何百年も生きているような伝説級の魔物ではなかった。

 どのくらい生きてきたのか分からないのでまだ完全には何百年も生きていないと断言もできないけれど長くても100年ほどだろう。


「聞いてやるから早く言いなさい」


「プジャン兄さんは殺してもいいというか、殺してほしいぐらいなんです。


 でもプジャン兄さんが死んでしまうとクゼナが死んでしまうんです!」


「クゼナ?」


「私の大切な友達で腹違いの姉です」


「だから?」


「えっ?」


「だからそのクゼナが私に何の関係があるというのですか?」


 知らん友達を出されてもそれで説得するのは無理だろうとリュードは思う。

 子を殺された恨みを止めるだけの理由が必要になる。


 事情は分からないけれど自分の姉が死んでしまうから殺さないでくれというのは中々本人にとっては大事でもモノランにとっては他人事でしかない。

 関係のない話でプジャンを殺すのをやめてくれとはモノランも受け入れられない話であった。


「そ、それにクゼナが死んでしまうと今後ここで生活することは出来なくなってしまうと思いますよ!」


「ほう? 今度は言うに事欠いて私を脅すというのか?」


「あっ、いえ……そんなつもりじゃ……」


 リュードの耳にも手を出せばただじゃおかないぞっていう脅し文句にも聞こえた。


「クゼナを助けてくれたら今後は静かに暮らせますよ……?」


 言い方を変えただけじゃないか。

 ラストの提案下手が何もこんな時に発動することもないのに。


「ま、待て待て待て!


 どうしてそのクゼナを殺してしまったらモノランが困ることになる。

 それにどうしてプジャンを殺すとクゼナまで殺すことになってしまうんだ?」


 モノランが面倒だからコイツもやってしまおうかみたいな目でラストをみているので慌ててリュードが助け舟を出す。

 このままでは説明も何も足りていない。


「えっと、それは、プジャン兄さんを倒すと……」


 ラストが必死に説明する。


「つまりだな、今いるこの領地はプジャンではなく、元々クゼナの兄であるユゼナのものだった。

 プジャンが死ぬとまたユゼナがこの領地の領主に返り咲くことになる」


「そうそう」


「そしてプジャンがユゼナを押し退けて領主になれたのはクゼナを人質にとっているからで、プジャンが死ぬとクゼナも死んでしまう関係にある。


 ユゼナはクゼナを溺愛しているのでプジャンを殺してクゼナが死ぬとユゼナが怒ってモノランを許さないと。


 そういうことだな?」


「その通り。


 きっとユゼナお兄様は自分の命も一生も捧げて追いかけてきます。

 大切なものを亡くした気持ちはモノランさんにも分かるはずです」


 モノランが今プジャンを殺しに行けばユゼナはモノランと同じく大切なものを殺された復讐者になる。

 復讐が復讐を呼ぶ負のループが始まる。


 途中話が長くてラストの口を塞ぎそうになったモノランを抑えつつ、話を聞いてリュードがまとめる。


 ラストは何故なのかという理由の明言は避けたけれどプジャンを殺すとクゼナという人も死んでしまうらしい。

 ユゼナは優しい人らしいのだが妹であるクゼナが絡むと正気じゃいられなくなる人物であるようだ。


「なぜプジャンを殺すとそのクゼナが死ぬんだ?」


 一心同体でもあるまいしどうして連動して死ぬことになるのか分からない。


「……クゼナは病気なんです。


 石化病といって、全身が石になっていく奇病でプジャン兄さんの氏族が石化病の進行を遅らせる薬を作ることができるのです。


 だからプジャン兄さんが死んでしまうと薬がもらえずに、そのうちクゼナは石になって……」


「治してしまえばいいではないか」


「へっ?」


「なんだ、そんなくだらない問題。


 その石化病を治してやればいいじゃないか。


 そうすれば問題解決だろう?」


「でも治療薬はないって……」


「知らん、薬はある。


 というか作り方を知っている」


「本当ですか!」


「ウソなんか私は言わない」


「つ、作り方を教えてください!


 お願いします!」


「イヤダ」


「何で!」


「リュードの頼みならともかくどうして私がお前の頼みを聞いてやらねばいけないのだ?


 こうして話だけでも聞いてやっているではないか」


 とことんリュード以外には冷たい。

 頭を下げたラストの頼みをモノランは取り付く島もなく断る。


「じゃあお願い」


「イーヤ」


「ええ……」


 リュードが頼んでみたけど断れる。

 ダメじゃないか。


「だってこれはリュードの頼みではなくて、この小娘のためにリュードが一時的に代わって頼んでいるに過ぎないではないか!


 だからイヤ、だ」


 ひねくれ者だなぁ。


「私に出来ることなら何でもします。


 だからお願いします、教えてください!」


「お前のような小娘に何が出来るという?」


「私はこれでも大領主です。


 必要ならお金でも何でも用意しますし意外と出来ることはあります!」


 今にもモノランの足に縋りつきそうなラスト。

 他の人の視線は気にならないけどリュードに冷たく見られてモノランは居心地の悪さを感じていた。

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