愚かなる目論み3

 奇襲は失敗した。

 てっきり逃げていくものだと思ったら刺客たちは襲いかかってきた。


「リュード、右だよ!」


 ラストの武器は弓である。

 なので前に出て戦うのではなく夜目の効かないリュードのサポートをすることにした。


 ラストの言葉に従って敵がいる方向を警戒する。

 焚き火の光にわずかに照らされて黒い影が見える。


 リュードはあえて手を出さずに相手を根気強く待つ。

 相手が痺れを切らしてリュードに接近してくると焚き火によってその姿が分かるようになる。


 だがリュードは防御に徹し、相手を深追いはしない。


「うっ……」


「ふふん、ちゃんと見えてるんだな!」


 そうするとラストがしっかりと矢を相手にお見舞いしてくれる。

 刺客の腕に矢が刺さり大きく怯む。


 その隙をついてリュードが刺客を切り捨てる。

 ダンジョンでも共に戦ったし、信頼のおける射手であることは分かっていた。


 リュードとラストは男が動かないことを確認するとルフォンたちの援護に向かう。

 苦戦しているようにはとても見えなかったけれど戦いにおいて余裕をこいている暇なんてない。


 刺客は横から切り付けてきたリュードにも対応して防いでみせた。

 かなり良い反応。優秀である。


 ただしリュードに反応してみせていたのは刺客だけではなかった。

 ルフォンもまたリュードが来ていることをわかっていて、さらに一手先の攻撃を仕掛けていた。


 そこまでは対応しきれなかった。


 胸にナイフが突き刺さった刺客は目を大きく見開いて力なく倒れた。

 まさかこんなに若くみえるルフォンがためらいもなく人を倒してしまうことに驚きながら。


 その間にヴィッツは1人で刺客を片付けていた。

 剣の血を拭き、涼しい顔をしている。


 暗闇から飛んできたナイフへの反応といい、やはり相当な実力者でただの執事ではない。

 サキュルディオーネの言葉を疑っていたのではないが行動の端々に優秀さが滲み出ている。


「思っていたよりも直接的な行動を取ってきましたな」


 死体を引きずってきて一か所に集める。

 他に野営できそうな場所があるとは思えないので夜が明けるまではこの野営地に留まるしかない。


 仕方ないので死体を少し離れたところに運んで処理することにした。

 魔物の気配が周りにないので寄ってくることはないと思うのであるがペラフィランなる魔物が血の臭いを嗅ぎつけてくるかもしれない。


 魔力はもったいないけど魔法で一気に燃やしてしまおうと考えていた。


「しかし、こいつ何を背負っているんだ?」


 奇襲してきた刺客の1人は背中に大きな荷物を背負っていた。

 動くにも邪魔そうだし、引きずってみて中身も入っていて重そうであった。


 わざわざ野営道具を持って奇襲に来たとは考えにくいし、中身がなんとなく気になった。


「それになんだかこいつじゃなくて、この袋からも血が出ているような……」


「貴様らァァァ!」


 不思議な声。

 男でもなく女でもないような、それでいて腹の奥底に響くような、そんな声。


 山の上から降りてきたそれはリュードたちの前に降り立った。


「デカい、イタチ……」


 遠からずも、そのまんまイタチでもなかった。

 どこか、前の世界でやったことがあるゲームに出てきたモンスターのような出立ちにも似ている。


 これがペラフィランなのだとその場にいたみんなが察した。


 こんなに巨大で力強さを感じさせる魔物が他にいるはずがない。


「全員殺してやる!」


「な、避けろ!」


 リュードだから分かった。

 全身の毛が引き寄せられるような感覚。


 雷属性の魔法の兆候。

 ヴィッツとルフォンはリュードの声に反応して飛び退いた。


 けれどラストはペラフィランの雰囲気に飲まれてしまった。

 経験の差がここで表れたのだ。


「リューちゃん!」


「ぐああっ!」


 リュードは逃げ遅れたラストの体を強く押した。

 その瞬間にリュードはラストを狙って落ちてきた雷に打たれてしまった。


「リュ、リュード!」


「……なぜこんなことをなさるのですか!」


 ヴィッツはペラフィランと対話を試みる。

 言葉が通じる以上試してみる価値はある。


 ペラフィランがヴィッツの方を向き、その間にルフォンがリュードに駆け寄る。


「なぜだと? 貴様らがやったことを見てみろ!


 貴様ら……いや、この国の連中全員殺してやる!」


 ペラフィランは完全に頭に血が上っている。

 会話に要領を得ず今にも襲いかかってきそうな勢いである。


 なぜ怒っているのか理由を予想することもできない。

 そうなったヒントすらなくヴィッツも剣を構えたまま冷や汗を流す。


 リュードたちにペラフィランを怒らせるような原因は思いつかないので、襲撃してきた刺客が何かをした。

 何かをしたのだろうけど何をしたのか全く分からない。


「領主様、ルフォン様、お逃げください。


 私が時間を稼ぎますので」


 これ以上会話を引き伸ばそうにもそれだけで攻撃を加えてきそうな雰囲気がある。

 もはや残された道はない。


 倒れたリュードがどうなのかを気にかける余裕もヴィッツにはなかった。

 命をかければ少しぐらい時間を稼げる。


 2人が山を逃げるためにペラフィランの注意を引く。

 ヴィッツは覚悟を決めた。


「ラストちゃんは逃げて」


「ルフォン!」


「私はリューちゃんを置いていかない」


 ルフォンが倒れるリュードを背にペラフィランを睨みつける。

 例えリュードが死んでいたとしてもルフォンはリュードのことを見捨てはしない。


「え、でも……」


 ラストはどうしたらいいのかわからなくなった。

 ペラフィランに立ち向かうほどの勇気もなく、みんなを見捨てて逃げられるほどの非情さもラストにはなかった。


 ルフォンはクロークを脱ぎ捨てる。

 どうしても野宿しなければいけなさそうなので魔人化してもいいようにと戦闘衣を着ていてよかった。


 流石に上の服を敵の目の前で脱ぐことはできないので破けてしまうことになる。

 リュードと違って毛が多いので魔人化した時の膨張率でいったらルフォンの方が高いために緩めの服でも耐えられるものは少なかった。


 戦闘衣は一応着ているが魔人化してまで戦うことなんて少ない。

 今日の服は前にリュードが褒めてくれたから気に入っていたけど大事なのは服じゃなく、リュードだけ。


 目の前で魔人化するルフォンを見て、ラストは本当に人狼族なんだと現実から目を逸らしたことを考えた。


「リューちゃんを……許さない!」


「それはこちらのセリフだ!」


 先に仕掛けたのはルフォン。

 地面を蹴りペラフィランに接近する。


 ペラフィランは近づくルフォンを前足を振り下ろし迎撃するがかすりもしない。

 ルフォンは振り下ろされた前足をナイフで切り付けながらペラフィランの懐に入り込む。


「グアッ!」


 ペラフィランの胸が浅く切り裂かれる。

 もっと深く切るつもりだったのだがペラフィランの毛が思っていたよりも固くて刃が入っていかなかった。


 久方ぶりの痛み。

 ペラフィランは思わず声を出した。


「クッ……私から離れろ!」


 集中力の高まったルフォンの思考は早く、行動は速い。

 ペラフィランが何かをしようとしている気配を感じ取ったルフォンは素早く距離を取った。


 次の瞬間ペラフィランが全身から電気を放つ。

 ルフォンはすでに当たらない位置にまでいたけれどまだペラフィランに近ければ痺れて手痛い反撃を食らっていたかもしれない。


「卑怯で、矮小な人如きがナメるなよ!」


 ペラフィランが魔法を使う。

 空中がわずかに光り、雷が落ちてくる。


 次々と落ちてくる雷をルフォンはペラフィランに接近しながら回避していく。


「食らえ!」


 その時を狙っていたペラフィランは再び体から電気を発する。


「なに!」

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