愚かなる目論み1

「ダメだ、通せません」


「どーしてさ!」


「この先で崩落事故があった。


 原因究明や復旧作業のためにしばらくは通行止めだ。


 誰であれ危険なので通すことができません」


 プジャンの領地に入った。

 早速ダンジョンに向かってさっさと終わらせるといきたいところなのだがそうもいかない。


 まずは大領主であるプジャンに挨拶をしてからじゃないといけないのである。

 一般の大人の試練を受ける人ならわざわざそんなとこしなくてもいいのだけどラストは大領主である。


 面倒ではあっても大領主としての作法というか体面のために必要な行為がある。

 だからプジャンのいる町に向かっていたのだけれどその途中で足止めを食らった。


 これまでは自然が豊かな草原を歩いてきたのだけど、草が減り始め、赤っぽい地面が露出してきた山岳地帯に入ってきた。

 次の町に行くのには大きな渓谷を抜けていくのがよかったので進んできたのだけれどその入り口を兵士が塞いでいた。


 話を聞いてみると渓谷の一部が崩れてしまい、岩が道を塞いでいるらしかった。

 他の崩落の危険性もあるし岩をどかすのにも時間がかかる。


 仕方なしに現在通行止めになっていたのである。


「じゃーどうしろってのさ?」


「この先に行きたければ戻って迂回するか、あちらにある道を通って山を越えていってもらうしかありません」


 兵士が教えてくれた道は2つ。

 一度戻って渓谷を大きく迂回していく道。

 それと渓谷の横にある山を越えていく道。


「復旧すんのにどれぐらいかかるの?」


「まだ見込みは不明です」


「ムーッ!」


 都合が良すぎる崩落のタイミングに怪しい気配もする。

 兵士は自分の仕事をしているだけだろうから関係ないだろうが、本当に崩落があったのかも疑わしく思えてくる。


「どうする?」


 この旅はラストの大人の試練のためのものなのでラストの判断に任せる。

 どちらのルートにも一長一短がある。


 迂回ルート。

 これはまず平坦な道を行けることがメリットである。


 それにプジャンの領地にもかかるがラストの領地にもかかっているので安全を考えると迂回ルートの方がいい。


 デメリットは遠いこと。

 一度戻ることになるし迂回するために本来のルートよりもかなり時間を要してしまうことになる。


 続いて山越えルート。

 これのメリットは迂回ルートよりも早いことである。

 距離的には迂回ルートよりも早く、渓谷よりは遅いけど大きく時間的に取られることはない。


 デメリットは山登りなこと。

 道としては平坦な迂回ルートよりも体力を使う山登りになってしまうことが挙げられる。


「うぅー、いいパートナーを探してたからあんまり時間がないんだよね」


 それなりに長期間期限のある大人の試練なのであるが無制限に時間があるわけでもない。

 いつでもいつまででもではなく、この期間にやってくれと言われ、その期間に大人の試練を終わらせないと失敗となってしまう。


 ラストは1人選べる同行者が中々見つからずにずっと探していた。

 ようやくリュードが手伝ってくれることになって出発したのであるが残りの期限はあまり余裕のあるものではなかった。


 ラストが取れる選択肢なんてあるようでなかったのである。


「……俺たちは山登りでも構わないけど何か問題でもあるのか?」


 あまり山登りに乗り気でないラスト。

 時間がない中で別のルートがあるだけありがたいと思っているのだけどラストは複雑そうな顔をしている。


 一度渓谷の手前にある町に戻って山越えの準備を整えてリュードたちは山に登り始めた。

 渓谷よりも過酷だし、時間もかかるので食料など万全の備えはしてきた。


「この山には化け物が住んでいる、と言われているの」


 リュードの疑問にラストは答える。

 化け物と聞いてリュードが眉を寄せる。


「化け物?」


「いつからいるのかは知らないけどこの山には賢種の魔物がいて、この国にとっては頭痛の種になっているの」


「ペラフィランという魔物でして、この山を根城にしているそうです。

 元々何の魔物だったのか分からないぐらいに強いそうですが手を出さない限りはあちらからも手を出してはきません。


 向こうは大量の食料を要求し、こちらがそれに応えている限りは、らしいですが」


 ラストの説明をヴィッツが引き継ぐ。


 賢種とは賢とつく通り賢い魔物のことを指す。

 賢いと言っても行動的なものではなく、人の言語を話すことができる魔物のことを賢種と呼ぶのである。


 賢種の魔物の中には人と交流があるものもいて、魔人もどきなんて言われる魔物もいる。


 ただ人の形に近いだけでは賢種ではなく、人の形に近くなくても人の言語を使えれば賢種と呼ばれる。

 そのために賢種という魔物の括りの中には2つの種類がある。


 1つは長年生きて強さと知恵を持ち、人の言葉を話すことができるような魔物。

 もう1つは弱くても単に人の言葉を話すことができる知恵のある魔物。


 そのために賢種の魔物というと人と話すことができて交流のある魔物という意味と強い魔物という意味の2つの意味がある。

 今回の場合の賢種の魔物というのは単純に強い魔物がいると言いたいので後者の方の意味である。


 ただ食料の交換条件を出してきているので前者的な人の言葉を話せる魔物だけの意味でも間違いではない。

 化け物とまで言っているので弱くはないだろう。


「巨大な魔物で過去に討伐しようとしたらしいのですが失敗し、逃げられて向こうから休戦と条件を出してきたと昔聞いたことがあります。


 それ以降は長いこと食料を提供し、向こうはこちらに手を出してきていないそうです」


 それほどの魔物ならきっと国をあげて討伐しようとしたはず。

 それなのに失敗して逃げてしまうなんてとんでもない魔物である。


 その上そんな状況を利用した交換条件まで出すなんて賢さも高い。


「普段は大人しく手を出さないのですがなんせ気性の荒い魔物でして、時に調子に乗って山を登ったものが降りてこない、なんて話もあります。


 新しく渓谷を通る道ができてからはそちらの方が近いですし安全なので、そんな心配もしなくなっていたのですが」


「ま、まあでもただ通り過ぎるだけなら問題もないから!」


 そんな化け物逆に見てみたいものだ。

 そんなよからぬことを考えながらリュードたちは山を登っていく。


 昔は通り道だったというだけあってまだうっすらと道は残っている。

 植物も生えていない土地なので草木に道が隠れることがなかったのでまだ残っているのだろう。


 色白で手足が細く、いかにもお嬢様に見えるラストだけどこっそりと体も鍛えていたので思いの外体力もあった。

 山道も普通に進んでいき、息が上がる様子もない。


 これがエミナだったらもう疲労困憊だったかもしれない。


 山道は割と急で長らく人が通っていないのでガタガタであった。

 時々『通行するなら静かに!』とかいうペラフィランとかいう賢種の魔物を警戒するような看板も残っていた。


 その看板も古くなって朽ちかけていたけれど。


 この辺りは見晴らしがよいのだけど魔物には全く遭遇していない。

 その理由は賢種の魔物ペラフィランのおかげである。


 ペラフィランの縄張りには他の魔物は近寄らないらしく、ペラフィランさえ気をつければ他の魔物を警戒することがない。


 ペラフィランは山の頂上にある平らなところに住んでいる。

 リュードたちが進んでいる山道は山の渓谷とは逆側をグルリと回っていくようなルートになり、頂上に向かう道もあるのだけれど自殺でもしたいのではない限りそんな道に行くことはない。


 渓谷を避けたのは崩落をする危険があるからなのに、この道も上から岩でも落ちてきそうな雰囲気があった。

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