とりあえず出発2
「……恐れているのです」
「恐れている?」
「領主様のお力を、将来性をです。
今はまだお若いので発展途上ですが先祖返りが持つ力は計り知れません。
他のご領主様や兄姉の方々はサキュルラスト様が力をつけ、ひいてはこの国の王になられるかもしれないことを恐れていらっしゃるのです」
くっだらない権力争い。
パッとリュードはそう考えた。
ただ当人にとっては大切でくだらなくないのかもしれない。
けどそんなことに固執して命を狙ったり狙われたりするのはリュードにとってはあまり意味のあることに思えなかった。
実際もう先祖返りであることの影響はある。
年齢や実務的な能力で見るとサキュルラストよりも姉であるレストの方がふさわしい。
ひとえに妹であるサキュルラストの方が大領主になっているのは先祖返りだからである。
いかに魔人族であっても国の規模になれば単純に力が強いだけの問題にならなくなってくるにも関わらずである。
先祖返りとしての将来性や魔力が政治的なところにも影響を及ぼしているのである。
「悲しい話だな」
力を持っているが故に命を狙われる。
身を守ることにもなる力のせいで逆に命の危機になるなんて何とも皮肉なもの。
先祖返りのサキュルラストがこの先に順当に力をつけていくことになると間違いなく権力に執着するような兄姉では敵わないほど強くなる。
政治的な能力は今も地頭が良さそうなので今後も期待できる。
加えて単純にはいかなくても魔人族的な力があるものが偉い価値観はどうしても根底にある。
力的な能力が伸びてきてしまえばなんだかんだで魔人族であるサキュルラストは偉い立場になることだろう。
今だって大領主。
これからさらに偉い立場になるということは王である。
もしかしたら王にするための道筋として大領主にさせられているのかもしれない。
何であれサキュルラストが王になるという話は夢物語ではない。
先祖返りのサキュルラストがいなければまだ分からない王の座争いを出来たのに、明確に先頭を走るサキュルラストが出てきてしまった。
王の座を目指す兄姉たちの心中は穏やかではいられない。
「なので先祖返りのために領主様には監視の目が付けられました。
そのために信頼できるのは実の姉であるレスト様ぐらいなのです。
昔はもっと穏やかで大人しい子でした。
やんちゃで少し抜けたような今の領主様は出来ない自分を周りにアピールするために演じているのです。
無理して明るく振る舞い、分かりやすく何も考えていないように行動しているのです」
「そうなのか……分かった、全力を尽くさせてもらうよ。
頼まれて引き受けた以上は手を抜くつもりはなかったけれどせめて大人の試練は無事にクリアできるように頑張るよ」
もう乗りかかった船どころか乗ってしまった船だ。
監視がついているならリュードがサキュルラストに協力することもとっくにバレて伝わっているはず。
ここでさようならと言っても一度サキュルラスト側についたという事実は変わらない。
どうせなら最後まで手を貸してやる方がリュードの気分的にもいいだろう。
「ありがとうございます。
……ですがご自分のお命を優先してくださいませ」
「……それはもちろんさ」
命まで投げ打つつもりは……多分ない。
だからって危機的状況でサキュルラストを見捨てられるかと問われるとできないかもしれない。
死ぬ気で頑張るんじゃなくて殺す気で頑張る。
どんな障害が待ち受けていようとも全て蹴散らしていくぐらいのつもりで頑張るのだ。
「本当に返しても返しきれない御恩でございます」
「まだ何も始まってないだろ。
全部終わってからでいいさ。
何かお礼がしたいってならルフォンに料理について教えてやってくれ。
そうすれば俺にも間接的に返ってくるから」
ルフォンの料理が美味しくなれば恩恵を受けるのはリュードだ。
ヴィッツの知識は多いので道中ルフォンに教えてもらえればリュードとしてもありがたい話なのだ。
「分かりました。
それにしてもリュード様はルフォン様のことを大切に思ってらっしゃるのですね」
「そりゃあ……な」
「どうですか、うちの……サキュルラストは?
贔屓目抜きにしてもこれからもっと美人になりますし、魔力やなんかも強い。
……このようなところにいるよりもリュード様のようなお人のところにいるのが幸せになれると思うのです。
第二夫人でも第三夫人でもいいのですがいかがでしょうか?」
また変な冗談をと言おうとして、リュードは言葉を飲み込んだ。
ヴィッツの目は本気だった。
こんな権力争いで死んでしまうぐらいならどこか全てを捨てて旅を出てしまっても良い。
国に帰ることはできなくなるかもしれないけどむしろその方がいいかもとすら考えられる。
「……美人で魔力があっても、それを決めるのは本人であるサキュルラストと俺とルフォンですよ」
仮の話。
第二夫人でなくてもサキュルラストが全てを捨てるから国を連れ出して一緒に旅に同行させてほしいと言ったら断りきれないかもしれない。
何かを断るのにも勇気がいる。
引き受けてしまうとその時は楽なのだけど後々大変だったりする。
リュードはヴィッツの真面目な視線にダメだとは断る言葉を放てずに言葉を濁すにとどまった。
断った後にどうなるか。
もやりとした気持ちが残りそうな想像ばかりをしてしまい、断ることに罪悪感を覚えてしまい、なかなかスッパリと断ることができない。
まだまだ精神的にも未熟だなとリュードは自分自身に思ったのであった。
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